鮮血の夜明け


 そこにいたのは日本国に伝統として代々伝わると聞き覚えがある鎧兜の簡易版を着た男たち。


 サイが得意先のじじいに見せてもらったコレクションはもっと立派なものだったが、そのじじいの解説によると見せてくれたコレクションほどの鎧兜となると並の兵士には高価すぎるし重たい。戦場をもっと早く足で駆けまわらなければならない兵士は軽量で簡易の具足類を着る。


 当時は眠たいだけでクソありがたくもないじじいの文句にげっそりしたサイだったが今はその知識が豆粒ばかり役に立っている……かもしれない。多分、おそらく。


 男たちの位というのがあまり高くないのが着ているもので判別できた。ただ、それでもわからないことがあった。それはなにがどうして完全武装で和装なのか、だ。


「答えぬならばそれ相応に対処させてもらう」


 ただでさえわけクソがわからないのに男たちの服装ときたら、日本国は日本国でもまるで、遠い昔、過去の時代から抜けだしてきたかのような格好をしている。


 キモノ、と言っただろうか? 今時、洋服がほぼ全世界で着られているというのに、そこにポンと和服が、それも鎧を身に纏った者が現れるのは相当の違和感。


 サイが些細ながらも重大な違和感というか、どうでもいいことで思考に没頭していると痺れを切らした男たちの代表らしき者が最終通告を行った。それ相応の対処、と。


 それをしっかり理解して、サイは頷く。サイの反応を見て男は言葉が通じる安堵をえているようだったが、サイは違った。暗殺者の手が懐にもぐってでてくる。


 現れたのは大きな刃を持った得物。軽く反っていて肉を叩き切るのにちょうどいい形状と大きさのサバイバルナイフは誰がどう見ても間違えようもなく禍々しい凶器。


「こ、殺……っ」


 殺せ。そう言いたかったのかもしれないが首がなければもはや叶わぬ願い。一団の代表を務める男の生首が宙を舞う。首を刎ね飛ばした凶器が朝陽に煌めき、男の背後にあった木立に突き刺さる。しかし、そのことに配下の者たちが動揺する間はなかった。きらりとなにかが光る。


 サイの手が後方に引かれると同時にナイフが木の幹から抜ける。よくよく目をこらすとナイフの尻に極細の糸がつけられていた。ナイフを引き戻したサイは柄を掴み、顔の前に得物を構え、飛びだす。前列にいた男の腹部にナイフが深々と刺さり、致命の傷を与えて殺害していく。


 ふたり殺めたその隙を衝いたつもりだったのか、サイの周囲を男たちが取り囲み、刀を振りあげ、弓に矢を番えて弦を引き絞る。が、それもまた虚しい抵抗にすぎない。


「ぐげっ」


 サイと距離を取っていた筈である弓兵ふたりの喉になにかが衝突。勢いのままにそれは弓兵の喉を突き破った。


 男たちの首裏から外に抜けていったモノは加速。男たちがふらついて倒れると同時に離れていたふたりを襲ったそれが急速度で木や岩に当たって砕け散った。


 凶器となったのはなんの変哲もない石ころ。


「な、ん……は、ぁ?」


 凶器の正体を目で追ってしまっていた兵のひとりが呆然と呟いた音はなにも意味を持たない。


 音自体に、そして発することにも意味はない。無意味な音故にそれはある種「無音」である。


 刀を振りあげたまま、その兵は固まっていることもできずに後退りして尻もちをついた。その先は一瞬で済んだ。


 またたく間にサイは残っていた男三人、立っている者たちの首を残らず刎ね飛ばしていた。


 一と二の殺しに使われたナイフ、サイの足という肉体凶器が唸って首を千切っていく。


 結果、辺りに甘く、胸糞の悪くなるような濃い血臭が立ち込め、鮮血の雨が降り注ぎ、大自然に惨劇の血豪雨を招いた。あまりにも凄惨な結末に生き残りは息を飲んだ。


 少数であったのは認める。それしか兵が与えられなかったのだから仕方がない。これから死合う者たちに比べ、少数すぎて冗談と思われてしまいそうだと自覚していた。


 だが、それでもやるしかないという思いでここまで自身を奮い立たせてやって来た筈だった。


 男は自分が死ぬと知ってなお進軍してきた。命令であるのとたったひとりの肉親を守る為に。


「ここのことを吐け」


「へ?」


「ここはどこで、己は何者か」


 守ってやりたかった者に守ってやれないことを心中で謝っていた男に声がかかる。冷たい声。


 男は見上げる。先にはとても美しい姿があった。


 白磁とも雪ともはたまた海外の高級材大理石とも見紛う美しい肌。漆黒の髪には黄金の輪が宿っている。鋭い刃の隻眼はものものしいが今まで見たこともない美しい、美しすぎる姿だった。人間を見本に高級素材で彫りだした人形のよう。非人間的な美貌にくらくらと眩暈がした。


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