第3話魔王と勇者の仲が悪い訳

 間宮景久と勇原一輝。後に魔王と勇者として殺しあう宿命にあった二人について、少し語ろう。

 間宮家はごくごく普通の中流家庭で、サラリーマンの父と専業主婦の母、そして息子である景久の三人で暮らしている、本当にどこにでもいそうな家庭であった。

 唯一、無理に変わっている点を挙げるとすれば、同性同士で遊ぶことの多い小学校時代にあって、仲が良く一番の親友が女子であったということくらいか。

 小学1年の時から不気味なほどクラスが離れることはなく、3年生の時には父の親友だという夫婦が事故で亡くなり、1歳年下の娘を義妹として迎え入れ、景久の周囲は実に明るいものとなっていたのだ。

 両親を失って塞ぎ込んでいた義妹も献身的に世話をし、引き取って1年経つ頃には景久の後を何時もつけてくるくらいには懐き、親友の女子と一緒に遊びまわる小学生時代を過ごしていた。


『初めまして、向かいに引っ越してきた勇原一輝です!』


 そして中学に進学する直前、後の勇者である一輝が実家の前の空き家に引っ越してきたのだ。本のもアイドル級のルックスもさることながら、両親も揃って容姿端麗。向かいに住む同級生とはすぐに仲良くなれるものとして、景久も最初は友好的に接していた。

 しかしそんな期待は盛大に裏切られ、景久と一輝のそりが合うことは終ぞなかった。価値観が合わないのか、雰囲気が合わないのか、そんなことは問題ではない。

 なぜか景久の両親や義妹、長い付き合いで幼馴染になった少女を含め、その他クラスメイトや教師には人当たりの良かった一輝だが、景久を含む一部の男子には素っ気ない態度をとり続けていたのだ。

 これでは仲良くなろうとしても労力の無駄というもの。当時は自分が一輝の苦手な雰囲気なり何なりを発しているものと思い、互いの気分を害さないようにと関わらないようにしていたのだが、幼馴染や義妹の言葉を受けて愕然とすることになる。


『景久、どうして一輝君にばかり冷たくするのよ? 引っ越してきたばかりなんだから、もっと親切になれないの?』

『兄さん、一輝さんが兄さんに挨拶をしても返事をしてくれないとボヤいていました。挨拶くらい返してあげるべきでは?』

『はぁっ!?』


 誤解を与えないように言っておけば、景久も初めは引っ越してきたばかりの一輝に対して気を遣おうと、何かあれば声を掛けていたし、仲良くなることをあきらめた今でも挨拶ぐらいはする。

 しかしそんな景久の気遣いを全て素っ気なく払い除け、挨拶をしても返さないのは一輝の方なのだ。更に言えば、関わろうとすれば睨むような目つきを向けて、すぐさまその場を後にしようとする、なぜか一輝が一方的に景久を嫌っているというのが景久本人の見解だった。

 しかし一体どういう訳か、彼女たちの中では景久が一輝に対して素っ気なくしていることになっているらしい。

 立場が逆であることを弁明してその場は納得してはいても、内心では納得していなさそうな幼馴染と義妹の表情は今でも覚えている。

 その事について一度一輝に問い詰めようとしたが、その時は何も言わずに沈黙を決め込んでいた。普段の人当たりのいい態度はどこに行ったんだと言いたくなるくらい不愛想である。

 そしてその件に尾ひれがついて、なぜか景久が一輝に対してカツアゲをしていたとか、いきなり校舎裏に連れていかれて目障りという理由で殴られたとか、根も葉もない噂が学校中の広まることになった。


『アンタがそんな人間だとは思わなかった! 二度と私に近寄らないで!』

『こんな卑怯な人が私の兄だと思うと、情けなくて泣きたくなります。あなたの身内になったという事だけは、私の人生の汚点です』

『少しはお向かいの一輝君を見習ったらどうなの!?』

『お前は俺たちの恥だ!』


 間宮景久、反抗期突入の瞬間である。幼馴染や義妹だけではなく、両親まで景久の言い分を聞かず、一輝のことばかり信頼し始めた挙句に汚点だの恥だの言われれば当然のことではあるが。

 そんな訳で「親とか超うぜぇ」と言わんばかりの中学生時代を送ることになった景久は、ワイルド風を目指して、ファッション雑誌見ながらオールバック風の髪形を真似し、もはや義務だけの付き合いとなった両親や、口を利くことのなくなった幼馴染や義妹に睨みを利かせる。


『高校卒業したら速攻で一方的に絶縁して音信不通になってやる!』


 高校卒業したらというあたり、グレたての中学生男子にしてはヘタレではあるが、妙な人望ばかりある一輝にはより憚ることなく過ごしていると、自分と似たような境遇の男子生徒たちが寄ってきた。

 曰く、彼らも自分の周りにいた女友達が一輝にあることないこと吹き込まれた挙句、それが両親にまで及んで関係が悪化したという。

 いったい一輝は何がしたいのか。何か気味の悪いものを感じて、一輝や幼馴染が進学しないであろう、生徒の評判が悪く学費も安い公立高校、月観川学園に受験して合格したのだが、何を思ったのか、一輝と幼馴染も一緒に弧物川学園に入学してきたのだ。

 またこいつらと3年過ごさなきゃダメなのかよ!? 景久は道端の空き缶を蹴り飛ばした瞬間、頭上に魔法陣が展開し、視界全てを遮るほどに発光。気が付けば、景久は異世界へと召喚されていた。




 月観川ランドマークタワーを中心に広がるのは、数多くの飲食店や中央本線が通った駅を内包する景久の地元の自慢、ショッピングモール「カーネリアン」。その一角に元魔王は居た。

 全国規模で展開するバーガーショップの支店のカウンター席に座りながら、景久はハンバーガーを片手に涙を流し、鼻を啜っていた。


「うめぇ……うめぇよ……ほぼ1年半ぶりのハンバーガーってマジで美味い……!」


 ただのジャンクフードに何を泣いているのかと、周囲の店員や客はドン引きしていたが、1年半もの間、香辛料が砂金と同価値である中世風の世界に放り込まれていた景久からすれば、泣きたくなるのも無理はない。

 何せ食文化が進んでいなかったのだ。現代日本の美食文化に慣れしたんだ景久は、とても美味とは言えない携帯食料や野獣の丸焼きで飢えをしのぐ生活があったからこそ、地球に戻るという意欲が消えなかったと言っても過言ではない。食の力、合成調味料の力は実に偉大である。


(しかし、どうしたものか)

 

 猛烈な勢いでハンバーガーとポテトを平らげ、ジュースをストローで啜りながら内心で溜息を吐く。

 あの後、情報収集の為だからと、もう一人の間宮景久の遺体に謝りながらスマートフォンを借りて街を出歩いた景久。……一応、財布は異世界に召喚された時から手放さなかったので、食事代は自腹だ。

 一見すると魔術の形跡のない、召喚される前と変わらない科学文明の街だったが、本屋に入った時、「あぁ、やっぱり地球は勇者の手に落ちた」と落胆したものだ。


「なんで本屋に平然と魔導書が売ってあるんだよ……!」


 景久がよく利用していたカーネリアン内の本屋、川越書店。漫画、小説、雑誌、参考書と慣れしたんだラインナップの隣に堂々と魔術の術式が記された魔導書のカラーコピーが置かれていた時は思わず商品であることを忘れて床に叩きつけそうになった。


「しかも魔術やスキルを使って戦う大会が、オリンピックとかのメジャーな大会の代わりになっているとか、もう何なのコレ?」


 一応、サッカーや野球といった世界大会もあるにはある。しかし注目度という点においては、魔術戦という元居た地球ではありえない競技とは比べ物にならないものだ。

 景久がいた世界とまったく・・・・同じ系統の魔術であることは本やインターネットの情報ですぐに分かった。スキルに関しても同様だ。では、この地球で魔術を使う人間とは一体どういう連中なのか、時は遥か昔に遡る。


(魔術やスキルは神話の英雄が用いたとされる神秘の総称。その起源は不明。いったいどういう進化を経て魔術師が生まれるかも不明。宗教者の間では、スキルや魔力は神が与えるものであるという奴もいるとか)


 異世界ではスキルは10歳から14歳の間で発現する、法陣術式も発声術式も用いずに超常現象を起こす能力のことだが、地球でもその認識は変わらない。

 しかし一つだけ決定的な違いがある。それは、異世界では人と付く種族全てがスキルを発現させるが、地球ではスキルと魔力は同時の発現し、それらを保持しているのは500~1000人以上に1人の割合だということだ。

 少なくとも紀元前からその存在は確認されていられるようで、1900年代の世界大戦終結まで続いた混迷期では、戦場で常に重宝されてきたらしい。

 その影響力は今でも大きく、戦争の終結と共に(表面上は)平和を取り戻した世界では、魔術やスキルは自国の軍事力、他国の抑止力を示すものとなり、更には魔力を持たない大多数を楽しませ、他国への威を見せ占める場を設けるという名目で競技へと発展していった。


(まぁ、炎とか氷とかでド派手に戦ってたら、観客も盛り上がるだろうけど)


 ゆえにこの世界でスキルと魔力を保持する者……異能保持者スキルホルダーとして生まれた者の間では強さや魔力が絶対視されている。

 強きは生き、弱きは死ぬとまではいかないが、少なくとも平均以下の魔力、弱いスキルの持ち主の立場が低いことは、もう一人の間宮景久のスマートフォンの日記アプリを見れば理解できた。

 自分と同じように凡庸な魔力と弱いスキルを持ち、学校で虐げられていたこと。そして、突如現れたスーパーマン、勇原一輝に幼馴染や義妹、両親からの信頼を全て奪われた挙句、能力の低さから勘当同然の状態であるということ。


(にしてもマジか……平行世界なんて机上の空論だと思ってたのに)


 似た境遇を生きている二人の間宮景久。そしてネット上でチヤホヤされている勇原一輝の写真を見て、景久はとある可能性が実際に起きている事を確信していた。

 魔術の世界では基本五属性と、上位三属性と呼ばれる概念が存在する。氷と炎を操る熱属性、電撃を発生させる電磁属性、鉱物を操る錬金属性、風を操る気流属性、液体を操作する流動属性の5つと、時間、空間、概念の3つの属性を操るのが魔術であり、その内の上位三属性の一つ、時間属性の魔術を用いた、平行世界と呼ばれる机上の空論が存在する。

 簡単に言えば、過去にタイムスリップして歴史を書き換えることで、本来辿るはずだった未来とは違うIFの世界を作り出すことだ。

 間宮景久が二人存在する理屈もこれと同じ。要は過去の地球に魔術という巨大な異物が割り込んだことで、〝異世界に召喚されていない間宮景久〟が存在する世界が生まれたのだ。

 そして偶然にも世界線が違うだけの当人同士による異世界召喚式と異世界送還式が干渉し合い、景久は平行世界の地球に召喚されることになった。


(にしても勇原の奴……一体どういうつもりだ?)


 しかしここが平行世界なら、このネット上でインタビューを受けている一輝も平行世界の住民なのでは? 

 初めはそう考えていた景久だが、魔術の仕組みが異世界と同じことであることに加え、顔写真の右目の下にある傷跡を見て、彼が景久がよく知っている方の一輝であることを確信する。

 これは異世界での戦いで、景久が彼に付けた傷跡だ。平行世界同士で同じ傷を負うことなど滅多にあることではないだろうし、スキルや魔力が10~14歳で発現した割には世界チャンピオンになるといったチート具合や、動画で見た戦い方も景久がよく知っているもの。

 大方慣れしたんだ魔術を地球に持ち込んで、やりたい放題したかったといったところだろうと、景久は一輝の動機を適当に結論付ける。 


『ところでその傷は練習中に負った名誉の負傷とのことですが……』

『え、えぇ。そそ、そうですね』


 極めつけはこのインタビュー動画。番組の司会者に傷跡のことを言及された時、画面越しでも分かるくらいに動揺し、顔が引き攣っている。

 何が名誉の負傷か。圧倒的格下である景久にご自慢の顔を傷つけられたことに動揺し、その隙に仲間の魔族の集中攻撃を浴びて無様に撤退していったのはどこのどいつだ。

 

(俺から見て平行世界の勇原は元から居なかったのか、居たとしてもその末路は……分かり切っていることか)


 後者なら周囲の目を欺くために間違いなく〝なりかわっている〟だろう。その場合、元居た一輝はどうなったのか、想像に難くはない。


(くそっ! やってくれたな、あのド腐れ勇者! まさか自分の居た世界まで無茶苦茶にするなんて!)


 本来辿っていた歴史を覆すということは、そこに至るまでの想いも努力も何もかもをドブに捨てるということ。己の欲望を為だけにそれら全てを足蹴にした勇者に、元魔王は義憤に駆られ――――


(これじゃあ俺の『魔道具や魔術使って好き勝手に楽しながら生きよう作戦』が無駄になっちゃうじゃないか!)


 ることはなかった。むしろ怒りポイントは魔術が広まることで、魔術に対する対策が講じられている可能性が高くなっているという事のみ。流石は元魔王、結構ゲスい。

 故郷に帰ってきたのではなく平行世界に召喚されたことについては割とどうでもいい。元々地球の豊かで平穏な生活に未練があっただけで、家族に未練は無いし、友人も進学と同時に縁が切れる浅い付き合いの者ばかりだ。

 だがそれがよりにもよって、魔術による暗示やら錬金術が見破られそうな平行世界というのはどういうことなのかと、景久は実在を信じたこともない神に向かって呪詛を吐く。


(その上、どんな手を使ったのかはわからねぇが、時間属性の魔術まで使える可能性もあるってことだろ。そうなったら、俺が戦った時よりも数段以上強くなってるかもじゃん)


 しかしいつまでも嘆いていても仕方ない。卑屈になりながらも意地を張って、物事をできる限りポジティブに考えようとする。一輝になど、ようは会わなければいいのだ。関わりさえ絶てば悩みの種にはなるまい。


 ――――それでいいのか?


 脳裏に浮かんだそんな言葉に、頭を横に振る。


(問題は住居だけど……学校にでも行ってみるか)


 内心から自分に問いかける疑問から必死に目を背け、景久はバーガーショップを後にした。


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