第2話 妖怪行脚―牛鬼―
今回の話の前に前回、つまるところ昨夜の話から始めよう。
遊火を吸収してから数十分後のこと。お互い気疲れして座り込んでいた。
「すまない、助かった。あのままだと火事になるところだったよ」
「それはどういたしまして。でもここにいて大丈夫?すぐに鎮火はできたけれど煙とか結構すごいんじゃない?人が集まってきたりとか」
「それについては恐らく大丈夫だろうな。結界が張ってあるから」
「その結界だけれど、もう一度ちゃんと張りなおした方が良いんじゃない?ここまで入ってきておいてなんだけど私や、あまつさえ妖怪が入ってこられるくらいだから結界が緩んでいるんじゃない?」
というか私の予想では十中八九もう結界の効果はなくなっている。私や妖怪である遊火が入ってきたことがそれを物語っている。だとすれば昨晩の時点で結界は解けていたことになる。物騒だなぁ。このご時世にこんな鍵のかからない家になんの防犯設備もないまま棲むなんて。ってまぁ、そんな人間の道理が吸血鬼にも通用するかは定かではないけれど。というより誰かが侵入してきたところで返り討ちにしてしまいそう。昨夜の私のように。
「それにしてもよく遊火と遭って冷静でいられたな。妖怪と遭ったことが過去に?」
「まぁ遊火と遭う前に吸血鬼と遭っていたし、吸血鬼に会うって決めた時点で覚悟はできていたからね」
「だとしたらどうして」
「外、騒がしくない?」
私が言うと彼も耳を澄ます。先ほどから外が騒がしかったのだ。恐らくこれは野次馬という奴だろう。やはり結界の効力はもうなかったようだ。
さて、どうしようか。このことが、つまり中に私たちがいることが外の野次馬たちに知れたら確実に補導される。これだけの騒ぎならきっと警察も来ているはずだ。補導されれば確実に家と学校に連絡がいく。そうなればよくて停学、最悪の場合退学だろう。というより空き家に勝手に入り込み放火したなんてことんになれば退学どころの話ではないはずだ。そんなに悠長に話をしている暇はないのだけれど。
しかし、何もただただ何も考えず長話をしていたわけではない。私にはとある秘策があるのだ。この場から脱する秘策が。その為にここに長居していたのだ。
「人が集まってきているな」
御影君が外を覗き見ながら言う。どうやらまだ警察は到着していないようだ。
「困ったね。このままだと警察に連行されて事情聴取とかされるかもね」
「言ってる割には冷静だな」
「まぁ、この窮地を脱する秘策がないわけではないからね」
「家の中の一室に結界を張ってやり過ごすとかか?」
「それだとその部屋だけ入れないの不審がられるし強行突破とかされちゃうかもよ?」
「じゃあ、俺が外に出て野次馬を昏睡させる??」
「それだと別の事件が発生しちゃう!!」
不法侵入に放火、暴行なんてどんな凶悪犯なのよ。
「私が言っているのはもっと平和的解決。いい?よく聞いて」
私が提示した秘策とはこうだ。
まず、どうにかして、それこそ火でも起こして野次馬の目をほんの少しの間でもいいから集中させる。そしてその隙をついて家から出て私を抱えたまま吸血鬼の脚力で出来る限り遠くに跳ぶ。それで万事解決だ。誰も傷つかないもっとも平和的な解決策。
結果的にはその策で落ち着いた。どうやら彼には吸収した妖怪の力を使える能力があるらしく私たちが脱出口として利用する窓から最も遠い場所に火を放ってもらった。というかこれでは本当に放火犯ではないか。まさか高校生でこんな経験をするとは。
――4月12日――
翌朝──遊火の1件の次の日の朝。つまり、今朝。私は普通に自室で目覚めた。脱出後に家まで送ってもらい、彼はしばらくあの家には帰れない、と闇に消えていったのだ。一応部屋はあるから貸そうかと打診はしたものの彼は遠慮しているのか足早に去っていた。まぁ吸血鬼だし夜でも安全だろう。というより昼間に吸血鬼の能力を失うと言っていたしそれを考慮すれば昼間の方が彼からすれば危険なのか。
自室を出てダイニングに向かうと珍しく母がいた。いつもなら私が起きる頃には家を出ているのだけれど。私は母に短くおはようとだけ挨拶する。母も同様に挨拶を返す。それからおもむろに口を開く。
「あぁ、そういえば昨晩放火事件があったのだけれどあなた大丈夫だった?」
「え、そうなの?」
「そうなのって、あなたのアルバイト先の近くじゃあなかった?」
とぼけてみた。失言した。そうだった、昨日も私は普通にバイトに行ったのだった。母から銀のアクセサリーを借りて。
「あー、なんか人だかりが出来ていたけれどその事だったんだ。ごめんね、疲れてて気が付かなっただけ」
「そう?だったらいいのだけれど。気をつけてね、最近は本当に物騒なことが多いから。あまり危険な事に首を突っ込んではダメよ。お母さんだって心配なんだしいつだってあなたの助けや味方になれる訳では無いのだから」
「うん、分かってるよ。心配かけてごめんね」
「安全ならそれでいいのよ。安全にこしたことはないのだし。それからあの家にもあまり近づいてはダメよ。そういう犯人って現場に戻ってくるというし」
「また、出張??」
私がそう聞くと、母は短くええ、とだけ返した。こんな風に母が少し大袈裟に心配をするときというのは出張でしばらく家を空ける時である。
「──の方で珍しい文献が見つかったらしくてそれの調査よ」
母は民俗学の学者で時折学会に出たり今回の時のように文献が見つかったりすると出張で家を空ける。それに対し昔は寂しいと思っていたけれどもう慣れっこだ。それに案外一人の方が楽だったりもするし将来の為を思えば今ここで一人暮らしの練習をしておくのも悪くは無いと思う。
母が民俗学の中でも専攻しているのが伝説や民間伝承で、その関係で地下の書斎には母がまとめた民俗資料が山というほどあり、ほとんどが妖怪や日本神話の資料である。私は昔からその資料を読んでいたため妖怪たちに関する知識が豊富なのである。特に物覚えのいい方ではないのだがなぜか、というより母の影響なのか妖怪や日本神話に関するものだけは1度読めば覚えられるのだ。
そんなこんなで今の話に戻る。
今の話というと遊火事件の翌朝、登校後、
「協力してくれって言われても私ただの人間だし、邪魔にしかならないと思うけれど」
「お前のその頭脳が必要なんだ」
「頭脳って。私そこまで頭良くないし」
「そうかもしれないが、少なからず妖怪たちの知識については圧倒的にお前の方が持っているからな。それにこの町の調査が終われば俺は町を去る。お前にとってもその方が好都合なんだろう?」
「別に私は貴方を追い出したいわけじゃなくて」
ただ知りたかっただけだ。失踪事件の真相を。違うと確信したかったのだ。たとえどんなリスクを冒しても。だってそうでもないと私は――
「頼む、今この町には何体か妖怪がいるんだ」
「それは昨日聞いたけれど、でも…」
それを続けていればいずれ対峙することになる。それは私にとっては不都合だ。けれどだからと言って放っておくことはできないし、もしかしたら、私の思い違いかもしれない。
まぁ、同じことを言って昨日御影君こと吸血鬼に出逢ったのだけれど。
深く、深くため息をはく。仕方ない。乗り掛かった舟だし。というかほぼ飛び乗った感じだし。
「分かった。協力する。その代わり私のお願いも2つ聞いてほしいの」
「いいだろうなんだ?」
「1つは普通の生活の妨げはしないこと。もう1つは、その時が来たら言うわ。とりあえず今は教室に戻りましょう」
教室に戻るとまだ先生は来てないらしく姿が見えなかったのでほっと胸を撫で下ろす。ちゃんと登校してきたのに話をしていて遅刻扱い、なんて笑えない。卒業後の進路については進学をするのか就職をするのかはまだ決めかねているけれどそれでもそういうのは少ない方がいい。
「で、なんの話しをしていたの?」
席に着くのとほぼ同じタイミングで凛子が私に聞いてくる。聞かれるとは思っていたけれど。まぁ友達が朝からそれまで全く接点のなかった転校生に連れて行かれたらそれは何があったかを聞くのは当然の道理だろう。
「ううん、別に。昨日偶然見かけたからその話」
「ふぅん」
凛子はあまり納得がいっていないようだったけれどちょうど先生が入室して話は終わった。
お昼休み。凛子との話はやっぱり御影君とのことだった。だからと言ってなぞの転校生であるところの
「一昨日のバイト終わりに偶然会ったの。それで昨日も学校に来てはなくてそしたら昨晩はバイト先に来てね、今朝はこの2日間の仮病休みについて黙っていてほしいって」
「ふぅん、なるほど。それなら納得したわ。それにしても厄介な子に目をつけられたものね」
「私もそう思う」
私が首を突っ込んだんだけれど。けれど不思議と悪い気はしない。どちらかと言えばわくわくするような、どこか懐かしいようなそんな気さえしてしまっているのだ。
あまりに短絡的で計画性はなく子供のようだけれどそれでも自分の好奇心でこの町の助けになれたらそれは十分にやる価値はあるだろう。
これから先の人生で誇ることはできないだろうし、これが進学や就職する上での長所になんてなりはしない。思春期の思い出としていつか人知れず消えていくだけ。それでも私は誰かの助けになりたい。私が今までたくさんの人たちに支えられてきたように。
放課後――凛子と帰ろうとした矢先に御影君に呼び出されていた。凛子には先に帰っておいてと謝り、御影君に連れられて人気のなさそうな実習棟の空き教室に移動した。さすがに鍵がかかっていて中には入れなかったけれどどうやら人がいないらしくそこで話すことにした。
「最近海岸沿いで奇妙な現象が多発しているらしい」
「あ、それなら私も聞いたことあるかも。夜、砂浜を歩いているカップルや砂浜で遊んでいた学生たちが全員体調不良を訴え、何か生き物を見たっていう都市伝説。でもそれって最近のことじゃなくて昔から言われていることだよ?」
「あぁ、だがもしこの現象が妖怪の仕業だったら?」
「確かにこの都市伝説では実際にいなくなった人もいるって話だけれど、見当はついているの?」
「海の妖怪というのはなかなか数が多くてな。今ある情報だけでは皆目見当もつかない」
「海岸沿い。海、海辺……?」
私は顎に手を添えて考える。今回の事例。海の妖怪と言えば真っ先に名が挙がるのは海坊主あたりだろうか。けれど今回の事例は海ではある者のあくまでも海そのものではなく海辺や海岸沿い、砂浜で起きている。とすれば海限定ではないという事?でもそうなるとさらに範囲は広くなる。ここで1度情報を整理しよう。件の妖怪が出現するのは水辺。都市伝説では体調不良を訴えている。ということは何らかの人体に害のあるものを体内に取り込んだことになる。人体に害、つまりは毒。更に何らかの生き物を見たとも。これでその妖怪がヒト型ではないことが推測できる。それどころか完全に人と同じ部位を持っていないタイプの妖怪だとして。
水辺、毒、動物型。考える。私は、考える。そして、ひとつの答えに辿りつく。
「
牛鬼とは西日本に伝わる妖怪で主に海岸に現れ、砂浜を歩く人を襲う。非常に残忍かつ獰猛な性格で、毒を吐き、人を喰い殺すことを好むという。伝承によると頭が牛で胴体が鬼だったり、その逆だったりする。海岸の他、山間部、森や林の中、川、沼、湖のも現れるとされている。特に
牛鬼ならば今までに出た条件とも合致する。恐らく牛鬼とみて間違いないだろう。どうやらそれは御影君も思っていたようで私の方を見て黙ってうなずく。
「ひとまず、夜に集合だな」
そうして私たちは最寄り駅を集合場所として1度解散した。
駅で合流してから私たちは電車に乗って件の海を目指す。海に行くのなんて何年ぶりだろう。初めてくらいの感覚だ。記憶には残っていない。父は私がまだ幼い頃単身赴任で帰ってくることのないまま。母は仕事に没頭し生計を立てようと努力してくれていた。そのせいか旅行というものとは無縁の生活を送ってきた。だからきっと海も初めてなのだ。
そんなことを考えていると電車が海に1番近い駅に到着する。私達は連れ立って駅から出て海を目指す。
「そういえば、スマホとか持っていないの?一応連絡先を聞いておきたいんだけれど」
「いや、持っていないな。まさか誰かと連絡を取る、なんてことになるとは思ってもみなかったからな」
「ふぅん、そっか」
確かに言われてみればそうだ。彼は偶然この町に来て偶然私に正体がバレて共に行動するようになっただけで本来なら単独行動する予定だったはずなのだ。そう思うと興味本位で首を突っ込んだのはひょっとすると、ひょっとしなくとも迷惑だったんじゃないだろうか。
そうこうしているうちにさざ波の音が聞こえてきた。もう少しで海に着くのだろう。
堤防をに上り、海を眺めると月の光が海に反射してキラキラと輝いていた。素直に綺麗だと思った。
「砂浜に降りてみよう。気をつけろ、いつ現れるかわからないから俺のそばを離れるなよ」
それに分かったとだけ答えると後ろについていく。しばらく砂浜を歩いてみても牛鬼はおろか、妖怪が出てくる気配もなかった。
「いない、ね」
「あぁ、だが僅かに気配は感じる。気を抜くなよ」
その直後だった。いやな気配が私の背筋を撫でる。寒気が走り鳥肌が立つ。それと同時に影縫君が身構えた。
グルルルル……
獣のような唸り声が聞こえる。闇の中からゆっくりとその姿を現す。鬼のような頭に牛の胴体。が、胴体はひしゃげて蜘蛛のようにも見える。
凄い。こんな怪力。これが吸血鬼の力なのか。吹き飛ばされた牛鬼は砂浜に打ち付けられるもすぐに起き上がって身構える。が、すでに御影君は高くジャンプして追撃しようとしていた。それを察知した牛鬼は私の方を目がけて走ってくる。地面に降りたった御影君は急いで牛鬼を追いかけるも砂に足をとられる。私は牛鬼を走って避けようとするが御影君同様なれない砂浜に足をとられて転んでしまう。砂浜に転がる私の目前まで迫った牛鬼はそこで足を止めて前足を振りかざす。
振り下そうとした寸前で牛鬼の動きが止まり、低い断末魔の唸りと共に消滅する。その向こうには先ほどまで牛鬼がいた場所に手をかざす御影君の姿があった。
エナジードレイン。吸血鬼の持つ能力の1つ。対象のエナジー、人間でいうところの生気を吸い取る能力だ。御影君はさらにエナジードレインした対象の能力の1部を自分の能力にできるらしく、最大3ストックまで出来るということだった。なんでも吸血鬼の中でもベースとなる能力は大きく2つあり、エナジードレインと怪力が基本的な能力で変身したり飛んだりするのは個体差があるとのことだった。
遊火の時の能力もこれであり、今回もまた何かしらの能力を手に入れたのだろう。牛鬼と言えばやはり毒あたりだろうか。
そういえば、また私は迷惑をかけてしまった。仕方のないことだけれどこと戦闘面においては私は待ったくの無力で足手まといでしかない。
「ねぇ、1つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「私、迷惑じゃない?邪魔というか」
「だとしたら、協力を頼んでいない。お前の知識は役に立つ。今回のことだって牛鬼だと分かったのはお前のおかげだしな」
「そっか、だったらよかった」
帰りの電車の中、私は夏になったら海に行きたいと、思った。
――4月16日――
「あなた達、いったい何者?」
生徒会室に呼ばれた私と御影君は席に着くなり生徒会長、
「あなた達は人間?それとも、妖怪?」
雲居遥怪奇譚 夜人 @Gandalfr310
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