雲居遥怪奇譚

夜人

第1話 御影暁―ヴァンパイア―

 私の名前は雲居遥くもいはるか県立海原学園けんりつかいばらがくえん2年生。私はこの物語の、主人公である。と、言ってもこれは私の物語なのだから私が主人公というのは当然である。

 しかし、その一方で私はヒロインでもある。

 普通、ヒロインというと男の子主人公と恋をする、あるいは主人公を取り巻く女性たちのことだけれど、定義でいえば女性の主人公をヒロインと言っても何ら問題ないのである。

 もともとヒロインというのはヒーローの女性系なのである。

 なんてことを言うともしかすると女性差別、と言われるかもしれないけれど私はそういうものを全くと言っていいほどに気に留めていない。

 差別、という言葉を使ってはいるけれど、実のところそれは言い過ぎだというのが私の見解だ。

 確かに差別は駄目だ。だけれど、区別は違う。

 だって元々体の構造そのものが違うのだし、男性社会に進出してきたのは女性だからである。それを悪いことだとは全く思わないし寧ろ良い事だと思うけれど。だけれど、日本の文化的には昔から女性は一歩下がった位置にいる。というのが言ってしまえば、文化であり、伝統なのだ。

 しかし、私は出張る。出しゃばる。主人公として、主役として。

 確かに男の子に比べれば女の子は力だって弱いけれど、それでも男の子に劣っているなんて何一つ思っていないのだ。

 ヒロインだなんて立派なものじゃないかもしれないし、だからと言ってヒーローにも為れないけれど。それでも。

 2度目になるけれど、これは私の、私だけの物語なのだ――


――4月10日――


 私はいつも通りアルバイトを終えると帰路に着いた。

 いつもと違っていたことと言えば、忘れ物をして途中で引き返したこと。そして、忘れ物を回収して、再び帰路についた時彼を見かけたことだ。

 不審にキョロキョロと周囲を見まわす少年が着ているのは県立海原高校――私と同じ学校の制服だ。しかし、私が気になったのは、私の目を引いたのはそこではない。周囲を見まわす彼の視線は明らかに下を向いている。最初こそ不審に思ったがしかし私はすぐにそれに合点がいく。

 恐らく、落とし物だ。この夜更けに学校の制服を着て。夜更けと言っても時刻は夜の10時を数十分程過ぎたぐらいだろう。でも、私たちは高校生なのである。もうすぐ補導の時間だ。

 ってあれ?姿が消えた?人ごみに紛れた?

 その瞬間、私は走り出していた。別に彼が心配なわけではない。だからと言ってもうすぐ補導されてしまうよ、と教えてあげるほど真面目でもない。私自身もう寄り道している暇はないのだから。

 じゃあどうして私が走り出していたかというと、それは彼がまだ

 それはつまり学校が終わってからこんな時間になるまでその落とし物を探していたことになる。家に帰るでもなく、多分ずっと。だからこそ手伝いたいのだ。

 大事なものを失くす辛さを私は知っている。

 私は無くして、失くして、亡くしている。両親を。


 幼い頃、多分私が物心ついてすぐのことだろうか、両親は他界した。

 そう、預けられた親戚宅でそこの人から聞いたのだ。おそらく当時3歳やそこらでその歳の記憶なんてそれを漠然ばくぜんと覚えているにすぎない。

 いや、覚えている、というよりも知っている、と言った方が正しいのかもしれない。

 それからは両親の葬儀に参列する事さえできず、親戚宅をひたすら転々としていたような気がする。

 私はあまりその当時のことを覚えてはいない。それはきっと幼かったというのもあるけれど、きっと両親の死が私の心に重くのしかかったから他のことなんてどうでもよくなっていたからかもしれない。

 しかし、顔も覚えていない――覚えるより先に私はあらゆる親戚宅にたらい回しにされていたからだ――そんな親戚たちからとても酷いことを言われていた、酷い仕打ちを受けていた記憶がある。

 そして最終的には児童養護施設に預けられることとなった。

 施設での生活が2年も経ったある日、私は雲居という夫妻に引き取られることになった。夫妻、と言っても父親は仕事の関係とやらで家を空けることが多く実質、母――雲居絡女くもいからめとの2人暮らしである。

 最初こそ2人を遠ざけていた私だったが、親身に懇意に接してくれる夫妻を私は両親だと、小学校を卒業するころには認めていた。



 ――閑話休題、話を戻そう。

 単刀直入に言えば私は彼を見失ってしまった。人ごみに紛れて消えてしまった彼を探そうかどうか迷ったが、しかしそこまでの情はないと私はあっさり切り捨てた。というより、そもそも探したところで名前も知らない彼に何と声をかければいいのか。

 落とし物ですか?お手伝いしましょうか?

 いやいや、不審すぎる。私は彼が制服を着ているから同じ高校だと分かったけれど、私は私服だ。突然見ず知らずの女に話しかけられたら不審がられやしないか。しかも落とし物だなんて断定してしまって、彼がもしかしたらただの脚フェチなだけかもしれないじゃないか。だとしたら聞かれた彼も応えづらいだろう。

 同じクラスの女子に自分のフェチがバレるなんて。

 あれ?同じクラス??んん??

 同じクラス、と言ってしまったけれどだとしたら私は彼のことを知っている??

 そんなとりとめのないことを考えて歩いていくうち、私は廃墟の前に立っていた。

 こんなところにあったかな?うーん、なんか引っかかるなぁ。

 幸いにも周りにはあまり人がいない。入ってみようか。いやいや、それだと普通に不法侵入だ。でも何か気になる。

 だからは私は意を決して中に入ることにした。




 思ったよりも片付いている。

 それが私がこの廃墟に最初に抱いた印象だった。まるで男の子の部屋に上がり込んだ恋愛漫画のヒロインみたいなセリフじゃないか、と思ったけどちゃんとお招きに預かったヒロインとは違って私は勝手に上がり込んでいるのである。不法侵入、もし廃墟でなければ家宅侵入罪が適用されるのだろうか。もしかすると、ちゃんと人が生活している家に勝手に上がり込んだ挙句に廃墟みたいだったのでなんて言った日には名誉棄損でも訴えらるかもしれない。

 その時だった。私のすぐそばで音がした。床が軋む音。人の――誰かの生活音。私は咄嗟に身構える。家宅侵入しておいて身構えるだなんてどういう了見だ、と言われれば反論の余地はないけれど。でもしかし。音の聞こえた方には誰もいなかったのである。一瞬は自分の気のせい、若しくは単純に私の重みで私の立っていない場所が――それはない、絶対に無い。

「だれか、いるの?」

 私がそう聞いた時だった。背筋に冷たいものが走る、という感覚と共に私の体に確実に何かが触れる。背中側から伸びてきた左手は私が叫ばないように口を押え、右手は私の首へ。首に何か硬いものが当たる感触があり、刃物かと思ったがでも何かを掴んでいるような手の形ではないので恐らく爪と思われる。

「お前は何者だ?どうしてここに入ってこられた?」

 声から男だと断定できる。歳も、恐らく近い。男は質問の後、口を塞ぐ左手を外す。

「なんでって、普通に歩いていたらここの前に来ていて。興味本位で入ったことは謝ります、だから」

 どうか開放してください、そういう前に男はある条件を提示してくる。

「この場所を誰にも言わないと約束するならな」

「言いません誰にも」

 そうか、と男は一言だけ呟くと右手を私の首から離す。その瞬間に私は振り向いてスマホの明かりを向ける――が、もうそこには誰もいなかった。

 そして私は立ち去った。見ず知らずの男の子の棲むその家から。


――4月11日――


 次の日、学校に登校するとクラスメイトが1人休んでいた。名前は御影暁みかげさとる珍しい名字と名前だ。性別は男。

 一応、クラスメイトだったけれど、顔が分からなかったのは夜だったからか、横顔だったからか。まだ断定するのは早いか。御影君と決まった訳ではない。何となくクラスメイトだと思っただけでそれだけの話だ。

「ねぇ、凛子りんこ。御影君のことなんだけれど、何か知ってることはない?」

「御影君??ああそういえば今日休んでいるんだったわね。転校早々何か事件に遭っていないといいけれど」

「え」

 ホームルームが終わってから私が真っ先に頼ったのは高1からの親友である、鳥羽凛子とばりんこである。

「えって。まさか春休み頃から続いている連続失踪事件を知らないとは言わないわよね?」

 連続失踪事件。最近この町で起こっている奇妙な事件だ。失踪した人間が数日後に生気のない姿で発見されるという事件が立て続けに5件ほど起きている。この数日は特にそういったことは起きていないけれど犯人は未だ捕まっていない。被害者の共通点が、前述の失踪から数日後に生気のない姿で発見されるということと、失踪直前から意識回復までの記憶がないことと、被害者が皆成人しているということくらいである。まぁ一応この町の住人である、というのも共通点ではあるけれど。

 それによって昼夜問わず警察が厳戒態勢で街に警備に当たっている。

「ああ、そうだった」

「彼については、遠くの町から引っ越してきて今は親元を離れて一人暮らししているというのと、家には人を招かないこと、学校ではトイレに行かないこと、それから昼はいつもダルそうにしている、ということくらいかしら」

「ふーん、爪が長くて鋭いとかは?」

「別に仲が良いわけではないからあんまり詳しくは知らないけれど多分そんなに長くないんじゃないかしら。長くて鋭い、とかだと男子たちが騒ぎそうだし」

「そっか。それもそうだね。ありがとう。でもやけに詳しいね」

「席が近い、というのもあるけれど彼は少し気になるのよ」

「好き、とか?」

「そういうのじゃないけれど。あまり彼には近づかない方が良いのかもしれないわ。何の根拠もないしただの言いがかりや陰口みたいになるけれど、彼は危険よ」

「そうだね。でもいくら危険でも対策さえ練れば案外安全ってこともありうるよ。熱した鍋だって熱くて危険だけれどそれだってちゃんと対策すれば持つことだってできるでしょ?」

「まあそうだけれど。一応警告はしたからね。対策しても危険であることに変わりはないんだから危ないことしないでね」

「うん、わかってる」



 放課後、家に帰りつくと誰もいない家にただいまを言ってから自分の部屋に入って私服に着替える。その後一度お風呂に入って汗を軽く洗い流す。身を清める、ことに今回意味は全くと言っていいほどに無い。相手は神聖なものではないからだ。それでも礼儀としてそれくらいのことするべきだろう。

 それから私は母の部屋に入り母のジュエリーボックスを開けてそれらしいアクセサリーを手に取る。母には学校にいる間に連絡をして借りる許可をとっている。私が選んだのはネックレスと指輪。指輪は少しだけきつかったけれど。それらを身につけて家を出る。

「いってきます」



 本来なら今日はバイトのシフトが入っていたのだけれどバイト先には連続誘拐事件の件で学校側から夜7時以降の外出を禁じられた、といって数日間の休みをもらっている。実際は新学期早々にこの事は規制されていたのだけれど。規制無視をしていた。バイト先の店長さんからも事件の心配をされていたし実際他の学生のバイトも同じような理由で休みを取っていたのでなんの不信感も抱かれず休めたというわけだ。というかむしろ休むことに少しだけ安心していた節はある。

 さて、では私がバイトを休んでまでしようとしていることと言えば勿論、昨日のあの廃墟のような家に行くのだ。あの家が何なのか、誰が住んでいるのかは分からないが、はおおよその見当がついている。そしてそれが誰なのか、私は少しだけ予想を立てている。

 あそこに棲んでいるのは恐らく、吸血鬼であり、海原高校2年生、クラスメイトで転校生の男の子――御影暁君である。まあこれはほとんど推測というより憶測というか当てずっぽうというか何となくなのだが、私の考えは多分当たっている。

 まず1つ目。昨日見た男の子を私は知らないうちにクラスメイトと認識していたこと。これは恐らく彼の顔に見覚えがあったから。その顔をクラスメイトだと潜在的に本能的に認識していたこと。私は人の顔と名前を覚えるのが割と得意な方なので自分たちの学年によらず他の学年の人の顔と名前も憶えている。故に私が顔に見覚えがある、ということはクラスメイトである可能性が高い。

 次に2つ目。私は彼を追いかけてあの家の辿り着いたこと。見失っていたとはいえ彼があの時間にあそこにいたということは家がそれなりに近いということを指す。私と同様にアルバイトで少し離れたところから足を運んでいる、という可能性もあったが大抵アルバイトは家の近くですることが多い。

 次に3つ目。これは凛子から聞いた彼の話についてまとめる。まずは、遠くの町から引っ越してきて今は親元を離れて一人暮らししているということ。果たして高校生に一人暮らしをさせるだろうか。アパートやマンションの1室や学生寮(うちの学校にはないけれど)ならまだわかるのだが、あんなボロボロの一軒家に住まわせるだろうか。

 そして学校ではトイレに行かないこと。これは伝承によって変わってくるけれど吸血鬼は鏡には映らないとか、鏡には真実の姿が映るとか言われている。トイレには否が応にも鏡はある。前者であれ後者であれ他人に見られる訳にはいかないだろう。

 次が昼はいつもダルそうにしていること。これはご存知の通り吸血鬼は日光にとても弱い。一説では灰になるといわれるほどに。灰にはなっていないということから彼は灰にならないタイプの吸血鬼か、完全な吸血鬼ではないか、のどちらかだ。

 最後に4つ目。昨日の私の体験談。昨日私が彼を見失ってから家に着くまで10分程度は経過していたはずでそれでも家の電気を一切点灯していなかったということ。それでいて私の位置を正確に把握し背後から音もなく忍び寄ったこと。これは相当に夜目がきくということと身軽さを表しているし闇に紛れて消えたことにも納得がいく。

 爪の鋭利さも吸血鬼なら納得はいくし変身能力をもつ吸血鬼もいるくらいだから爪の伸縮くらい容易だろう。

 そして声色。あれは完全に男の子のものだった。紛れもなく。男ではなく男の子だ。

 これらのことから私は彼が吸血鬼であり、クラスメイト御影暁である、と半ば強引に、いやほとんどこじつけて決めた。


 時刻は夕方6時過ぎ。夕方と言ってももうほとんど日は暮れている。

 それにしても夜に見るよりも細部まで見えてますます廃墟っぽい。本当にボロボロだ。とても人の住めるような環境ではなさそうだ。昨日入った感じでは月の光が差し込んではなかったので屋根はしっかりとしている。と思う。まあさすがに雨が降ったら雨漏りくらいはしそうだけれど。いくら吸血鬼とはいえもう少しなかったものか。雨風すらしのげない場所をわざわざ選ばなくても。まあ幽霊屋敷っぽくていいかもしれないけれどそもそも吸血鬼は幽霊ではない。

 うーん。ここにきて改めて思うけれど、というか今更だけれど、違ったらどうしよう。あんな意気揚々と憶測を立てていたけれどそれが全部間違い、なんてことはあり得るしなんなら常識的に考えて吸血鬼であるはずがない。ホームレスさんという可能性だってある。それならこんなところに住んでいるのも、爪が長いのも、他言無用も納得がいく。ああもしそうだったらどうしよう。

 まあでもここまで来たんだし、完全に日が暮れないうちに済ませてしまおう。別に退治するわけではないけれど、対峙するにあたっては少しでも力が弱い方が良いだろう。普通に怖いし。凛子にああやって強がっては見たもののやっぱり怖いものは怖い。

「うだうだしてても仕方ないか」

 そう決心して私は家の扉をノックした。



当然、ノックの返事はなかったから私は扉を開けた。昨日と同様扉に鍵はかかっていない。もしかすると鍵というものがそもそも存在しないのかもしれない。と確かめたが鍵穴はあったけれど酷く錆びついていた。扉を開けたまま私は中に入る。礼儀も作法もあったものではないがもしもの時逃げられるように逃げ道は確保しておく必要がある。

 昨日は夜だったという事もあって気が付かなかったけれど思ったより広い。それに、外観に似合わず中はスッキリとしていて若干ではあるけれど生活感のようなものを感じられる。それでもボロボロであることに変わりはなくいつ崩れてもおかしくはないといった感じだ。世が世ならそれなりの一軒家なのかもしれない。

 スっと衣擦れの様な音とともに昨晩と同じ感触が背中に触れる。そして首にも同様に──

「いってぇ!!」

 私の首に触れた瞬間に手が離れて体ごと仰け反り数歩下がる足音がする。男の子が私から離れるのと同時に私は振り返り男の子を観る。黒服に黒髪黒い瞳。ここまで黒備えとは。かの有名な甲斐の虎こと武田信玄の家臣真田家の赤備えに倣っているのだろうか。吸血鬼と真田家には何の所縁もないけれど。いやでも吸血鬼ならば長命なはずだから真田家と何か関りがあるかもしれないけれど。

 閑話休題。そんなことはどうでもよくって。

「何をした……??」

「吸血鬼の弱点と言えば日光と銀。常識の範囲内だと思うけれど」



「それで?何のようだ」

 そういいながらそういいながら吸血鬼ことクラスメイト御影暁君が湯飲みを差し出してくる。中身はまさか人血、なんてことは勿論なかった。恐らく水だろう。というかこの家水が出るのか。電気だって通っているか怪しいのに。あ、でも水くらいなら近くのコンビニとかスーパーでも購入は可能か。その資金がどこから出てくるのかは不明だけれど。よくよく考えたらそれが一番怖くないか?

「聞きたいことは山積みだけれど、とりあえずは一番聞きたかったこと。この春から続いている失踪事件について」

「そのことか。言っておくが俺じゃないぞ。俺もそのことでこの町に来たんだ」

 やっぱり違ったか。もしかしてとは思っていたけれど彼ではないらしい。だとすれば

「あまり驚かないんだな」

「えぇ、まあ」

「それで?他に聞きたいことっていうのは?」

「これは?」

「水だよ。水道水じゃない。近所のドラッグストアで買ったミネラルウォーター」

「その資金は何処から?」

「ちょっとしたコネでな。名のある家柄と縁があってそこから資金提供を受けている」

「だったらどうしてこんな場所に住んでいるの?資金提供を受けているならもっと普通の家があったんじゃ」

「ここは借りてるんじゃなくて棲んでいるだけだからな。術で周囲に結界を張って近づけないようにしている。用が済んだらすぐに出ていくさ」

「昨晩見かけたときに何かを探していたようだけれど何を探していたの?」

「あれは赤足って妖を探していたんだ。大丈夫、無事に退治した」

「どうして高校生のフリをして高校に潜伏しているの?」

「見た目がこんなだからな。昼間は下手に出歩くのも不自然だ。それに高校生の情報網というのもなかなか大したものだからな。学校なら情報を得やすいというわけだ」

「吸血鬼は変身能力を持っていると聞くけれど。それと日光で灰になるとも」

「俺は変身能力を有していないからな。それに俺の場合、昼間は吸血鬼性をほとんど失うだけだ」

「吸血鬼にも色々いるということ?」

「まあそういうことだ」

「失踪事件のことでこの町に来たというけれど具体的にはどういうこと?」

「時系列でいえば逆だが、結果的には同じことだ。まぁ推論の域を出ないがこの失踪事件には強大な妖怪が絡んでいる。それとここには妖が多いな」

「そう…」

「これにもあまり驚かないんだな」

「ええまあ、ある程度の予想はしていたから。それで時系列が逆というのは?」

「俺がここに来た当初の目的はその強大な妖怪の調査。それが1つや2つじゃない。そこから調査を始めていく過程で退治も兼ねて小さい妖共を喰っているうちに失踪事件が起きた。そこからその妖怪が絡んでいるとみて高校に潜伏していたというわけだ」

「なるほど」

「ちなみにその妖怪というのに心当たりは」

「全くない」

「そうか。聞きたいことはもう終わりか?」

「最後に1つ。名のある家柄、というのは?」

「それは、言えない。すまない」

「そう。とりあえず聞きたいことは以上かな」

 話し終わったと思ったその時だった。私と御影君の座っているすぐそばで光が灯る。確かな熱量をもって、燃え上がる。

「なに!?妖怪??」

「いや、妖気は感じなかった!!」

 じゃあ一体――そう言っている間にも炎は燃え盛る。そこで私はあることに気が付く。燃え盛る炎が御影君を取り巻くように燃えていることを。そしてその炎の正体を。そして私はそれを知っている。その正体は怪火かいかの一種。鬼火や狐火、人魂などとも呼ばれ、海外ではウィルオウィスプ、ジャックランタンなどがこれに当たる。そうしている間に炎はどんどん燃え広がりかと思えばまた1つになる。まるで遊んでいるように――

 そこで私は気が付く。数ある怪火の中でもこのようなものはただ1つだけ。

「御影君!!無事!?」

「ああ!!そっちは??」

「私も大丈夫!!それより正体がわかったの!!この炎の!!」

「なんだ??」

「これは怪火の一種で、神出鬼没、分裂したり1つになったりするこれは――遊火あそびび!!安心して!人に危害を及ぼすようなものじゃない!!」

「そうか、でも、この炎はどうする!?」

 そうだ、正体がわかったところで火が消えるわけではない。遊火をどうにかできれば火を消せるかもしれないけれどその肝心な遊火をどうするかだ。いやしかし怪火ならば本体をどうにかすれば或いは――

「遊火の本体をどうにかできない?そうすれば炎も消えるかもしれない」

「本体の居場所さえ分かれば吸収できる」

 だったら。周囲を見回す。炎が相手なら弱点は――あった。ミネラルウォーター。しかも2リットル。ドラッグストアで買いだめでもしていたのか何本かある。私はその中の1本を取ると御影君に投げて渡す。それを受け取ってすぐに合点がいったのか蓋を開ける。それを横目で見ながら私もミネラルウォーターの蓋を開けて思いっきり撒き散らす。それで炎の勢いが弱まるがひときわ燃え盛りふわふわと浮遊している炎を視認する。

「御影君!!」

「分かってる!!」

 御影君は遊火の元まで跳躍すると手をかざす。その瞬間に遊火は御影君の中へと吸い込まれていく。息を吸うように吸収していく。



 結果的にいうと炎はそれほど燃え上がらず大事にもならなかった。例の結界とやらで人目にはあまりつかなかったらしい。それでも近くを通りがかった人の中には見える人もいたらしくちょっとした騒ぎになっていて翌日には噂になっていた。学校ではかなり尾ひれのついた噂になっていて幽霊屋敷が燃えたとか、誘拐の次は放火だとか、人魂を見たとか、他にも色々。どれもこれも一概に間違っているとは言えないところが恐ろしい。なるほどこれが御影君の言っていたことか。確かに高校生の情報網はなかなか侮れない。正確性はともかくとして昨日の夜のことが今日の朝にはもう噂として出回っているとは。一体何処からその情報を仕入れてくるのか。本当に大したものだ。朝の学校はその話で持ち切りだった。

「遥!!大丈夫だった!?」

「うわっ。びっくりした。どうしたの?」

「どうしたのって。昨日の放火事件、貴女のバイト先の近くでしょう!?」

 あぁ、そうだった。昨日、というか数日間バイトの休みを取ったがそれを凛子には伝えていなかった。それに御影君の家はバイト先から近いんだった。最初に訪れた時もバイトから帰る時だったし。あ、そういえば今日御影君は来るのかな。まだ来ていないようだけど。

「あぁうん、大丈夫。それよりも今日は御影君は?」

 それを聞いた凛子は少し不審な顔をした後に、来ていないと短く答えた。まあ確かに不審がる理由はよくわかる。学校ではそんなに、というか全く接点はなかったし。それが今日になっていきなり彼のことを聞くってどう考えても不審だ。

「あ、えっと、今日も休みなのかなって。確か彼の家ってあの辺りだったような気がするから」

「詳しいのね。彼のことを何か知っているの?」

「ううん、そういうわけじゃないんだけど。この前バイト先の近くで見かけたからあの近くに住んでるのかなって」

「そうなの。って噂をすれば、御影暁みかげさとる

「えっ」

 凛子が彼の名前を呼んだ時には私は、私の腕を半ば強引に引く何者かによって席を立つ。言うまでもなく、というか凛子がすでに名前を呼んでいたが私の手を引く何者かは御影君だった。私が制止するのも聞かずに引っ張っていく。なるほど、これが吸血鬼の怪力か、なんて悠長なことを考えているうちに歩みを止める。

 人気はない。あるとすれば遅刻ギリギリで足早に教室に向かう生徒くらいだ。まあ多分彼の方から接触してくるとすれば昨晩のことや吸血鬼に関することの口止めだろうし、それを沢山の生徒がいる教室でするわけにもいかないだろう。ここなら、と言っても廊下だけれど急ぎ足の生徒ばかりだから人の話なんて聞いちゃいないだろう。

 しかし、彼の口から出たのは全く予想だにしなかった意外な言葉だった。


「俺に協力してくれないか。お前の力が必要だ」


 これが、私と彼――吸血鬼こと御影暁との出逢いの物語だ。

 そして私の物語の始まりなのである。終わりの始まりなのである。

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