キラキラ輝く地の底で


 私の通う学校には、有名な2人の先輩がいた。

 1学年上の紫希しき先輩と、いつも一緒にいる緋向ひゅうが先輩。

『王子様とお姫様』

 そんな風に周囲からよく言われていた。

 日本人特有の『三歩後ろを歩く女性』なんて関係とは逆で、緋向先輩は必ず紫希先輩の後ろを歩いている。

 どちらかというと『お姫様と騎士』て感じ。

 不思議なのは、紫希先輩がそういう命令を出してない事。

 全て、緋向先輩が勝手にやっている事らしい。

 2人共、全ての成績が『中の上』なのも不思議。

『本気を出していない』なんて噂もあるくらい。

 成績は全部5段階評価の3。

 紫希先輩が動けば必ず緋向先輩も動くんだけど、緋向先輩が動いても紫希先輩は動かない。

 そんな先輩達の関係は独特で…。


 あの日…。

 そう、2年生の先輩達が修学旅行に行って、学校が少し静かになっていたあの日。

 私は校庭を歩く2人から目が離せなかった。

 2人は、修学旅行には参加せずに、学校で自習をしていた。

 親の経済的な理由等で、毎年数名は修学旅行に参加しない生徒がいるらしい。

 …先輩達がどんな理由で参加しなかったのかは誰も知らないけれど。

 今年は先輩達2人だけ。

 正門に向かって歩く2人の前方から、1人の男が2人に向かって歩いている。

 私が瞬きをひとつしたら、見知らぬ男は尻もちをついていた。

 緋向先輩は倒れていて、周囲は紅く染まっていた。

 緋向先輩の事だから、男が刃物を持っている事に気づいて紫希先輩の事を護ったんだろうな…。

 なんて考えていたら、今度は紫希先輩が緋向先輩の隣りで紅く染まりながら倒れていた。

 良く考えれば、違和感しかなかった。

 何故、紫希先輩は刺された緋向先輩を観て叫ばなかったのか。

 何故、紫希先輩は助けを呼びもせずに倒れているのだろうか。

 何故、私は血に染る2人の姿が視界に入っているのに此処で座って見下ろしているんだろうか。

 …でも、

「紫希先輩、幸せそうだなぁ」

 死んじゃったのにね…。

 恋する乙女の様な微笑みを浮かべていた。

 アレも、『』というやつなのだろうか。

 私は、そんな不確定なモノに興味は無い。

 紫希先輩も、私と同族だと思ってたのにな。


「ちょっと残念」


 何故、私は叫ぶこともなくただ頬杖をつきながら見降ろしているのだろうか。

 遠くから聴こえる『きらきら星』が、なんだか皮肉っぽく聞こえてくる。

 先輩達の最期は、鎮魂歌ではなくて『きらきら星』なんだなって……。


 気分が悪くなったので、保健室で放課後まで時間を潰す事にした。

 今日の授業はコレで最後だから、早退扱いは免れるだろうし。

 何が『愛』だ。

 紫希先輩達が『愛』を確かめた結果が、アレなの?

 それで良いの?

 解らない。

 まぁ、解りたくも無いけれど。

 …でも、学校で押し付けられる『』よりは、先輩達らしいと思う。


 好みの異性を見付け、結婚して子を授かり孫が産まれ、曾孫の顔が見れればラッキー。

 最期の時は家族に看取ってもらい安らかに……。


 なぜこんなテンプレが横行していて、皆が信じ押し付けているのか。

 それはきっと、『幸せ』や『生きる意味』を見失いかけた頃、『人生の幸せとは、こういう事なのです』なんて、誰かが説いたんでしょう。

 そして、それを信じ従っているの。


『だって、それが幸せだって聞いたから』


 ガラガラ…

「愛子ちゃん、荷物持ってきたよ」

 視線を窓枠から移動させると、クラスメイトの穂波映子ほなみ えいこが私の荷物トランクケースを手に立っていた。


 そういえば、私にもずっと傍に居てくれる子が居たんだった。

 私の物語は、この子と『愛』を探しに行く展開なの?

 それはちょっと…嫌だなぁ。

 でも、私には劇場の魔女愛華さんが居るからそんな心配は要らない。

 物語というのは、主人公が死んでも終わる事はない。

 何故なら他の登場人物が生きているから。

 だから、物語は主観を変えることにより連鎖して引き継がれていく。

 スポットライトで照らす場所を変えるだけ。

 それでも魔女は、『私の物語』を終わらせてくれると言っていた。

 普段そんな迷信みたいなことは信じないんだけど、彼女達から仄かに香る熟れた林檎が、黒髪の店主と同じだったから…。

 だから、信じてみてもいいのかなって。

 私がこの子かのじょの手をとるのなら、死んでも『私の物語』は終わらない。

 それなら、私はこの子かのじょと一緒に行く未来は絶とう。


 少女が立ち去り足音も聞こえなくなった頃、チャイムが鳴った。

 これは学校の時報ではなく、退場のブザーなんだとわかりベッドから降りた。

 床に足がつくと、先程まで教室だった景色にノイズが走り暗闇へと変化した。

 きっと、私の物語が消えようとしているんだろう。





 さようなら。

 ちっとも『愛しい』なんて思えなかった私の世界。

 それでも、沢山の愛しい世界に触れさせてくれてありがとう。


 はらり。


 深い海の底だというのに頭上から何か小さな破片かけらが落ちてきた。

 それは、桜の花びらだった。

 もしかしたら…私が気づいていないだけで、ずっと昔から見守ってくれていたのかもしれない。

 私にもあったんだね、見守ってくれているが。


 「陳腐で平凡な物語だったかもしれません。

 それでも、最後までご清聴頂きありがとうございました。

 以上、姫野愛子でした。」


 スカートの両裾を軽く持ち上げ頭を下げて……。

 そうして、私の物語は幕を閉じた。

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魔女狩りの手には鎌ではなく1枚のチケットを 桜木 彩 @aya_sakuragi

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