仮面のお茶会

 恋を禁じられている者の紡ぐ恋愛曲に疑問を感じたある日。

 でも、一部の例外を除いて紡がれる言葉は紡ぐ本人の意思とは関係がない。

 代弁しているにすぎないからだ。


 とある夜更け、私は甘い香りに誘われて扉を開けた。


「やぁ、いらっしゃい」


 店主の声と共に、カウンターに座っていた男女が振り返った。


「久しぶりね、お嬢」

「こんな時間に来るなんて珍しいな」

「こんばんわ…愛華あいかさんに健太けんたさん。真ん中、座ってもいいですか?」


 今日は、愛華さんと健太さんの2人だけしかお客さんいないのかな…。

 といっても、他のお客さんが来てるところ見たことないけど。


「もちろんよ。貴女が来てくれて助かったわ…」

「それはこっちのセリフだよまったく…。せっかくの酒が不味くなる…」


 この2人は何故だか仲が悪い。

 店主の虹輝曰く、『似た者同士』らしいんだけど。

 私は、不自然に空いている2人の間にできていた空席に腰を下ろした。


「えっと、アップルティーに角砂糖を2つ」

「そういうと思って、用意しておきましたよ」

「ちょっと?お嬢が来るなら教えてくれれば良いじゃない」

「あはは…。いやぁ、ついさっき天から声がね…啓示が…」


 店主は愛華さんに詰められている。

 目の前には、甘い香りのティーカップと2枚のクッキーが乗った小皿が置かれた。

『用意しておいた』とは言いつつも、まだ湯気が良い香りを運んでいる。

 一口飲むと、とても心が安らいだ。


「そうだ。私、愛華さんに聞きたい事があったの」

 愛華さんが私に視線を向けてくれたのを感じてカップを置く。

「あらあら…私に聞きたい事ってなにかしら?」

「愛ってなに?恋をするってどんな気持ちなの?」

 愛華さんの方を向いて質問すると、隣で健太さんが咽せている。

「どうしてそんな事を私に?」

「だって、愛華さんは女優さんだから…恋愛話ラブストリーとか演じた事あるのかなって思って」

「そうねぇ…」

 愛華さんは、手に持っていた琥珀色の液体を1口含むと溜息をこぼした。

「こればっかりは、人それぞれで答えが無いのよ。同性を愛すこともあれば異性を愛すこともあるでしょう。肉体関係を持ちたい人もいれば、肉体関係が無くても溢れるぐらいの愛情を共有する事もあるわ」

「子を授かる事が結果だと思う人も居れば、連鎖の先に恐怖する人も居るからな…」

 頬杖をつきながら、健太さんはグラスの中へ視線を落とす。

「それにしても…急にそんな話しをするなんて、何かあったのか?」

「親に見合い写真でも渡されたの?」

「…いいえ。でも、たまに思うんです。だから気になって」


「『恋は下心。愛は真心』なんて誰かが言ってたかしらね」

「そもそもさ、誰か気になるやつができたとかじゃないんだろ?」

「それなら、無理矢理急いで何かを決める必要なんてないんじゃないかしらね」


「『恋をするな』と枷を付けられたはずなのに、そんな人がどうやって恋を、愛を…ましてやその先にある失恋を紡げるのかなって」


 愛華さんは、コトリ。とグラスを置いて私と目線を合わせて語る。


「それは、アイドルにも役者にも言えることね。役者でも、恋人の存在が枷になるケースはあるから。でも…そうね。この2つは……いや、歌手全般に言える話かもしれないけど、恋を歌っているのは歌手じゃないのよ。よく考えてみて?」

「あれ…違うんですか?」

「一概には言えないけれど、基本的には言葉を紡いでるのは作詞家や脚本家よ?勿論、歌手本人が作詞したりアドリブだったり、役者が台詞の提案をしたりとかもあるけれどね…」

「たしか…に?言われてみたらそうかもしれませんね」

「歌手はその本当の意味に気が付くこともなく、歌ってしまう事もあるの。作詞家がその歌を本当に届けたいのは、顔も名前もわからない誰かじゃなくて、たった1人だけだったりするのよ…。自分が伝えたい言葉を、他の人に代弁してもらうのよ。実際に愛を歌っているのはアイドル本人じゃないってこと。だから、アイドル自身が恋愛禁止でも恋愛曲を歌うっていうのは問題はないわけよ」

「………」

「あぁ…それで曲が完成したら言うわけだ。『この曲は貴方の為に書いたんですよ』って肩でも寄せて…それで…うぇ……」


 何か変なことを想像しているのか健太さんが口元に手を当てて顔をそらした。


「ふふ。夢を壊しちゃったかしらね?」

「いえ…壊されるほどの夢なんていだいたことありませんから」

「そう?ならいいんだけれどね……あまり深入りするのはお勧めしないわ」


 心に仮面をつけたままの人物しか登場しない短い時間のお茶会は、静かに幕を閉じたのだった。

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