涙の鱗

 数年前……彼岸花に囲まれた祠の前で、私は魔女とをした。


『数年後の誕生日に殺してほしい』


 私が生まれた日に命を絶てば、生まれなかったことになるかもしれないと思ったから…。

 私が死ぬ理由なんて、それくらいでよかったの。

 心残りがあるとすれば、愛華さんのお芝居が観たかった。

 彼女が紡ぐ物語に触れてみたかった。

 でも、彼女は言った。


「私の舞台は、観ようと強く願う人程観れないのよ」


 きっと、この世界中で私が1番観たがっているはずだもの。

 何故かはわからないけれど、その大きさに比例して観れない仕組みになっているらしい。


 チケット争奪戦に負けて観に行けない事はあるけれど、観劇する権利自体が与えられないのは初めてだった。

 だから、逆にどうしても観たい。



 気がついた時には、私は見知らぬ…けれどどこかで見覚えがあるような崖の上に立っていた。

 崖の淵から海を覗き込む。

 薄くモヤのかかった景色に、昔観た舞台を思い出した。

 私もまた、誰かに遮られた物語があるのかもしれない。

 いや…きっと違うな。

』そのものもが、私が唯一遮られている舞台だった。

 その事実が虚しかったのか悔しかったのか……

 零れた1滴の涙が、少しだけモヤを晴らす。

 その時、何故か確信したんです。

 このモヤの先に私が求める物語があるんだって。

 だから私は飛ぶいくよ。

 だって、今日は私の誕生日。

 きっと素敵な演目が用意されてるはずだもの。


 私の全てを詰め込んだトランクケースを撫でる。

 子供の頃、あんなに物がいっぱいだったのに…気がつけばはたったこれだけになってしまった…。

 …でも、構わない。

 だって私は今から…………。



 あぁ…。

 でも、私は招待状を持っていない。

 どうしたものかと考えていると、ふわりと風が背中を撫でる。

 後ろを振り向くと、そこには数年前に袖を通していた物と同じ学生服を着た男女が立っていた。

「私達は、貴女のいうから預かっていた物を渡しに来ました。」

「このチケットがあれば、きっとお前の望む舞台を観れるはずだ。」

 私は彼等からチケットを受け取ると、タイトルと出演者の名前を見て口角を上げた。

 ほらね…やっぱり最高の演目が用意されていたじゃない。

 深呼吸をしてから靴を脱ぎ半券をもぎる。

 彼等に半券を渡し、座席を確認すると最前列だった。

 鞄から目薬を取り出すと両目に垂らす。

 これは、観劇前の私のルーティーン。


「ねぇ。もしに会う事があったらお礼を伝えてくれないかしら。『願いを叶えてくれてありがとう』って。…でもね、私初見の舞台は後方列で観る流儀なの。覚えておいてね」

 どこかから聴こえてくるブザーの音に、2人へ手を振り海へと飛びたった。


 瞼から水滴が溢れ上空へと舞う様子に、『まるで人魚の鱗が剥がれているみたい』なんて想像して、おかしくなって少し笑った。

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