名前のない本屋

 この世には、嘘か真実かわからない『都市伝説』というモノがある。

 無限に存在する『都市伝説』の中で、【人生に一度しか入店できない本屋】というものがある。

 実際に来店した人の噂はネットでも見かけるけれど、場所の情報は全く出てこない。

 唯一の情報は、【彩雲堂さいうんどう】という名前だけ。



「いだっ…」


 マンスリープランで借りてるネカフェのマットの上。

 ネットサーフィンをしながらうたた寝でもしていたらしい。

 落下したスマホを顔面で受け止めてしまった。

 画面を見ると、開いていたのは無意識で検索していたのか『都市伝説』系のサイトだった。

 その中でも、『名前の無い本屋』のページを見ていたらしい。


 私はこの本屋を知っている。

 けれど、恐らくきっともう二度と行く事は出来ない。

 1度、同じ場所に行ってみた事があったけど何も無かったから。


 私がその本屋に行ったのは小学5年生の時。

 学校の行事で、体育館にとある劇団が公演をしてくれた。

 内容は勇者が悪者を倒しに行く冒険物だった。

 いつもの体育館がまるで異世界みたいな…夢のような時間だった。

 舞台が終わり教室に向かう時、劇団員達が廊下に並んで私達を見送ってくれた。

 ある意味人生初のファンサだったかもしれない。

 その中には主人公達も居たけれど、悪役のキャストも混ざっていた。

 当時から、きっと私は舞台にトリップする癖があったのかもしれない。

 そのキャストも、幕が降りた後なのだから『魔王』ではなく『魔王を演じていた人間』なんだけど、私にとっては『魔王』でしかなかった。

 だから、せっかく笑顔で手を振って見送りをしてくれたのに、私は笑顔を消し視線を逸らしてしまった。

 その日、1人で歩く帰り道で思い出した様に後悔した。

 申し訳ない事をしてしまったと…謝りたくても名前も連絡先もわからない。

 落としていた視線を前に向けると、鳥を肩に乗せて歩く青年の姿を見つける。

 平成の日本にこんな人が居るなんて変。

 でも、今日は学校で舞台の公演があったから…。

 もしかしたら劇団員さんなのかもしれない。

 私はそう考えて後を着いて行った。

 さっきの人に謝れるかもしれないから。


 扉を開けると、そこには本棚が沢山並んでいた。

 先程の青年の姿はどこにもなく、代わりに黒髪の女性が奥に座っていた。

 天井を見上げると茶色いプロペラが回っている。


「どれでも好きな本を1冊どうぞ」

「えっ……?」


 黒髪の女性に視線を向けると、私の方をじっと見ていた。

 好きな本と言っても、どこに何があるのかわからない。

 背表紙に何も書かれてない本ばかりで、どれを手に取っていいのかもわからない。

 なんだか分からないことばかりで笑えてくる。

 茶色い本が並ぶ中に、1冊だけピンク色の本が混ざっていた。

 疑問に感じ手に取る。

 棚から出した時、かすかに春の匂いがした。

 女性は、私が本を持って行くと読んでいた本を閉じた。


「約束通り、その本はあなたにあげるわ」

「えっ…でも、」

「お金なら気にしなくていいわ。貴女のお守りだと思って受け取りなさい」


 本がお守りってどういう事だろうと思ったけれど、言われた通り受け取り持ち帰った。


 今思えば、この本屋へと辿り着いた奇跡は、既に私の脚本に書かれていたことなのかもしれない。

 それとも、日替わり演出だったのかな。

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