第2話 RPGの世界




目の前にいる天使とお花畑にいることで、ここが天国だと確信した徹は思わず笑ってしまった。


「ははっ」


頭でも打ったのかと思われたのか、天使が心配そうに首を傾げた。


「どうされましたか?」


金髪で白い純白のドレスをきた天使が訊いてきた。


「いや、天国って本当にあったんだなって思ってさ」


徹は天国、地獄、幽霊、UFO、そういう類のものは一切信じないタイプの人間だった。


どうやら徹は無事地獄ではなく、天国に行けたんだなと思うと、少しホッとした。

天国がお花畑なら、地獄はどんな舞台だったのだろうと少し気になったが、知る術はないのですぐに思考をやめる。


天国に来て良かったのだろうが、ただ、妊娠した妻を残してあの世に行ってしまったことに悔いが残っている。

まさか、自分が交通事故なんかで死んでしまうとは思ってもみなかった。

死ぬのはもっと先、孫の顔を見てからだと思っていたからだ。


「て、天国?」


何故か、天使は首を傾げる。


その時、どこからか『ミシェラお嬢様〜!』というやや透き通った男の声が耳に入ってきた。


天使と徹が声がした方を同時に振り向くと、鉄の鎧を胴体、肘、膝、に纏い、おまけに腰に剣を添えた男がこちらに向かって走ってきた。


なんだあいつは。

なんで天国に騎士みたいなやつがいるんだ。


よく分からないまま、なんとなくその場でたちあがると、男がこっちに来るのを眺めた。そして、男がようやく2人の目の前に着いた。


「ミシェラお嬢様!またお城から勝手に抜けてダメじゃないですか!変なやつに捕まったらどうするんです!」


騎士の男が息を切りながらそう言った。


ミシェラお嬢様?お城?


あの城のことだろうか。


今気付いたが、空に同化するように遠くに城の上層部が見える。


どういうことだ?ここは天国ではないのか?ならここはどこなんだ。


「だってこうでもしなきゃここに行けないでしょ?」


天使?は頬を少し膨らめせて見せた。


徹はただ、2人の訳のわからない会話に呆然としているのみだった。


「それでもダメです、危険です、さあ今すぐ2人で城に...ってあなた何者ですか!?」


え、今気づいたの?と言わんばかりの反応だ。

男は1歩後ずさりし、腰の剣に手を添えた。

こんな格好だから、そんな態度されても無理はないなと思う。

徹の服装は白い長袖にジーパンだった。


「あ、えーと...」


やばい、警戒されている。なんて説明すれば...

大型トラックにひかれて、目が覚めたらここにいたって言えば信じてもらえるだろうか。

いや、怪しすぎる。

そんなことを言えば、目の前の騎士はそのまま手に添えた剣を引き抜くことになるだろう。


徹が口を開こうとしたが、代わりにミシェラという女の子が代弁してくれた。


「やめなさいクリフト、この人はここで寝ていただけよ」


助かったと心の中で胸をなでおろす。

クリフトという男がそうなんですか?と言わんばかりの表情をミシェラに向けた。


「そうなんです。ちょっとこの綺麗な花畑で横になろうと思ったら、うとうとしちゃって...寝ちゃったんです。それで目が覚めたらこの子がいて...」


どうだ、俺の完璧な嘘は...


徹が男の表情を窺うと、男は険しい顔から朗らかな顔に変化した。


よし!


徹は心の中でガッツポーズを決めた。


「そうでしたか、これは御無礼なことをしました。」


男は丁寧に頭を下げた。


徹もその態度から思わず『いえいえ』と頭を下げた。


「では、お嬢様、お城に戻りましょう」


男はそう言ってミシェラの手を取ると、徹の後ろに向かって歩き出した。


ミシェラは『あーちょっと!』と声にしながら男に連れされていく。


ミシェラと男が後ろの花畑の出入口であろう所まで行くのを黙って見届けていると、ミシェラは振り返り『また、よかったらここに来てくださいね』と笑顔で手を振った。


2人の姿が見えなくなると、突然の虚しさが徹を襲った。


そして、再び沈んでいた疑問が浮かび上がってきた。


ここはどこなんだ。

俺はどうなったんだ。

あの2人は何者なんだ。


ここがもし、天国ではなく日本のどこかなら莉奈に会わないと。


涼しい風が横を切って、1面の花が小さく揺れる。


徹はとりあえず、2人が歩いていった先を目掛けて、足を踏み出した。





出入口では二手に道がわかれていて徹は右を選んだ。


道のりは人二人並んで歩けるくらいの幅で、左右には同じ背丈くらいの花草の壁がある。


20分くらい歩いたところに花の壁が途切れ、大草原が広がっているところにたどり着いた。


そこで1つ分かったことがある。


ここは日本じゃないな...

ヨーロッパ?いや違う。


世界観はまるで、アニメやRPGで出てくるようなものだった。

そこである可能性が頭に浮かぶ。


まさかこれって、よくアニメとかラノベにある異世界転移とかじゃないのか?


こんな状況だから、徹はそんな有り得ないことが起きている可能性も視野に入れた。


道のりの先には、大きな街が見える。

街を右に沿っていって、遠くに見えるのは先程花畑で見た大きな城。


10分後、ようやく道のりを終えると、さっきの街の入り口についた。


真ん中の大きな道にたくさんの人が行き交っている。

その道を挟むように左右には市場や、お店、あらゆる建物が奥に広がっている。


ははっ、やっぱりここ日本じゃねーな。


おかしくて笑いが込み上げてきた。


行きゆく人達の服装が明らかにRPGの住民のものだ。

それに比べ徹の格好は、明らかに場違い感が漂っていた。


あの2人もここに来たのだろうか。


そんな疑問が思い浮かびながら、この大通りを歩むことにした。



奥に進めば進むほど、徹の中で妙に興奮感が湧いていることに気づく。

それは、こういう世界を歩いてみたいという願望を昔から持っていたからだ。

さっきは、今起きている謎の現象に不安にしかなかったが、今はそれも消え失せてしまった。


かなり広い街のようでさらにワクワクしてきた。


さっきからこの格好のせいで、すれ違う人達からの目線で少し落ち着かないけど。


界隈を見渡しながら歩いていると、体に小さな衝撃が走る。

前を向いていなかったので人とぶつかったのだ。


「あっ、すみません!」

「あっごめん!」


2人の声が同時にあがる。


慌てて謝ると、目の前にはマントフードを被った者がいた。

見ただけでは男か女かも分からなかったが、さっきの声からすると女だろう。


「お兄さん大丈夫?」


フードの影の中、口元が動いた。


「大丈夫です大丈夫です、すみません前見てなくて」


徹は片手で頭を掻きながら苦笑いで謝罪した。


「そんな謝らなくても大丈夫だよ」


女ははははと笑った。


気まずい間ができた。

徹は早くもその空気に耐えれなくなり『ではこれで』と女の横を通り過ぎた。


「お兄さんお名前は?」


え、まだ終わらないの?普通名前聞く?ぶつかっただけだよ!?

何故か変な汗が流れ始めた。

もしかしたら、この世界では人とぶつかったら裁判型になってしまうとか?ははっまさかな...大丈夫だよな...


興奮していた気持ちも収まり、代わりにまた不安が蘇ってきた。


「え、えーと、美風藍 徹といいます」


「ぷはっ」


え?今笑った?


確かに女の口が歪んだのを徹は見逃さなかった。

女はすぐに手で口を隠したがもう遅い。


そこでやっと女が何故笑ったのか納得できた。


そうか、そりゃあそうだよな、この世界でこんな名前あったら珍しいだろう。

だいたいこーいうのはゲームお馴染みの名前があるはずだ。さっき花畑であった女の子も確かミシェラとかだったはず。

後からやってきた騎士もそのミシェラがクリフトと呼んでいた。


「いやーごめんごめん、変わった名前なんでつい...」


女が笑ってしまったことに詫びを入れる。


「ははは、そうですよね、変わってますよね」


...


おいおいまたかよ、またこの空気か!


徹は気まずい空気がとにかく嫌いだった。

しかし今度は女の方が壊してくれた。


「美風藍さん、この国に来るのは初めて?」


「え?あ、はいそうですけど」


国?街ではなかったのか。そんな大規模なものだったとは。少々吃驚した。


「もしよかったら私が案内しようか?私の名前はサエラ」


女はそう言って被っていたフードを取った。


赤毛のショートヘアーで後ろで髪を束ねている。茶色い瞳。わんぱくそうな女性で徹とあまり歳は変わらなそうだった。


徹がその姿にやはりここは異世界なんだなと確信すると、女はニコッと無邪気な笑を見せた。




どこに進んでいくんだ...


成り行きでサエラという女に案内されることになったが、付いていけば付いていくほど不安が増した。


なぜならここが、さっきの活気的な大通りと比べて治安が悪そうな薄着味悪い所だからだ。


さっきから柄の悪い男を通り過ぎる度に徹達は睨みつけられる。主に徹を。


見るのはほとんどそんな見た目の悪い男で、女はほとんど見かけない。

見たとしても魔女のような風貌のやつらばっかだ。


それにさっきからちょくちょく怒鳴り声や瓶が割れる音が聞こえてくる。

その度に肩がビクッとなったりするが、目の前のサエラという女は慣れたようでビクリともしない。


その時、さらに肩を震えさせる事態が起こった。


目の前でガラスが割れると共に横から大柄の男が2人転がり飛んできた。

同時にガラスが割れた店の中から「喧嘩なら外でやりやがれ!」という怒鳴り声も届いてきた。


それにはさすがに驚いたようで、前のサエラは驚いて後に倒れてきた。


徹はそれ以上に吃驚して声を上げたので、サエラを支えるところが、サエラに助けを求めるように掴もうとした。


そのまま2人とも体勢を崩して後に倒れてしまい、徹の背中が地面についた。


いてててて...


ん?なんだこの感触。


衝撃で目を瞑るっているので、まだ徹は目を開けないでいる。


指がなにか柔らかいものを鷲掴みしている。

試しにさらに握りこんでみると「んんっ」と喘ぎ声のようなものが上から聞こえた。


おいおいこれってまさか、見たことあるぞ。

俺はあんまりラブコメとか見ないからあれだけど、これだけは分かる。定番イベントのあれじゃないか。


恐る恐る目を開ける。


やはりな


徹の左腕を辿っていくと、自分の手がサエラのマント越しの右胸を鷲掴みしていた。


徹の顔の前にはすぐにサエラの顔があった。

息遣いまでも聞こえてしまう距離だ。


サエラの頬が赤く染まっているのを見ると、徹はゆっくりと手を離して『悪い』と言った。


サエラは何も言わないまま、ゆっくりと崩した体勢から立ち直した。


徹もそれに従って同じように立ち上がる。


だいたいこーいう時って女の子から殴られたりするもんだとは思っていたけど。


幸いにもそんな不可抗力にサエラは殴らなかったものの、ずっと後ろを向いて顔を合わせないでいる。


な、なんて言えばいいんだ?柔らかかったよと言えばいいのか?だめだ、今度こそ殺されるかもしれない。


そんな余計な考えをしているうちに、さっき転がり込んできた男達が既にいなくなっていることに気づくと、サエラはようやく口を開いた。


「....ここよ」


サエラは少し素っ気なく横の店に指をさした。

どうやら今のをなかったことにしてるみたいだ。


それでいい、こっちだって妻の莉奈に罪悪感を覚えてしまった。


莉奈、すまん、許してくれ


莉奈に心の中で謝罪すると、サエラがさっきガラスが割れた店に入っていき、徹も後に続いた。



どうやら酒場のようで、やっぱりここも治安が悪く柄の悪い男達しかいない。

カウンターには、おそらくさっき怒鳴りつけたマスターらしき人物が不機嫌そうにコップを洗っている。


サエラが空いている席を2つ見つけると、座るように促した。

丸い机ひとつ挟んで対面するように座ると、周りから徹たちのことをコソコソと話しているのが聞こえてくる。

話の内容までは分からないが、男達の目線で自分たちのことを言っているのだとわかった。


徹はそんな目線を無視すると、疑問が生まれた。さっきは、胸どころで思わなかったが冷静になった今、それは生まれた。


「てか、なんでこんなところに連れてきたんだ?案内じゃないのか?」


いつの間にか自分で敬語を使わなくなっていることにどうでもよく思っていると、サエラが返事をした。


「案内してあげるわよ、私と勝負にして勝ったらね」


「勝負?」


徹がオウム返しで聞きかえす。


「この世の中、ただで情報を貰えると思ったら大間違いよ美風藍さん、私とギャンブルして勝ったら教えてあげる、betするのは情報」


なるほど、そーいうことか、普通に優しい女と思っていたがそうではないらしいな。俺が甘かった。


「それはいいけど、俺なんも情報とか持ってないよ」


当たり前だ、この国に来てまだ1時間ちょっとしか経っていない。綺麗なお花畑があるという情報しかサエラに教えるものがない。


「美風藍さんがbetするのは情報ではなくてこれよ」


サエラはそう言って腰に添えてある小さなバッグから1つの小瓶を取りだし、机に置いた。


「なんだこれ?」


中は赤い液体が入っている。


「これは私が開発したある薬、これを飲むと一定時間筋肉の強度が増して、圧倒的パワーを手に入れることができる。」


「へ、へぇ〜、それで俺が負けたらどうすればいいの?」


徹の中で嫌な予感が離れなかった。


「あなたが負けたらこれを飲んでもらうわ、まだ本当に効果があるか実験してないの」


まじか、実験体か、どうするんだよ。もし俺が負けてそれ飲んでケンシロウみたいになったら...さらに元に戻らなくなったら...


想像したくない自分のムキムキ姿が脳裏を過ぎる。

とりあえずその妄想はいったん振り払った。


「それで、俺が勝った時どんな情報をくれるんだ?」


「そうね〜」


サエラは顎を手で擦りながらなにを提供しようか考えている。


この国の生き方マニュアルとかそーいうものだろうか。


徹は勝手にそんな予想していたが、その情報は思ったより驚愕させられるものだった。


「どーしてあなたが日本からこの世界に連れてこられたか教えてあげる。さらにこの世界から抜け出す方法もね」


「え?」


サエラは醜悪な笑を浮かべてこちらの表情をみて楽しんでいる。


この女は何を知っている...?

俺をこの世界に転移させたのものこいつなのか?


それを知る術は、この女のギャンブルに付き合うしか道はなさそうだ。



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プリンセスデッド 池田蕉陽 @haruya5370

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