プリンセスデッド

池田蕉陽

第1話 幸せの終わり


緊張した雰囲気が、部屋を取り巻いていた。

中年の白髪が混ざった白衣の男が、検査機を元に場所に戻すと、優しい笑顔を見せた。


「安心してください、順調にお腹の子は成長しております」


その言葉で美風藍 徹(みかせ とおる)と検査を受けていた大西 莉奈(おおにし りな)は思わず「ふぅ〜」と安堵の息を漏らした。

そして、徹と莉奈が顔を見合わせ微笑み合う。


「このまま予定通りにいけば、あと半年で産まれるでしょう、元気な赤ちゃんを産んでくださいね」

産婦人科医の言葉に徹と莉奈は「はい!」と元気よく答えた。


あー俺の人生幸せしかないわ


産婦人科から出た徹は、莉奈と帰路を歩きながらそう思った。

莉奈は徹の婚約者。誰から見ても彼女は、男の理想な顔立ちをしていて徹にとってドストライクだ。


付き合い始めたのは高校三年生になってからだ。進路選択の時期でもあって、いろいろ考えた結果、彼女と早く籍を入れたいがために、当時バイトしていた飲食店でそのまま就職の形で進むことにした。

徹と莉奈が通っていた学校は有名な進学校でもあり、両親には反対された。

それでも、親に就職する意見は譲らず、長い揉め合いの結果、親が折れる形なった。


年収はもちろん高いとは言えないが、2人で過ごしていくには充分だった。

しかし、子供が産まれるとすると、かなりお金がかかることだろう。


これからは沢山の幸せが待ち受けているが、それと同じくらいに苦労も襲いかかるだろう、覚悟しないとな。

心の中で気合をいれ、隣を歩く美人嫁(になる予定)の莉奈の横顔見つめると、莉奈と目が合った。


「ねぇ、この子の名前、何にしよっか」


莉奈が徹の顔から自分の膨らみつつある腹部に目線落とし、擦りながら言った。


「先生によると、男の子なんだろ?実は俺、名前考えたんだ」


「え!?なになに!?教えて!」


興奮して目を輝かせている莉奈も素敵だ


「それは...」


産まれてくる子供の話に集中していて、徐々に背後から迫ってくる大型車両の音にすぐに反応することができなかった。

いや、そのせいだけではい。時速100kmを超えるスピードで突っ込んできたせいでもあった。

徹は話しかけていた事をやめ、その後ろの音に莉奈と同時に振り向くと、一瞬目の前に車のフロントが見えたが、すぐに生々しい衝突音と共に視界は真っ暗になった。



そう、俺は死んだ。



朝目をさますのように自然と瞼を開ける。

絵に描いたような、晴れ晴れとした空。

小鳥のさえずりと風の音が心を落ち着かせる。


数秒その空を見上げていると、視界にひょいっと女の子の顔が現れた。

まるで、今流行りのひょっこりさんかと思ったが、性別すら違うので、すぐにそうではないと分かった。

金髪の髪を垂らしながら、青い瞳をパチパチと瞬きして徹の顔を覗いている。

「目を覚まされましたか?」

上品な言葉遣いからしてどこかのお嬢様だろうか。


てか、そもそもこの子は誰だ?

てか、さらにそもそもここはどこだ?

てか、さらにさらにそもそも俺はどうしちまったんだ?


徹はまだ仰向けになって空を眺めながら、何が起きているのか鮮明に記憶を辿る。

まず、一番はじめに頭に思い浮かんだのは我が最愛の妻(になる予定)の莉奈。

その次に、莉奈の膨らむお腹

そして、次に思い浮かんだのはトラックのフロント。


そうだ、思い出した。


俺は確かにあの時トラックに轢かれた。


その事が頭の中で明らかになると、徹は「莉奈!」と声を出して上半身を起こした。

謎の金髪少女は、徹が急に体を起こすものだから、驚いてそのまま尻餅をついていた。


莉奈は無事なのか!?

あの時トラックに轢かれたのが俺だけじゃなく、莉奈、莉奈のお腹にいる赤ちゃんまで...


頭の中で次々に最悪のシナリオが展開されていくと、謎の少女がいつの間にか体を起こしていた。


「いたたた...ど、どうかなさいましたか?」


腰を片手で抑えながら金髪少女は徹に声をかけ、徹は思い描くバッドエンドから離れることができた。

徹は座りながら、謎の金髪少女の顔を見上げる。

再び、さっきの疑問が生まれた。


「あ、あんたは誰だ?莉奈は?どこにいる?」


徹は莉奈を探すように、初めてあたり一面を見渡した。

そこには、360度にお花畑が果てしなく広がっていて、まるでそこは...


ははっ...ここ天国じゃん...


徹はそう確信した。
















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