19g


「なあ、誠と逢沢さんって付き合ってるんだよな?」


彼は机にだらしなく頬杖を突きながら僕に問いかけた。

僕は書きかけの日誌から目をそらさずに答える。


「うん、一応は。」


その答えに彼、親友の一樹は

不満と疑問を塗りたくった様なため息を吐きかけた。


「何だよ一応って、上手くいってねぇの?」

「いや、そう言うわけじゃないけどさ…。」

「じゃあなんだよ、お前なんかやらかした?」


むしろそんなコミュニケーションが取れてるなら、

一応は、なんて曖昧な受け答えしない。


「んー…。むしろ逆かな。」

「どゆこと?」


僕は何だか面倒になって、日誌を書く手を止めた。

適当な所でこの話を終わらせたかったけど、そうもいかなくなったな…。


いや、もしかすると。

こういう人の内情にずかずか入り込んでくるタイプは、

割と的確な意見や鋭い視点の持ち主だったりするのかもしれない。


一樹がそういうタイプならいいが、もし一樹がただのお気楽者なら

僕はただ聖域とも呼べるデリケートな内情を土足で踏みしめられただけになる。


それだけは避けたい。リスクは低いに越したことはないもの。

僕が逢沢さんを苦手だということはなるべく濁しておこう。


「どういう風に接していいかわかんなくて、まだ何も交流できてないんだ。」


僕はありきたりで純情そうな悩みを並べてみる。

作文とおんなじ、コピペを繰り返すのと何ら変わらない。

でも、彼には通用したようだった。一樹、お前はいい奴だ。


「マジ?」

「マジ。」


そう。マジだ。

接し方が分からないのは嘘ではない、それが本題じゃないだけだ。


「でもよく考えりゃそうか~、誠、まだ女子と付き合ったことないんだもんな。」

「うん、どうすればいいかな。」

「そうだなぁー…」


どうすればいい、なんて無責任かつ怠慢な言葉だろうか。


他人からすれば人の悩みほど口出ししづらいものはない。

迂闊に大丈夫だとも言えないし、同情なんてもっての外だろう。

無難かつ存在感のない言葉かけを要求される高レベルコミュニケーションだ。


「むしろ誠はどうしたいの?」


一樹は僕の濁った眼の奥を覗き込んでそう言った。

その言葉に、その眼に、僕は火傷をした時みたいな鈍い痛みを覚えた。


「どうって…、それは…。」


そんなの、一つしかない。

__許されたい。


本当は恋愛感情なんてないことを、

自分の身可愛さの為に告白を受けたことを


逢沢さんだけじゃない、この世界の人間全員から許されたかった。


身体の奥がじんじん痺れて、首の後ろがやけに熱い。

何も言えない、何も言いたくなかった。言えなかった。


「…まぁでも、まずはお前からアクションを起こさなきゃな」

「アクションって言うと…?」


一樹はそれ以上教えてくれなかった。

何をどうすればいいのか分からないと何にもならないのに…。


ただ、俺に足りないものはタイミングと勇気だと彼は断言した。

僕はそこまで弱虫に見えていたんだろうか。心外だ。


「そっか…でもなんか、ちょっとすっきりしたよ。ありがとう」

「いいぜ、なんてったって俺ら、親友、だろ?」


白い歯を見せて笑う一樹の声に被さって5時の地域放送が耳に張り付いた。


「じゃあま、頑張れよ!いい結果期待しとくからさ」


じゃあな!また明日!と言い残してそそくさと教室を出る後ろ姿に僕は手を振った。

茜に染まっていく世界は、僕だけを切り離して綺麗になっていく。

淀んだため息を喉の奥に押し込んで、息を細く吸ってみたけど

吸えば吸う程その淀みは吐き出されてしまった。



ふと茜の中に目をやると、黒い影が見えた。

空を泳ぐ黒髪に、プリーツの折り目正しいスカート、真っ白なワイシャツ。


逢沢さんだ。


逢沢さんなのに、彼女の頬に伝う雫のせいで

僕の眼は、彼女らしくもない彼女を捉えて離さなかった。


離せなかった。


ただ、綺麗だと、そう思ってしまった。

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