56君は旅をしたか

 従姉妹の姉ちゃんに田舎の家まで送って貰ったオレは、ガレージのリトルカブを再び引っ張り出してキーを差し込んだ。

 ヘルメットを被ったところで鉄朗が家の前に辿り着き、オレたちは施設を目指して走り出した。


 ここ二年で二度、自転車で駆けた道をバイクで登っていく。赤信号で鉄朗のスーパーカブと横に並ぶと、即座にあの旅がフラッシュバックした。


「不思議なもんやな」と鉄朗が言う。それが一体何を指しているのかは分からなかったが、オレは「ほんまにな」と答えた。


 施設に到着し、施設の人に事情を説明すると、部屋に案内された。


「あった!」


 オレは棚からノートを見付け出し、それを鞄に入れた。


「探し物、ありました?」


 部屋を出ると、案内をしてくれた看護士が聞いてきた。

 ありました、と答えて礼をし、急いで出ようとすると看護士がそれを引き留めて質問してきた。


「聞きたいんだけど、お爺ちゃんのあの話、本当なの?」

「あの話?」鉄朗が首を傾げる。

「時々、私を捕まえて言ってたのよ。足を悪くする前に日本をバイクで縦断したんですって。足を悪くしたのって数年前でしょ? もう随分なお歳だったのに」


 オレは鉄朗と視線を合わせた。それからノートに目を落とした。あの日見た時から、付箋が増えている。自分がした旅だって記憶違いするくらい、繰り返して読み込んだんやろう。


「本当です」


 オレは答えた。


 施設の駐車場に戻ってきたとき、オレはすこしだけ涙を滲ませた。

 すると、鉄朗がオレに手を伸ばし「ペンあるか」と言った。

 オレは鞄に入れっぱなしにしていたサインペンを取り出して渡した。


 鉄朗はペンのフタを開け「ノート。タイトルまだ付けてへんかったな」と言ってまた手を伸ばした。オレは涙を指の腹で払いながら、ノートを渡して「何て付ける」と聞いた。


 鉄朗は迷いなくノートに表題を書いた。それをオレに返して、カブに乗った。

 返されたノートを見ると、


『九夏3000キロ』とあった。


「急ごう!」


 意味を尋ねる前に、鉄朗が言った。


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