13 五日目の1 婚期逃さず裏摩周
朝五時に起床したオレたちは、知床から引き返して130㎞先の桜ヶ丘キャンプを目指した。知床の先端には陸路ではいけん、という情報を今更知ったからだ。
早朝出発して早々、雲行きが怪しい。
オレは防寒の意味もあってカッパを着たまま走り出し、鉄朗も少し走ってから停車してカッパを着た。オホーツク海を今度は右に見て、海岸線を越え内陸に入っていくと、キャンプ場までの途中に二箇所名所があると気付いた。
神の子池と摩周湖だ。
数時間走ったところで、オレたちは神の子池に着いた。
鬱蒼とした森の中にあるその池は、池に沈んだ倒木がはっきり目視出来るほど澄んどる。そして何より不思議なんは、池がコバルトブルーに染まっていることやった。
静かな池の水面ぎりぎりに生い茂る木々の緑と、その青のコントラストに、神の子池と名付けられる理由が分かる気がした。
調べればどうして青く色付いているのか、科学的に分かるんやろうが、それは止めとこう、とオレは思った。
池から駐輪場へ戻ると、別のバイクがやって来ていた。何と無しに鉄朗がそのナンバーを見ると、『堺』の文字。
「おいおいおい」と鉄朗がオレの肩を叩く。
「あ、堺やん」
「一気に大阪なったな。どっかで粉モン売り始めてないか?」
「んな訳あるか」
そんなやり取りをしてると、バイクの主人がトイレから戻って来た。
オレたちより二個上の大学生の兄ちゃんで、日本を旅してるという。
一緒ですねぇ、と言うと、兄ちゃんはオレたちのバイク(原付50CC)を見て、「正気か?」と言った。
「時々すれ違うバイク乗りも二度見しますね」と鉄朗。
北海道のこの時機にはバイク乗りが多い。北海道に入ってこれまでの三日間、何十台とすれ違ったが、どれも中型以上。小型バイクとすれ違いことは無かった。
バイク同士がすれ違う時には、アクセル側の手を軽く上げて挨拶する暗黙の了解があって、オレたちは始めそれをナチスの残党かと思っていたが、ああ、挨拶か、と分かると率先してやった。それで度々二度見されたが、原付に積んである荷物で旅と分かり、やはりあの小型で旅か、と驚かれているらしかった。
「無謀やなぁ。事故だけ気ぃつけや」
分かっとります、と答えて神の子池を出る。
それから少し走って、摩周湖に着いた。だが着いたのが裏摩周という場所だった。摩周という所が観光地で、裏摩周は展望台らしい。
まぁそれもオレたちらしかろう、なんせ原付やし、という意味の分からん論法で納得して、展望台に上っていく。だが、
「めっちゃ曇っとる……」
鉄朗が半笑いで言った。半笑いにもなるハズや。曇っとるどころか、全体に霧が掛かって、眼下にあるはずの湖が全く見えん。白紙や。
なんじゃこら……と嘆いていると、地元の人が近くを通り掛かって、「霧はよく出ますよ。初めて来た人が裏摩周から湖が見えたら、婚期を逃すって言われるくらいですから」と言われた。
でも見たかったなぁ、婚期を犠牲にしても見たかったなあぁ~、はぁ~見たかった。とその人に向かって二人でふざけてみたら、ゲラゲラ笑ってくれた。
オレたちの勝ちやな。と二人で頷いて摩周湖を出て行く。
そこで調子に乗ったんが悪かったんか、その後すぐオレはバイクに跨がったままで転ける、いわゆる立ちゴケをした。
「おのれ摩周湖……」
とボヤくと、鉄朗がその姿を写真に収めた。
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