12 四日目の2 湯あたりとキツネ

 パンツを買って人間に返り咲いたオレは、曇天広がる北海道の大地を再び走り始めた。北海道の曇り空は、大阪の曇り空とは違った。

 山の尾根まで見渡せるここでは、山の上に晴れ間が見え、その晴天を雲と地表が挟むようにして見えるのだ。


 おもむろにバイクを駐めて、田んぼの横で逆立ちをしてみると、雲の海がたゆたっているようにも見えた。


「お前何してんねん」と鉄朗。

「雲の海だよ。雲のな」

「きっしょ」

「おい。口悪いぞ」


 そんなやりとりをしていると、案の定雨が降った。

 またカッパに着替えなきゃならん面倒臭さで、「だぁぼカスがぁ」と愚痴を溢すと、鉄朗が仕返しに「おい。口悪いぞ」と言った。


 出発が遅かったのもあり、すぐに夜はやってきた。

 オホーツク海を左に走っていると、暗闇に海の音が聞こえ、外灯も少なく、また風も強くて、オレたちは海に投げ出されそうな気持ちを抱えながら、どうにか坂道の上にあるホテル知床に辿り着いた。


 日帰りの入浴料を払い、大きな露天風呂のある風呂に入った。

 これまで生きてきたなかでも結構な広さの風呂だった。久しぶりに垢を落とすと、体力よりは心が洗われていった。


 しかし、これまでの無理が祟ったのか、オレは貧血を起して気分を悪くし、鉄朗に先に上がると告げて脱衣所に向かった。

 着替えを置いた棚に戻ったところで、いよいよ気分が悪くなり、膝を付く。


 もしかしたら救急車に連れて行かれるかも知らん。

 だがこのままではまたノーパンや。

 折角人間になったんや、と気力を尽し、買ったばかりのパンツを荷物から引っ張り出し、倒れながら装着した。


 吐きそうな気持ちを堪えながら、床に寝そべる。

 旅行客たちに声を掛けられることもなく、死にかけの蝉のごとくジッとしていると、風呂を十分に楽しんだ鉄朗が戻ってきた。

 鉄朗は「ハン」と鼻で笑って着替え始め、髪をドライヤーで乾かしてからようやく「大丈夫か」と聞いた。


「聞くん遅ないか……」

「自分から言えよ」

「無理に決まっとるやろ。何か飲みモン買うて来てくれ」


 鉄朗が買ってきたポカリスエットを飲んで、二時間休憩し、道の駅に行った。

 この道の駅人も少ないし、体調もようないから、法律的にグレーやけどテント張るか、という鉄朗の誘いに乗ってテントを張った。


「朝早う撤退すりゃ文句も言われんやろう」


 返事する元気もなくテントを張る作業をする。

 そこへ、一匹のキタキツネがやってきた。


「おお、初めて見た」


 オレが妙に元気なって狐を見てると、鉄朗は「カレー作っとくから狐見とけ」と言ってくれた。「おお、キツネは任せろ。キツネカレーじゃ」と返事すると、鉄朗はアホかと言って湯を沸かした。

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