鹿児島七海のバレンタイン講義 ~初級編~

ハイブリッジ

第1話

 私立エターナル大付属中学校二年A組。このクラスは個性的な人が多い気がする。現役中二病の美少女やフリスビーとCDを間違えるバカ、アメリカ人ハーフの美少女、自称反抗期(笑)などなどだ。

 しかし私、鹿児島七海かごしまななみはこのクラスの中でもまともな分類に入る数少ない美少女である。えっへん。

 今から始まる物語は、そんな私の何気ない日常である。ので、つまらないし、短いと思いますが……どうぞ。



 ◆



 昨日ゲームをクリアするために徹夜をしたのでとても眠い。本当は熱があるとお母さんに涙目で訴えて学校をサボるつもりだった。でも、外が晴れているからとか訳わけがわからないことを言われ送り出されてしまった。涙目に使った貴重な水分を返してほしい。

 まあでも学校に来てしまったとはいえ、大人しく寝てしまえばこっちのもの。教科書を立てて、机に伏せる。ほら完璧。教科書という城塞と話しかけるなオーラの二段コンボ。これには先生もお手上げだろう。

 では……おやすみなさい。


「ねえ、七海ちゃん。ちょっといいかな?」

「ぐー……ぐー……ぐー……」

「……寝てるのかな?」

「ぐー……ぐー……ねてるよ……ぐー」

「いや、起きてるじゃん。ねえ起きてよー、ねー。大事な相談があるんだってばー」


 体を揺すられたので嫌々顔を上げる。私の睡眠を妨害した犯人は同じクラスの愛媛姫子えひめひめこさんだった。


「……なに? 私、今寝てたよ。教科書まで立てて寝てたんだよ。なんで起こ――」

「相談があるの、お願い、お願い、おねがーーい!」


 うるさいうるさい、聞こえてるから。愛媛さんの大声を徹夜明けに聞くのはかなり堪こたえる。

 愛媛さんは鹿児島七海的二年A組内で鬱陶しい四天王に入る女の子である。どこら辺が鬱陶しいかというと、まず胸がでかいところ。声のボリューム調整ができないバカなところ。頭の栄養が胸にいっているところ。人の話を流しそうめんのように綺麗に聞き流すところ。巨乳なところとか、もう色々。


「……やだよめんどくさい。というよりなんで私? 相談なら私以外にもいっぱいできそうな人いるよ、ほら……えっと、ほら……あ、委員長とか。あとほら……あの……あ、委員長とか」

「だって、七海ちゃんがいいんだもん! 七海ちゃんがいい! 七海ちゃんに相談したい! したい、したい、したーーい!」

「わ、わかった、わかったから。…………ほら、相談して?」

「さっすが七海ちゃん、もう大好き! あのね、実はね―――」



 ※



 愛媛さんの話は長いし、動くたびに目障りなものが揺れるので行間省略。


「まあ……要するに、バレンタインで気をつけるべきことを何でかわからないけど私から愛媛さんの妹さんとその友達に教えてほしい、ということだよね」

「そういうこと!」

「……それって、愛媛さん自身が教えるのというは駄目なの?」

「それがさあ、なんでかわからないんだけど私が何か教えたりしても、妹たちは理解しないんだよね。だからクラスで一番、頭がいい雰囲気の七海ちゃんにお願いしたのですよ!」


 雰囲気じゃないわ。実際にクラスで一番頭がいいわ。


「お願い、七海ちゃん! 妹と妹の友達にバレンタインの注意点を教えてあげて。この通り!」


 顔の前に両手を合わせる愛媛さん。目にはうっすらと涙を浮かべ……てはさすがになかった。でも必死さはびしびしと伝わってくる。

 そんな愛媛さんの姿を見て私の心も揺れ動く……かと思ったけど動かない。実家暮らしのニート並に動かない。動かざること山の如し状態である。

 よし、断ろう。相談してとは言ったけど、悩みを解決するとは言ってないもんね。断ること風の如し。


「……あのう大変申し上げにくいのですが、この相談なんだけど、やっぱり私じゃなくて別の――」

「引き受けてくれたら今日の給食のシュークリームあげるよ」

「引き受けます」

 引き受けること風の如し。




 ◆




 時間というのはあっという間に過ぎていくもので気づけばもう当日。

 私はというと今、愛媛さんの家にいる。正確には愛媛さんの妹さんの部屋にいる。部屋の中には私と愛媛さん、妹さんとその友達の四人。


「今日はお姉ちゃんの友達の七海ちゃんがバレンタインの注意点を教えてくれるからね、楽しみにしとけよ! じゃあ七海ちゃんあとよろしく」


 そう言って愛媛さんは妹さんたちと一緒に体育座りをし、私に対してウインク、キラーン。私もウインク、バチーン。

 この日のために一生懸命考えてきた成果をとくと見せて差し上げよう。さあさあ括目せよ、愛媛さんの妹たち。


「……では私、鹿児島七海のバレンタイン講義を始めます」




 ◆




 * これから行う講義内容はあくまでも鹿児島七海個人の意見です。批判・低評価等は受け付けません。いいねと現金は受け付けますので、後ほどよろしくお願いします。


 私立エターナル大付属中学校二年A組出席番号十二番 鹿児島七海




 バレンタインは女子から男子へチョコを渡すのが普通です。今回は最初ですので、チョコを受け取る側である男子に焦点を当てながら解説したいと思います。


 チョコに対する反応 ~普通の男子の場合~


「チョコ欲しい人ー?」

「い、いらねえし。……まあでも、どうしてもって言うなら貰っといてやるよ。そのチョコ」


 鹿児島七海のワンポイント解説。

 思春期男子のオーソドックスな反応ですね。何故この男子は上から目線なのでしょうか、貰う立場なのに? 自分の立場をわかっていないようですね。

 この男子はこの子にチョコを貰えなかったら0であるのにも関わらず、このいらないプライド。めんどくさいですね。



 チョコに対する反応 ~高齢な男子の場合~


「チョコ欲しい人ー?」

「えい? あんだって?」

「チョコ欲しいですか?」

「ちぇこ?」

「チョコ!」

「ちよこ?」

「チョ・コ!」

「あいあいなるほどなるほど。わっかたわい。おーいばあさんやい。新聞の集金が来たぞー」


 鹿児島七海のワンポイント解説。

 このケースはチョコを渡す側に問題がありますね。このような男子には耳の近くで大きくはっきりとした声で言ってあげないといけません。皆さんも注意してください。



 チョコに対する反応 ~二次元ラブの男子の場合~


『はい、○○くん。今日バレンタインだからチョコあげるね。もちろん本命だよ♪』

「よっしゃーー! 可愛いよ~●●ちゃん、ぴょんぴょんするよー!」

「○○―。ほれこれ母ちゃんから、あんたは私からしかもらえないんだから、感謝しなさい」

「ん」


 鹿児島七海のワンポイント解説。

 もう見ていられないですね。

 いつまで身内だけのバレンタインデーというスパイラルが続くのでしょうか。恐怖で食事が喉を通りません。



 チョコに対する反応 ~キザな男子の場合~


「チョコ欲しい人ー?」

「……いらない」

「えっ……。せっかく……作ったのに」

「だって、チョコより……お前の唇が欲しい」


 鹿児島七海のワンポイント解説。

 おえーーーーーー。キッッッモ、吐き気がしますね。夢に出てきそうな衝撃発言でした。あー早く土星の彼方まで忘却したい。



 チョコに対する反応 ~幼稚園児(男)の場合~


「ちょこほしいこー、てーあげて」

「はいはい! ほしい、ちょうだい!」

「はい、どーぞ」

「ありがとう。……ぼくね、おっきくなったら○○ちゃんとけっこんするよ」


 鹿児島七海のワンポイント解説。

 できません。現実と鏡を見直しましょう。




 まだまだ紹介すべきことはたくさんありますが、挙げるときりがないのでここら辺とさせていただきます。愛媛さんの妹さんと友達さん、今回の講義をぜひ参考にして、これらの男子にはチョコを渡さないように注意しましょう、以上。




 ◆




 愛媛さんの相談を受けてから数日が経ち、私は帰りのホームルームが終わったので、帰宅の準備をしている。

 結局あの後、愛媛さんには全力の感謝をされ、妹さんたちも講義のおかげでチョコを渡す相手が決まったらしく、私のバレンタイン講義は成功という形で幕を閉じたと言っても良いでしょう。

 はあ……今日はとても疲れた。今朝から、男子が自分の下駄箱前に用もないのにウロウロしていてウザかったし、机の中を何回も確認していたし、愛媛さんは声大きいし、男子全員が今日だけ女子に優しく接して欲望が丸見えだったなど、もーう色々疲れた。

 まだ教室には人が多くいる。こんな日は早く帰るに限る。帰ろ帰ろ。私が帰ろうと席を立った時、愛媛さんが綺麗にラッピングされたチョコを持ち、元気な声でこう言った。


「チョコ欲しい人ー?」


 お、誰か手を挙げるのかな? 教室に結構な人がいるこの状況で手を挙げるのかな? 私は気になったのでもう一度自分の席に座り鞄から本を取り出すと、読書をするフリをして様子をうかがう。

 誰も手を挙げなかったら、その時は爆笑してやろう。まあ……少しは慰めてあげてもいいが、とりあえず何日かはネタとして笑ってあげよう。もし誰か手を挙げたら、愛媛さんの肩を強打する。

 さあ、どっちだ。…………来い、強打。

 読書のフリを忘れて愛媛さんを見ていると、一人の男子が手を挙げ、愛媛さんに近づいていった。よしっ強打。


「石川君、チョコ欲しいの?」

「……いや、いらない」


 ……は? 何を言ってるんだ石川君は? 手を挙げたのにいらないって、頭がスカスカなんじゃないのか。元々頭が鶏並みに弱かったけど、とうとうレンコン並になったのか。


「……そっかー。せっかく作ったんだけどなー」


 いいよ愛媛さん。そんなレンコン野郎なんて土で十分だよ。チョコは私が代わりにもらっておいしく食べるからから。私は愛媛さんから石川君を引き離そうと席を立ちあがった時、石川君が決め顔でこう言った。


「だって、チョコより……お前がほしい」


 私は盛大に吐いてしまった。


 終

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