第二章

百合豚人狼と、猪猫妖精と友達になりました。

第一話 命の恩人はテンション高めの冒険者でした。


「アキマルくーん、テラス席一番のご注文おねがーい」

「はい、了解です!」

「おーい、アキマルー。グラタンと海鮮サラダ出来たから、三番テーブルに持って行ってくれー」

「はーい、ただいまー」


 ジョナンと借金返済の契約を交わしてから、早くも三日が経った。色々と思うことはあるものの、とりあえず明丸はルッテ夫妻の好意に甘え、エルの庭でウェイターのアルバイトを始めることにした。

 学生時代にファミレスでバイトしておいて良かった。いや、呼び出しボタンとかそういう便利なものが無いから、勝手は全然違うんだけど。

 今は我が儘なんて言ってる場合じゃない。怒涛のような接客をこなしていると、時間はあっという間に過ぎていく。


「おう、お疲れアキマル」

「お疲れ様、アキマルくん。きみが手伝ってくれるから、おばさん達凄く助かるわ」

「そ、そうですか?」

「ええ。それじゃあ、これ。少なくて申し訳ないけれど」


 カルラが差し出した封筒を、有り難く受け取る。アキマルは店が混雑するランチタイムだけシフトを入れて貰っているのだが、それだけの稼ぎでは全く足りない。

 三日間でわかったことだが、この世界の通貨である『リレ』は大体日本円と同じと考えて良さそうだ。硬貨は一、五、十、五十、百、五百の六種類。紙幣は一千、五千、一万の三種類。ちなみに明丸の時給は九百リレ、先日ユアと飲んだジュースは二百リレだったから、価値も単価も同じくらいだろう。

 ということは、一千万リレという借金は今までの感覚通り、一千万円と考えて良いだろう。考えたら考えただけ憂鬱になるんだけどね!


「アキマルー。これ、昨日作った煮物だ。あとでユアと食ってくれ」


 ランチタイムも終わり、時刻は午後三時。エルの庭では三時から六時まで休憩時間となる為、ランチのお客さんが帰ったところで明丸のバイトも終わりだ。

 後片付けを手早く済ませて。エプロンを脱いで帰ろうとしたところをウーヴェに呼び止められ、風呂敷のような布の包みを手渡される。底が深い大皿一杯に盛られた、野菜と鶏肉の煮物。ふんわりと香る匂いに、思わず唾を飲む。


「わわ、いつもすみません。すげー美味しそうです!」

「うふふ。気にしなくても良いのよ? むしろ、感謝したいのはこっちだもの。まさか、ユアちゃんの借金を一緒に返済するだなんて」

「おう、そうだぜ。おれ達はこの店をやっていくので精一杯だからな。せめて、食うもんくらいは面倒見てやりてぇんだよ。あ、食器だけは返してくれよ?」


 ルッテ夫妻はアキマルがバイトに来る度に、こうして美味しい料理を分けてくれるのだ。

 一食分が浮くだけでも有り難い。今はとにかく、お金が必要なのだから。


「あ、あの。このお店以外に俺がバイト出来そうなところって、心当たりありませんか? エルの庭では、お昼だけなので。朝とか、夜とか時間が被らないように掛け持ち出来たら助かるんですけど」

「うーん……カルラ、どこか心当たりあるか?」

「そうねぇ……アキマルくんって、何か得意なことってある?」

「うっ、と……得意なこと、ですか」


 思わず、二人から視線を逸らす。そんなものがあったら苦労はしない。でも、今は謙遜している場合でもないか。


「えっと、計算……とか」

「へえ、数字に強いのか? それは良いな、それじゃあ――」

「あ、あー! いや、今のナシで!」


 すみません! と頭を下げる。確かに、今まで事務員として働いてきた以上、計算は出来る方だと思う。そういう資格も取ったし。でも、それはあくまで元の世界での話。

 大体、仕事は基本的にパソコン業務だったし。せめて、電卓くらいないとキツイ。何だよ、異世界転生ってチートな能力で無双するんじゃないの?

 こんな低スペックでどうしろってんだ。ドケチな天使め!


「……俺、この世界は向いてないかもしれない」

「世界に向き不向きって、あるのか?」

「さ、さあ。アキマルくんって、たまに変なことで落ち込むわよね」


 ひそひそと、声をひそめる夫妻。仕方ない。自分の足で仕事を探そう。そう決意して、二人に背を向けた時だった。


「うにゃー! おーなーかーが、空いたにゃー!」

「うわっ!? な、何だ!」


 まるでサイレンのような叫び声に、思わず外へと飛び出す。身体に刻み込まれた、患者用のお手洗い呼び出しブザーに対する条件反射が悲しい、と心の隅で嘆きつつ。見ると、営業時間外にも関わらず、一番手前のテラス席に妙な二人組が居た。


「おいおいシナモン、もう三時過ぎたっつの。ランチの時間終わってるから、ウーヴェさん達に怒られるぞ」

「知るかにゃ! シナモンは空腹が限界にゃ! 大体、ハルトが依頼人のがいちゃついてるのをニマニマ顔で拝んでたせいにゃ! 悪いのはハルトにゃ! ハルトが怒られろ!!」

「そ、それとこれは関係ねぇだろ!」

「ふえーん! もうシナモン、お腹が減ってくたくたにゃー! このままだと道端で行き倒れて、通りすがりの楽器職人に拾われて毛皮を剥がされ弦楽器にされてペンペン鳴らされるにゃー!! うわーん!」

「剥がす程の毛皮もねぇだろ」

「ツッコムところはそこじゃねーにゃ! ばーか! ハルトのぶわーか!」

「な、何なんだ……?」


 お笑い芸人コンビさんかな? 軽快な掛け合いに困惑しつつ、二人を観察する。

 さっき明丸が綺麗に水拭きしたテーブル席に突っ伏すように座って喚いているのは、小柄で若い女の子だ。黒いボブヘアに、猫のような三角の耳。腰から生えている尻尾がぶんぶんと不機嫌そうに揺れている。

 もう一人は明丸と同い年くらいの男で、喚き立てる女の子に項を掻きながら困り果てているようだ。短い髪は紫色で、同じ色の獣耳とふさふさとした尻尾。かなり背が高く、筋骨隆々とまではいかないが結構逞しい体格だ。ボクサーとか、そんな感じ。

 とりあえず、二人とも魔族だってことはわかる。


「あ、あの……今、お店……休憩時間なんですけど」


 恐る恐る、二人に近寄って声をかけてみる。サリエル程ではないが、こういうテンション高めのパリピ――パーティーピーポーの略。意味わかんないくらいテンションが高い人種――にも関わりたくないのだが。これも仕事だ。


「うおっ! す、すんませんカルラさん! 今すぐこいつ回収するので」


 ぎょっとして、男が振り返り頭を深々と下げた。あ、良かった。少なくとも、この人は話がわかる人だ。

 明丸がそう思ったのも、束の間だった。


「……ん? あんた、誰? つか、なんかどこかで見たような」

「ハルト! コイツ、シナモン達が森で見つけた行き倒れマンにゃ!」

「行き倒れマンて」

「あー、思い出した! そうだそうだ、行き倒れマンだ。あれから色々と忙しくて忘れてた。なんだ、元気そうじゃねぇか。安心したぜ」


 ばん! とテーブルを叩きながら立ち上がる女の子に、明丸の顔をジロジロと見ながら頷く男。あれ、俺のこと知ってる? 俺は知らないのに? ていうか行き倒れマンって呼ばれてたの?

 ……いや、待てよ。確かユアが言っていたな。自分を薬局まで運んでくれたのは、二人の冒険者だって。見れば、二人は丈夫そうな革製の服と鎧を着こんでいる。更に女の子は腰に二本の短剣を、男は大きな槍を携えている。

 冒険者。つまり、ダンジョンとかに行って魔物を退治したり、トレジャーハントを生業とする者達だ。間違いない。


「あ、あなた達が俺を助けてくれたっていう? ユアさんから聞いてます。えっと、明丸です。その節は、面倒かけてすみません」

「気にすんな、困った時はお互い様だぜ。おれはハルト。ハルトムート・シナーだ」

「シナモンは、シナモン・ダイフク! シナモン達は命の恩人にゃ。良きに計らうにゃ、アキマル!」

「あはは、よろしくお願いします……シナモン、大福?」


 何だろう。何か、凄く美味しそうな名前だ。

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