37 割とオープンなルビノワの名前の由来

 ルビノワの話が始まる。

「皆さんこんばんは、ルビノワです。

 何となく今日は私の名前の由来を。『ルビノワ』のルビは『ルビを振る』のルビです。『その『輪』で包む』という事みたいで、つまり

『友達に気を回してあげる事の出来る子になって欲しい』

という意味でつけられた様です。親の事はよく覚えていませんが、そういう意味だとの事です。

 何だか私はツッコミ担当にされていますが、名前がそれなら何となく分かる気がします。

 ところで何故日本語の意味合いで付けたんでしょう。不思議不思議……」




 例によって彼女の仕事終了と共に、幽冥牢達が招かれる。

「さて、それでは久々に皆が来ているので呼んでみましょう。みんなー」

「どもども、幽冥牢です。

 ふう、ここに踏み込むのも久々だ。現場の匂いがするぜ。ルビノワさんというのはあなたですね?」

「何を今更。変ですよ、主殿」

「なっ、気にしている事を! 一寸署までご同行願いますよ」

「え……!?」

「……今、どちらの事で驚いたんですか?」

「そ、それは勿論、署に連れて行かれると言われた事ですよ。ああ、困った困った。お仕事に支障が出るなあ……」

 露骨にルビノワは伏し目がちだった。

「いや、その目は

『えっ、嘘!? この人、気にしてたんだ……』

と思っている目ですよ」

「いいえー。その様な事はありません。刑事さんの気のせいです」

「くそう、こうなったら

『署に連れて行き、『取り調べ』と称してわいせつな行為をはたらいている所を別の署員に見咎められ、逆上してそいつに発砲し、懲戒免職』

になってやるぜ! しくしく!!

 俺の刑事人生もこれまでよ!」

「何故『その男、凶○につき』風なんですか? 以前から思っていたんですが、どうしてそういちいち破滅的なんですか?

 悲しいですよ私は」

「いや、別に好き好んでしている訳では。ただ、ルビノワさんに会うとついついそういう気分に」

「『私が破滅願望を喚起させる』

というんですか!?

 酷いですっ! うるうる!!」

 様子見をしつつ、ひとまず涙目になるルビノワ。さすが流浪のラブハンター。手練である。

 途端、ルビノワが虚空を睨み付けた。ただ事でない様子に、幽冥牢が問いかける。

「どうしたんですか?」

「今、どこからか失礼なナレーションをされた気が……」

「まあ、そう悲観なさらずに。あなたはまだ若い。

 話は署でゆっくり聞きますから」

「それってほとんど有罪確定、書類送検待ちのセリフじゃないですか。

……でもまあ、ヒワイな目に遭わされる相手がこの人なら別にいいか……」

 何か吹っ切れた様子のルビノワに、幽冥牢が言葉を投げかけた。

「ヤケになるのは良くない」

「あなたに言われたくありませんっ!!」

「女性の扱いは難しい……」

「こんばんはー☆ 朧ですよう! いやはや、この前は皆さんにご心配をおかけ致しましたあ。

 今日から心機一転、また元の様に頑張りますよう☆

 ところで、わいせつ刑事、わいせつ容疑者を補足出来ましたか?」

「私はわいせつ容疑者なんかじゃないっ! 訂正なさいよ!!」

「そうです! 俺だって違います!!

 どうせならわいせつ行為をはたらいてから言って下さい! それなら胸だって張れます!!」

「胸を張らないで下さい!」

「むう……」

 濡れ衣を着せられる事がデフォルトなので、苦悩する幽冥牢。

「調べれば分かる事です。ふふふ☆」

「ほほぅ、困った女性だ……」

 ほくそ笑む主とメイド。

「こんばんは、沙衛門だ。わいせつな取り調べとやらはこれから始まるのかな? わいせつ軍団の皆さん」

「沙衛門さん、徒党を組ませないで下さい。自動的に首謀格が私になりますから」

 衝撃に沙衛門とるいが身体をびくりと震わせた。

「何と……! ルビノワ殿には揺るがぬ自信があるのだな」

「確かにそういう集いがありましたら、面子を見てルビノワさんがリーダーだろうなとは思いますけれども」

 目の幅涙を滝の様に流しながら、ルビノワが抗議の拳を振り上げつつシャウトした。

「お二人には否定して欲しかったかな!」

「『わいせつな取り調べ』ですか……気になるなあ。わくわく☆」

「喜ばないでよ」

「しかも私もメンバーの一人なんですねえ? ……例えば

『この記述書を食べてみなさい』

とか、言ってもいいですかねえ? きゃっ☆」

「単なる拷問でしょそれ!? 何で喜ぶのようっ!?

 もう一度言うわよ? それは単なる拷問でしょう?」

「調書を食べ物にしておけばいいかなと」

「あんたねえ、あたしが何でも食べちゃうと思ったら大間違いよ?」

「腕によりをかけて美味しく作りますが」

「……いやいやいやいや、揺らがないから! 行為自体が拷問だから!!」

「返答までにタイムラグが……まあ、いいでしょう」

「何を諦めた?

 全く……とにかく、色々摂取させないで頂戴よ。おなかを壊すじゃないの。訴えるわよ?」

「おなかを壊す程度で済むのか……人の消化器官の可能性は計り知れないね……」

 熱い眼差しを向ける幽冥牢の両頬を、ルビノワがつまんでむいむいと引っ張った。蟷螂の斧的な抵抗を、幽冥牢が言葉で示す。

「とても痛くて、恥ずかしいです!」

「『喩え』です、たーとーえ!

 想像してみて下さいよ、朧が腕によりをかけて作った素敵料理だとしても、

『私が無理矢理、供述調書を食べさせられている図』

というものを!」

「は、はい」

 しばし、黙考してから、幽冥牢は頭を抱えた。

「何て事だ……面白い」

「楽しんでる! ひどい!!」

「いえ、俺は『面白い』と言ったんです。

 尚酷いか。ごめんなさい」

 幽冥牢が素直に頭を下げた。激しくずり落ちた眼鏡を右手でつい、と直すルビノワ。

「……主殿。後で私の部屋に来て下さい。話があります」

「また何かされるんですね」

「結局その思考に帰結するんですね。はあ……」

 ため息をつきつつも否定しないルビノワ。

「それはともかく沙衛門さんもグループ名みたいに言わないで下さい。不名誉過ぎます……」

「会話に混ざりたくてつい。

 寂しかった。仲間に入れて欲しくてやった」

「自覚は特にないですけれども、見目麗しい疑惑をかけられ、孤立する事が多くて。

 私も、普通が良かったです。ダメでもいい、皆と一緒が良かったです……」

「何故二人とも思春期真っ只中の少年犯罪的な独白なんですか?

 他の方法でも仲間はずれとかにしませんから! ホントですから!!」

 何故か唐突に距離感を感じたかの様に肩をすくめ、

『でもぉ……』

と声を揃えて呟き、唇を尖らせる沙衛門とるいの手を取って、ルビノワが叫んだ。

 それを見やりつつも、幽冥牢は鑑みる。

「謎のグループ『わいせつ』か……。デスメタル系のインディーズバンドみたいだな。どうせならヘビメタにして、イン○ヴェイみたいなメロディーでお願いしたいですね」

「イン○ヴェイだってグループ名が『わいせつ』だったらいつも以上にギターを光速演奏しますよ。やり切れなさで。

 とひょひょ……」

 疲労の色を隠せないルビノワ。その肩にるいがそっと手を置く。

「ちゃんとお努めを果たして出て来るんですよ? 私達はいつまでも今のままの姿で待っていますから」

「それが可能だから嫌なんだけどなあ……」

「沙衛門さん達も『年とらない星人』ですもんね」

 しみじみ告げるルビノワに幽冥牢が補足する。

「そもそも私の容疑は何なんですか?」

「えーと……」

 幽冥牢はいずこからともなく取り出した手帳をめくった。

「どこから出したんですか、その手帳」

「パンツの中ではないのでご安心下さい。あ、あった。

『エロス人ではないだろうか』

という容疑ですね」

「誰なんですか、そうした人は」

「皆は関係ないです。俺が一人で全部やりました」

 幽冥牢のそれまでが、誰かをかばっての自白の様相を呈していた。ルビノワは椅子に深く身を預けた。擬音をもし付けるとしたなら、まさに

『ぐでっ』

と。

 そのまま告げた。

「はぁ……偶然とはいえ、何て閉じた関係性の集いなのかしら」

「すいませぇん」

 それとなく手を繋ぎ、謝罪する幽冥牢達。

「いいえー。ではごきげんよう……」




 いい話をしたはずなのに。

 諦観の微笑を浮かべるルビノワだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る