24 ルビノワ、遂に勝負に出る

 ルビノワの話が始まる。

「皆さんこんばんは、ルビノワです。

 奇妙な話ですけども今日二回目のお知らせです。ではまず主殿のコメントから。

『要は

『昨日更新が出来なかったので日付が今日になってからしたが、今日も今日とてあちこち直していたら、あらあら今日もアップ出来るではないか』

という事になっただけなのです。こんな父さんで済まない……ううっ』(はぁと☆)

だそうです。

 別に主殿は『父親』ではありませんがそういう事です。更新を期待されていた方は大変お待たせしました。

 全くうちの管理人はとことんふざけてますね☆」

 穏やかな笑みで微塵の迷いもなく斬って捨てるルビノワ。

 では今日のお知らせ(その2)を……」




 そんなこんなで、本日も綺麗にコーナーの締めまでを纏め上げるルビノワだった。ありがたい限りである。

 更新作業も終わり、ルビノワが両手を組み合わせ、大きく伸びをした。豊かな胸元をこれでもかとばかりに見せ付ける様になるのだが、ルビノワとしてはこれまでにない程に親しい人間に囲まれている環境なので、彼女なりにあれこれ気を付けているが、そんな事は知った事ではない。

 ルビノワは皆を呼んだ。これで仕事モードも今日はおしまいだ。ホッとする。

「皆、どうぞ」

「こんばんは。やっと体調が良くなった様な気がするので来ました。幽冥牢です」

「皆さんこんばんは☆ 朧ですよう! 無くしたと思っていた物が見つかって嬉しい朧委員長ですよう☆」

「ああ、見つかったのね。良かったこと。主殿にもお礼は言ったの?」

「勿論ですよう!ね、ご主人様☆」

「大事におしよ?」

「はいっ、お母さん☆」

 藪からスティックに、いつものプリントTシャツに黒のパンツという定番の服装の上から、何故か割烹着姿で朧の頭を撫でる幽冥牢に、朧が明るく微笑んでそう応えた。

「何この関係……」

 二人の将来を心配する眼差しを向けるルビノワに、沙衛門が挨拶を投げかける。

「こんばんは。沙衛門なのだが?」

「あ、お二人ともこんばんは。

……ん? るいさん、沙衛門さんの口調が」

「あ、はい、こんばんは、るいです。

 沙衛門様は昨今の言い回しなども勉強されているのですが、今日は恐らくそれを取り入れてみたのではないかと」

「ああ、確かに電話とか、切り返しから質問に繋げる口調で

『~だけど?』

って言いますよね。

 ですけど、何故ギャル口調を。一体、何がどうなってギャル口調を選ぶ結果になってしまったのか」

 抗議の気配で眼鏡越しにおめめが渦を巻いているルビノワに、物憂げに虚空を眺め、顎に手をやりながらるいが言う。

「私は途中で考えるのをやめたんですが、」

「やめちゃったんですね」

「ええ。

 うーん、そうですね、いい比喩は……ああ、あれです、ルビノワさん。この前、主殿がベタ惚れしてた某新作ゲームの、黒衣の麗人的な女性キャラがいましたよね」

「ああ、あのシリーズもののRPGの。個人的には

『ぬいぐるみを抱えていても特に指摘されないって、何それうらやまけしからん』

と思いましたが、あの彼女にヒントが?」

「ええ、それで元々ロングスカートなのに加えて、前にデザインされたベルトの構造も含めてか、その隙間からすら、スカートの中が伺えないのを喩えた言葉があったでしょう?」

「ああ、何やら壮大な何かをイメージさせる言葉があった様な」

「それに倣って、

『沙衛門様の心の中は宇宙なのだ』

という事でスルーされて下さいな」

「いいですね! ああ、何だろう、久しぶりにいい感じに腑に落ちたわ。

 じゃあ、そうしましょうか。追求すると果てしなく疲れそうですし」

「賢明なご判断です。沙衛門様もそれで何か問題は」

「いや、別に何も」

 穏やかに微笑しながら問うるいに、しれっと沙衛門が言ってのけた事で、その話題はなかった事にされてしまった。

「さておき、久々だな、ルビノワ殿、そして皆。お変わり無い様で何よりじゃない?」

「沙衛門さんは既に読者の皆さんから

『ユニーク』

と定評があるので、無理にキャラクター造りをしなくても大丈夫だと思いますよ?」

 ルビノワの一言に僅かな驚愕、そして大きな安堵の表情を浮かべ、沙衛門が告げた。

「そうか。ホッとした。

『何かしないと時代に取り残されるのではないのか』

と、内心、気が気でなくてなあ」

「時代を追っているサイトではないので、そういうのはスルーしましょう」

「ありがたい。ああ、肩の荷が下りた様な気がする」

「どう致しまして☆」

 沙衛門とルビノワが穏やかな笑みを交わした。

「そうさな。うむうむ、ははは、無理とかやーめっぴ」

「『やーめっぴ』

は誰から習われたんですか? 沙衛門さん」

「更新が難しい日に主殿が呟いていた一言からの受け売りだが」

「なるほどね。幽冥牢さんはせっかく褒められているんですから、そりゃマイペースが何よりですけど、なるべくネタが続く限りはやめないで下さい」

「申し訳ございませんでしたぁ!」

 目を『><』にして平謝りの刑に服す幽冥牢。

「改めてこんばんは、るいです。でも沙衛門様。

『キャラを変えようと頑張った所で、結局お金にならなければ、何も変わりはしないのよ……ふふ。ふふふ……』

という言い方で言われたらどうですか? 印象的には」

「むう。何だか心理的に不安定になって来るな。金は必要であるし……何と言うか

『身も心も完全に束縛された自分が、今まさに薄汚い大人達の毒牙の餌食になろうとしている……』

というすりりんぐな心境」

 幽冥牢がそれとなく釘を刺す。

「あれです、あの、新たな需要とかには別に応えなくてもいいので。そういう方々は自らジャンルを築いて突っ走って下さいますし、あえて何かする必要はないので!」

「しかし、稼げる内に稼いでおくすたいるは馬鹿に出来ぬと聞く」

「耳が痛いですけど、でもさぁ!」

「ふふ、何処で狼藉をはたらかれてしまうのか全く分からず、俺どっきどきではないか。

 主殿、痛くしてくれるな。ぷりーず」

「俺っすか!? BL系なのかよ!?

 と言いますか、俺を勝手に使用して悦に浸らないで下さい。ひどいやあ、沙衛門さあん!」

 某海鮮系の苗字を頂く一家の長男風にシャウトする幽冥牢。

「おお、そうか。俺が馬鹿だった。

 さあ、かむかむ」

「いえ、怖いのでこちらには来ないで下さい」

「とか何とか言っちゃってほらもうこんなに近くに」

『んにゅう☆』

という擬音が似合いそうな、割とぷにぷになほっぺ、そしてそこに横這いに走るいつもの文様も鮮やかな沙衛門が幽冥牢に肉迫する。

「うをををををっ!

 だからこっちに来ないでバカバカって言ってるじゃないですかあんた目がマジで凄く怖いんだよやだやだ変な事しないでってちょっとルビノワさん朧さんるいさーん!」

「沙衛門さん。何だか只でさえ血色の悪い主殿の顔色がどんどん良くなって行きますからその辺で。何でしたら私が代わりに人身御供になりますから」

 何やらしばらく一人で仕事をしている内に変わってしまったルビノワ。幽冥牢はあんぐり口を開け、忍び二人は

『突然多額のお年玉をもらってとまどうちびっこ』

の様な怪訝な表情になった。

 朧はただひたすら喜んでいた。前からルビノワとはただならぬ様子を伺わせる彼女なので、状況への対応の仕方の年季が違う様子。

「えぇ~……? あのう……いい、のか?」

「ええ。だって私もう委員長ではありませんから。楽しくやります。主殿も妖怪チャランポランだし振り向いてくれませんもの」

 幽冥牢が挙手しながら、深刻な表情で問う。

「妖怪なのはまあいいとして」

「いいのだな」

 よく考えたら少しも良くなかったが、沙衛門の指摘はあえて流す。

「それはさておき、原因が例によって俺なんですか!?」

「『例によって』

って言っているという事は、流れをきちんと記憶した上でのあれこれなんですねえ。

 その上で、上手く受け止めつつ流す。ご主人様もやっとこの人間関係に適応してくれましたねえ」

「おなご一人での長い道のり、お疲れ様だったな、朧殿」

「いやいや、恐れ入りますよう☆」

 打ちひしがれた様子の幽冥牢の横で、それには目もくれず、微笑みを向け合い、両手で硬い握手を交わす沙衛門と朧。

「ラフな言い方をさせて頂きますけれど、何か違うんじゃね?」

「とにかくそうなんです! あかんべっ!!」

「Oh……」

 眼鏡使用者の経験からすると、それ越しのあかんべは割とテクが必要なのだが、それをサラッとやってのけて舌まで覗かせたルビノワに幽冥牢は感心してしまった。

「ですから助けるのはこれで最後です。

 今度からはもう皆で好き勝手絶頂に楽しんで下さい。主殿のあれこれをご自由に」

「ル、ルビノワさん! 何か変ですよ? そんなの止めよ?

 皆も何か言う事は無いの!?」

「私も混ぜて下さい」

 笑顔で挙手した朧。幽冥牢はその途端に視界が暗転し、激しい立ちくらみを起こしかけたが何とか態勢を保った。

 ゆっくりと上体を起こすと、大きく深呼吸をする。どうも近頃頻繁にこれをしている気がしてならない。

 やがてふらつきが収まると、幽冥牢は朧に歩み寄り、穏やかに告げた。

「朧さん、あなたと俺の信頼関係を信じた上で、ちょっと失礼しますよ?」

「はい?」

 幽冥牢はジト目を向けながら、面白い事を言ってのけた朧のほっぺを

『みゅっ!!』

とつまんだ。

「ああん、そんな事をされたら今夜は帰りたく無くなっちゃいますようっ、ご主人様ぁっ!

……そんなの……恥ずかしいよぅっ! ああほら、もう帰れなくなっちゃった」

 切なげに荒い吐息を漏らしながら、目尻から歓喜の涙を流し、幽冥牢にしなだれかかる朧。彼女の頬は例によって赤く染まっている。

「知りたくもない事実を次から次へと。このお姉さんは。仰って下さる」

 謎の区切り方で心境を吐露しつつ、朧の頬を労わる様に両手で挟んで揉み解してやる幽冥牢。それとなく両手の薬指と小指で耳の後ろも撫でてやると、朧が思わず

「あうっ☆」

と声を漏らしてしまった。

「主殿がふぃんがーてくを!?」

「そんなテクは存じ上げぬ!」

「実証されている訳だが」

「ぐぬぬ……もしそんなもんがあるとすればですけど、実家で猫とか犬とかを一時期飼ってたんです。その子らをこう撫でてやると! とても喜ぶので!! 朧さんに実験してみたんです!」

「優しくも禁断のスキルをお持ちなんですねえ……あっ!」

「知らないやい。エロステクじゃないし。

 えーと何だ、首のコリとかにも効果があるみたいですけど、そのご様子ですときちんと効いてるっぽいですね。よしよし」

 そう、これは幽冥牢なりのほぐしテクなのだ。それとなく昔、彼女がいた頃を思い出す。

「んんっ! ご、ご主人様あっ!!

私、何かしましたか……!?」

「目一杯されましたがな! 朧さんまでひどいやあ!!」

 無駄に光彩拡散度合いを上げて、可憐な瞳を潤ませながら問う朧に、目の幅涙を流してシャウトする幽冥牢。

「朧、いいなあ! いいなあ!!」

 ルビノワが眼鏡越しに瞳をもうぎゅるんぎゅるんの渦巻きにして、皿に目の幅涙を流しながら、地団駄を踏み出した。せっかく、幽冥牢だって日頃

『何と素敵な佇まいだろう』

と高く評価しているロングスカート姿が台無し感大爆発である。

『どうも自分は他者との間において、好意的なものでも軽口を叩くとろくな事がない様だ』

と幼少のみぎりに心得る羽目になったので、その後の褒め言葉ですら何かしら裏目に出る経験から、ルビノワには上記の評価も一言も知らせていない訳だが。

 幽冥牢は唸った。

「どうせよと……あくまでほぐしてるだけですし、ご希望ならルビノワさんにも後で施させて頂きますが」

「そのビジネスライクな感じが! 冷たく感じるんです!!」

「ああ……ん?」

 疑問に小首を傾げる。そして、言わん事ではない、やはりまた怒られた。

(やっぱねー。そうじゃないかなと思ったんだ。

 やれやれ、慣れない発言はするものじゃないな)

と思い、幽冥牢は

「すいません」

とルビノワに一礼したのだが、それはルビノワの地団駄キックを強めるだけとなった。もう黙ろう。

 朧を傍の椅子に座らせ、彼女の何と言ったか……そうだ、リラクゼーション効果という奴だ、それを高める方向に意識を戻した。せっかくだ、効果が出ているみたいだし、真面目にやってあげよう。

 正直な所を口にする。

「実際よく分からないでやってるんですけど、凝っているのはこの辺りですか?」

 耳の後ろから首筋にかけてだろうか。どうもその辺りが固くなっている様な気がする。朧に確認しながら指を這わせてみる。

「そこ……そこです」

「はいはい、この辺ですね」

「ああ……すごく、いいです……!☆」

 朧は満足しているらしい。おさげだし、激務であるし、そりゃ首も凝るだろう。

 大した事は出来ないが、いやはや、良かった。こんな方法でも役に立つのなら、もう少し続けてあげよう。

 しかし、幽冥牢がこうして真面目に何かに打ち込んでいると、

『怒っている』

と誤解されるのもまた事実なのだった。沙衛門がそう思ったのか、声をかけて来る。

「どうされた、主殿。誰も

『済まぬな、これは俺達用なので主殿は混ざれないのだ』

等と某太鼓持ち小僧的な嫌発言はしておらぬが。泣かなくともほれ、こっちへ」

 手招きする沙衛門。

「え、そうなの?」

「うむ」

 仲間はずれじゃない!

 その事実に万歳をしようかと考えたが、いきなりだと朧もびっくりするだろう。そっと朧の首から手を離すが、その時にそれとなく

(髪を縛っていると、この辺りがよく凝るんだよな)

という考えから、耳たぶの下と首の付け根の間辺りをそっと、少し押す様にしながら撫でてあげた所、

「あ……っ!」

と一声上げて、朧がくたっとなってしまった。

 深く知ろうは思わないが、効果があったなら、それはそれで何より。滑り落ちる気配はなさそうだ。

 安心して万歳する。

「わーい俺も混ぜてくれるんだバンザーイ!!」

 そこで冷静さが彼を支配した。

「いや、違う。そうじゃないよ、そんな事じゃないです!」

「どっち?」

 首を傾げるるい。

「やっと分かった。今頃になってやっと!

 俺は、俺は今やっとルビノワさんの大変さが分かったよう!」

 その途端、ルビノワが履物を脱ぎ、主の額に向けて勢いよく投げ付けた。どういう投げ方をしたのか、錐揉み状にスピンしながら唸りを上げて彼の額にそれは直撃した。

 くりてぃかるひっと!

 ゲスト用の椅子を薙ぎ倒して引っ繰り返る幽冥牢。動かなくなった。

『ゆめろうのらいふげーじぜろっ! 幽冥牢達は全滅しました』

 唐突に下りて来た垂れ幕の下の部分がこれまた幽冥牢の脳天を直撃し、一度びくりと幽冥牢が反り返ったが、改めて沈黙した。

「そ、そんなに鈍いあなたなんて大っ嫌いですっ!この朴念仁っ!!」

 そう言ってもう片方の履物も投げ付けた。うつ伏せに倒れている主の後ろ頭に

『ひゅ、ずがっ!!』

と直撃。スピーチ台の上のマイクやペン、クリアファイル等も次々と投げ付け始めた。

(このままでは死体損壊の罪になってしまう!)

と、雇用主をそそくさと亡き者と判断した沙衛門とるいは思った。

 しかしまあ、その良く当たること当たること。各種手裏剣の打法には彼らなりに並々ならぬ自信を持つ沙衛門、そしてるいが見入る程の見事さで的中している。

 事態の大変さは彼女のスローイング技術の見事さによって完全に覆い隠されていた。




 投げるものがなくなったので、今度はストッキング越しの足で幽冥牢の背中をルビノワが踏みにじっていると、沙衛門とるい、そしてしれっとその列に加わっている朧達から、

『いいなぁ……』

という声が聞こえて来たが、無視してぐにぐにと踏みにじる。

 あまりにしつこいので、さすがに幽冥牢も覚醒した。

「うう、ここは誰で俺は何処だ……」

 気絶はこれまでの人生においてこれで二回目だ。締め落としなどの経験はまだないが、電撃的に意識を遮断されるのはとても気持ちが悪い。頭がふらふらする。

 幽冥牢は周囲の状況から自分が何をしていたのか思い出した。背中を踏まれる事で、肺から空気を絞り出されながらも、何とか人語を繰り出す。

「話を聞いて~!」

「あっ、起き上がりましたよう!?」

「主殿……何もああいう小説を書いているからと言って自分までならずともよかろうに」

「リアル過ぎるのは演技ではないという事ですね。炭にしてしまいましょうか」

「何それ。ああ、私の小説か。あれの真似とかじゃないですルビノワさんも謝りますからそろそろ踏むのやめてくれませんか」

 ルビノワは息をついて

「分かりました」

と、彼の背から足をのけ、履き物に足を通した。その後ろから、朧が名状し難い何かを目撃した様に怖気で身体を震わせると、口元に拳を寄せつつ、言った。

「喋りましたよう!? こ、こわーい」

「何処までも自分の作品を体現するか。その性根、誠にあっぱれ。しかし俺は主殿の死体ならまだともかくぞんびは一寸遠慮したい。

 主殿と来たら……お主がおなごなら存分に愛してやったものを」

「女なら死体でもいいのか、こら」

「何という凶相でしょう。きっと苦しいのです。

 今、楽にしてあげますからね、主殿」

 不憫極まる、という悲しげな表情をたたえたるいが肩の辺りまで掲げた掌を、彼女の駆使する特製の細紐、『霧雨』が空を切り裂いて乾いた音を立て、巻き付いた。

 やられる。生存の証として叫んでおく。

「勝手に殺さないでくれますかね! どうにか生きとるわ!!」

「まあ」

 るいがそれとなく手を下げる事で、どうやら幽冥牢は命を繋げる事に成功した。

「酷いよホント! 何なのもう、揃いも揃って人を踏むわけなすわ、」

「踏まれただけの理由を鑑みて下さいよ」

「うをっ!?」

 ジト目で暗い声を浴びせるルビノワに顔から血の気を引かせて悲鳴を上げた幽冥牢は、考えるより先に身体が動いた。

「ああ、ルビノワさんは違いますよ? ええ、ホントすいません」

 沙衛門達はうつ伏せに這った状態から二秒を切って土下座を決める人間を初めて目撃した。驚愕を隠せない彼ら。

 それを無視し、幽冥牢も目の幅涙を滝の様に流しつつ、シャウトした。

「ううう、ちきしょー! 俺は目を醒まさない方が幸せだった様な気がして来ました」

「いやいや、そんな馬鹿な☆」

 笑顔を浮かべつつも、そそくさと『霧雨』をどこかしらに格納する沙衛門達。

 大きく息をついて、幽冥牢はルビノワの方へ顔を向けた。一瞬ぴくっと反応するルビノワ。

 その彼女の方へずんずん近づいて行く幽冥牢。そしてその正面に立つと彼女を見上げ、頭を下げた。

「ルビノワさんの話について考えてみました。

 ひとまず、色々考えて動いてますけれど、朴念仁でごめんなさい」

「うーん……ひとまず頭を上げて下さい」

 ルビノワはいちいち絵になる女性なのだが、右のこめかみを人差し指で押す姿も、皮肉にも絵になる姿だった。

 幽冥牢だって、また見惚れそうになったのだが、それはそれだ。後回し。とりあえず、話を続ける。

「で、真面目な話の続きですけれど、俺は誰かの彼氏にはなれないです。済みません」

「うーん!」

 ルビノワのうめき声が憤怒のそれに変わる。

「その代わり、大変虫のいい話なんでしょうけれど、皆とずっと一緒にいたいです」

「幽冥牢さん……」

「以前、俺とルビノワさんと朧さんと三人で決めた様に、皆でそれぞれを大事にして感情をぶつけ合うと言うのでは駄目かな。

 夜は順番にそれぞれの部屋に泊まりに行って。沙衛門さんとるいさんも一緒に混ざって」

「……」

 悩む彼女。どうやらこの主を一人占めにするのは無理な様だ。でも向こうは

『彼氏にはなれないけれども、甘えて来て構わないし、ずっと一緒にいたい』

と言って来ている。悩んだ。

 自分だって、それは彼と、皆と一緒にいたい。いつまでも。

 ここを出て行ったりしたくない。ここにはここで、今までかなうと思っていなかった思い出が沢山出来た。




……負けなんだ。

 認めるしかない。




(……負けたわ。

 何だろう。ああ、何なのかな)

 悲しいのと、嬉しいのと、感情が混ざり合って涙が出て来た。眼鏡を外して幽冥牢の肩に額を押し付けた。ぐりぐりと目一杯。半ば八つ当たり気味に。

 驚いたが、幽冥牢としてはどうも自分が理由らしいので、そのままにさせてみる。相手の気持ちを鑑みて、幽冥牢なりに真面目に動いているのだが、たまにこういう事が発生する。嘆かわしい限りだ。

 沙衛門、るい、朧の三人が、すぐ傍でそれを優しく見守っていた。




 涙声で、ルビノワが言った。

「それで構いません……私もここにいていいんですよね?」

「いないと色々ホントに辛いです。こちらからお願いします。

 何ていうか、せっかく親しくなれたし……」

 それから、幽冥牢なりに少し考えて、囁いた。

「……一発引っぱたく?」

「もう、幽冥牢さんったら。そんな事したくありませんよう」

「失礼しました。

……これからもよろしくお願いします」

「今までの様に色々しちゃいますよ?」

「前向きに対応させて頂きます」

「それがよそよそしいんですってば」

「あう~……」

「時々場所もわきまえずに誘惑しますよ?」

「わきまえて欲しいですけれど、それがルビノワさんのスタイルならいいです。

 頑張ります」

 と言っても、幽冥牢としては過去のデータと照らし合わせた上での出たとこ勝負なのが悲しいさだめだ。

 自分なりにかなり真剣に色々考えているのだが、どうしてもすれ違ってしまう。

 まあいい。会話をして、どうにかこうにか備えよう。


「……主殿」

「やっぱりその呼び名は変わらないのね……OK、何でしょうか?」

「大好きです」

「恐れ入ります」

「ですから頭を撫でて下さい」

「あ、はい」

 安堵の吐息を幽冥牢が漏らしたのが、ルビノワとしては苦い感じだったが、いいだろう、大目に見るとしよう。

「何と言えばいいか……寛大な対応に心から感謝します。

 ルビノワさん、よしよし」




 恐る恐るの幽冥牢の手が自分の頭に触れると、ルビノワはそれに自分の手を重ねた。

 いつもの発作か、微かに彼の手が震えているのが分かった。それを撫でる様に包む。




 ルビノワは微笑んだ。

 そして、とても清々しい気分が、ルビノワの心を暖かく包み込んだ―

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