25 幽冥牢、ヘマをして色々される
ルビノワの話が始まる。
「皆さんこんばんは、ルビノワです。
ではお知らせを……」
完全に慣れた手際で業務を完遂するルビノワ。本日の仕事モードもこれでおしまいだ。
という事で、スタジオのブースに皆を呼ぶと、何故か幽冥牢の表情が優れない。何かあったのだろうか。
「うううっ、皆さんすんません、皆、皆あたしが悪いんですよ旦那! かーんーべーんー!!」
「こんばんは、朧委員長ですよう☆ それはさておき、ご主人様、いーけないんだ!
ちゃんと謝らないと駄目ですよう?」
「沙衛門だ。主殿、じろり」
「るいです。主殿、ちらり」
「すいませんでしたー! この通り。謝りますから、勘弁して下さい!
真面目な話、可能な範囲で言う事は聞かせて頂きますのでどうか穏便にっ!!」
「主殿、信じても良いのか、その言葉」
期待に溢れる眼差し。
「Oh……な、何でしょう……?」
「臨時ボーナスを下さい。あと、例の会員特典のサービスを要求します。私達に身体を提供して下さい」
「ええっ、その二つは別物なんですかっ!? ぼ、ボーナスだけがいいなあ……」
沙衛門とるいが幽冥牢を凝視しながら声を揃えた。
「主殿、ぎろり」
「わ、分かりましたぁ……お尻痛いのやだなー……」
「だから痛くないと言うのに。気持ち良いかもしれぬぞ?」
ぐっと握り拳の親指を立てて見せる沙衛門。そしてるいと共にずんずんと主に近付いて行く。
「それはそれで複雑な気分だな……って、ううっ、他にも何か?」
「耳たぶを触らせてくれ」
「ここで? あ、後では駄目ですかね」
「今じゃなくてはお姉さんは嫌です」
穏やかに微笑むるいの微笑はとても美しかったが、瞳の奥に逆らえない何かを感じた。魂を萎縮させる何かだ。
言うだけ言ってみる。
「腰が砕けるから嫌なんだけどなー……あまり激しくしないで下さいよ?」
「分かっておる。わははは。それっ」
「ほほほ」
「うわっ!くっ、くすぐった気持ちいいっ!!
あうううっ! す、すとっぷっ!!」
「私もそれをされたんですけどねえ……」
しみじみと朧が言った。
「あれはリラクゼーションだったのに変な事になったんじゃないですかうをををを!」
慌てて否定するも、二人の指による怖気がそれを遮断した。
るいが彼の耳に唇を寄せて囁いた。
「だーめ☆」
「敏感だな、主殿。何か楽しいぞ。ほれ」
「ううううっ。や、止めて下さい……っ!
頭撫でるなー! 転ぶ!!」
腰砕けになりかけ、幽冥牢はるいの肩に手を置いて堪えた。
「あらあら、これくらいで。可愛いですよ、主殿☆」
「私も混ぜて下さい。何か楽しそうなんですもの」
「皆が楽しい方がいいものな。かむかむ。
朧殿も如何かな?」
「何……だと……!?」
「私も委員長として混ざらなくちゃいけませんよねえ……?
ご主人様、うふふふふ☆」
「何だこの流れー!? み、皆、他でしましょうよ!
と言いますかっ、はううっ、なーまーらーせーつーなーいーっ! 楽にしてくれー!! 殺してくれー!」
幽冥牢に思いっきり抱き付いて、多少照れながらその瞳を覗き込むルビノワ。朧も後ろから抱き付いて来た。
最早完全に慰み者準備完了である。さようなら、さようなら、幽冥牢の本日の貞操。
「ふふふっ。あ・る・じ・ど・の♪」
「あったかーい☆ ご主人様のおしりおしり☆」
「さすったりしないで下さい! 誰かー!!」
「沢山可愛がってあげますからね、主殿☆
ではごきげんよう……」
その夜。
ルビノワの話が始まる。
「皆さんこんばんは、ルビノワです。今日二回目のお知らせです。
その前に。今度主殿の生活パターンが変わりますので、細かい更新は週に2~3回になります……」
これまた見事に仕事をこなし、纏め上げた。明らかに血色も良い。
何があったのかは読者諸兄の経験と想像力で内容が幾らでも変わるので、この後の様子は大まかにしか語られない。そこはお任せする。
ほくほく顔でルビノワは、皆を呼んだ。
「入って来ていいですよ」
「ふふふ、幽冥牢です! ルビノワさん、ちゅっちゅー☆ こんばんは☆」
投げキッスをぶちかます幽冥牢。これまで幾度迫ろうと数回しか狩り取れなかったルビノワからすれば、態度自体があり得ない事だ。
何があったというのか。
「こ、こんばんは。あの……大丈夫ですか?」
精神状態などが。
「ええ、新しい世界を知ってしまいましたが、何だかんだ言って痛い事はされなかったでしょう?」
「え、ええ」
「あー、でも、朧ちゃんの気持ちが少し分かる様な気がしました。それにもめげずに頑張る彼女はとてもステッキーでゴイスーですね。でもでもルビノワさんもす・ご・い・ん・だ☆」
顎に手をやりながら意味ありげな視線を向けつつほくそ笑む幽冥牢からは謎の活力が、おびただしく、かつての彼のイメージに対して非常に冒涜的なまでに漂っているのが感じられた。
もしかして、自分達は彼の倫理観どころか、人間性までもをもれなく破壊してしまったのではないのだろうか?
「こんばんは! 朧ですよう☆
ご主人様はぶっ壊れてしまったみたいですけどお、その内元に戻ると思いますよう。ん? ご主人様、何で私をじーっと見ているんですかあ?
もしかして妄想の中で私に欲望のたぎりをぶつけまくっていますか?」
「ええ、俺の頭の中であなたは今椅子に括り付けられ、子猫を押し付けられています。
『ほーら、猫可愛い☆』
とか言って猫を右肩の上に置かれているんですが、あなたは何しろ椅子に括り付けられていますから猫を抱く事が出来ないんですよねえ……ふふふ! ミラクル三○です!!」
何か言い出した。何故某サスペンスドラマの登場人物の様な謎のハイテンションになっているのだろうか?「その人が何処のどなたか存じませんがあ、」
「この前皆で見たドラマで死んだ人じゃないのよ」
「あ、そうでしたねえ☆
でもでも何だかそれはとても切ないですよう!? はふうっ……いけない気分になって来ましたあ☆」
「早いわねあなたも。と言いますか、何か変な拷問みたい……でも、ミラクルの拷問か……」
脳裏にイメージしてみる。そのドラマの性質上、恐らく殺される事は確実だ。
「沙衛門だ。これを逃がすと挨拶も出来ないまま終わりそうだったので出て来た。
しかし主殿、一皮剥けてとても良い感じになっておる様子ではないか」
「こんばんは、るいです。沙衛門様、お育てした甲斐がありますね☆」
「何たってミラクル三○になってしまう程だからな。しかし、美味しいもの尽くしでここまで生命力溢れるめんずになってしまうとはなあ。そして締めとしてこーひーを4杯立て続けに飲むと、主殿はこうまで変わるものなのか」
どうも、手始めにご馳走尽くしがあった様子である。
古来からある堕落や拷問の方法だが、仮に幽冥牢への拷問として適用したのならば、なかなかに斬新な攻め方と言えた。
いい食事というものを朧からやっと教わった幽冥牢としては、粗食慣れした胃腸が受け付けたのが不思議な程だったが、恐らくはそれも朧のスキルなのだろう。
結果、日頃、物憂げかつどこか機械的な反応の多い彼から、こうして生命エネルギーが激しく感じ取れるくらいにまでなってしまった。別人の様だ。
ルビノワが口を挟む。
「でもその4杯を飲んでしばらくしたらがたがた震え出して
『寒い。死にたいよ。
世界が俺を憎んでいるよ……ルビノワさん。凍えそうだよ……』
とか言いながら私のくるまっていた毛布に潜り込んで来たんですよ?
尋常な様子ではありませんでしたからお湯を飲ませてみたら、今度は何回もおしっこに行くし。
お世話出来るのは嬉しかったですけど、主殿はずっと震えていて最後に
『苦しい……俺は悪い事しか出来ないんだ……悪魔だ……ふええ』
とか言っておいおい泣き出すし。
果ては布団の中で抱きしめてずっと背中をさすっていてあげる事になっちゃうし」
「いやはや、お恥ずかしい☆ 俺はコーヒーが利き過ぎるんですよね。
眠気覚ましにはならないけど、ギャグがツボに入るとゲラゲラいつも以上に笑ってしまったりするんですよ。そしてそのピークが過ぎると憂鬱になっちゃって。
だからそういう時は改めて食事をします。お腹一杯なら憂鬱の度合いもそれほど酷くはならないから。
そもそもねえ、沙衛門さん?コーヒーは一日2杯までと決めているのに4杯もカフェオレを勧められたせいなんですけども」
「しかし
『オイシイオイシイ、ネバネバチュルチュル』
とか言いながら全部飲んでしまったのは主殿だぞ?」
「それは某格闘ゲームの蟲娘のセリフじゃないですかね」
「しかしそんな様子でぐびぐびあおったのは事実だ」
「……うーむ、思い出せないが分かった。俺も気を付けます。
でも途轍もない罪悪感に包まれて死にたくなったりするので注意して欲しいです」
「承知した。さすれば我々の役目は決まったな。
こーひーを2杯以上主殿に
『まあまあ、いいじゃないか。送って行くからさあ。グヒヒ』
等と言いながら勧める意地悪毛虫野郎的なせくはら係長みたいな奴を見かけたら、発見し次第速やかに暗殺して御覧に入れよう。
その様な奴はこーひーかっぷ片手に冥土へ行くが良いわ。くくくくく、ははははは!」
「それは実に楽しそうですね、沙衛門様! ほほほほほ、ほほほほほ☆」
ダークヒーロー系の沙衛門は深紅に、るいは何と金色に瞳を輝かせ、殺戮の喜びでも思い出したのか呵呵大笑した。
それとなく見入ってしまう魅力がダークヒーローにはあるものだ。それを振り切って幽冥牢が釘を刺す。
「殺すなっ! 足腰立たなくなるまでぶちのめすだけでいい!!」
「えぇ~……では、多少也とも俺達の嗜虐心を満たす、いやいやゲフンつい本音が、」
「何か言おうとしましたよね?」
「そ奴が悪事を働く気をへし折るべく、そふとに飯綱落としなど」
「背骨ももれなく逝くでしょう!? そもそも頭から落ちる飯綱落としにソフトもハードもあるか!」
「主殿、遺体の処理についてのご心配でしたら無用です。
灰も残りませんよ? 私が焼き尽くしますから」
「るいさんはそれが必要な場合はルビノワさんと朧さんから指示が下りるはずですから、それに倣って!」
「まあ、それが確実でしょうね」
と、ルビノワが前髪をかき上げながら同意し、
「その時は共同作戦になると思いますので、頑張りましょうねえ、沙衛門さん、るいさん☆」
と、朧がサムズアップして見せた。
ルビノワと朧にも色々事情がある様子だと知ったからには、駄目とは言い切れない。
(一般人って、弱いな……)
しみじみ思ってから、思考を振り切る。知らない。考えない。
そう、ご馳走が美味しかったのだ。全力で思い出す。あの何とも言えぬ美味しさ溢れる料理の数々。
穏やかでほんわかした気持ちが広がるのを感じた。これが大切だ。
ひとまずは、きょとんとしている目の前の沙衛門とるいでも撫でておこう。ありのままの彼らを示す言葉を、穏やかに投げかけてやる。
「はあ……全くもう、沙衛門さんとるいさんの殺戮マニア☆」
そう告げ、二人の頭を優しく撫でる。何か言ってしまった気がするが、それより何より不意にご機嫌が良くなった幽冥牢に、二人の忍びは困惑して、声を揃えた。
「あ、主殿……」
それと、そうだ、ルビノワにもお礼を言わなければ。
「後、ルビノワさん。ホントに昨日はありがとうございました。精神的に崩壊する所でした」
深々と一礼した幽冥牢に、改めてルビノワの頬が染まった。それを隠す様に、うつむき加減から視線を彼に向けて呟く。
「ああ、はい。その、お役に立てて何よりです。
私で良ければ、えーと、いつでも言って下さいね」
「暖かかったです。ありがたや」
合掌し、改めてお辞儀する幽冥牢。
「何だか照れくさいですね。でもホントに可哀想だったからしたんですよ?」
「恐れ入ります。また同じ様な事が起きたらよろしく」
「私もよろしくう☆」
「朧はいつもじゃないの。
まあ、いいですけど……改まって言われるのって、何だか恥ずかしいなあ」
「同じベッドの布団に皆でくるまったんですよねえ☆
ルビノワさんのはだかはだか☆ 何だか見てたら身体が熱くなって来てちょっとなめちゃいました。
『ぺろりっ☆』
て。
優しい味がして美味しかったあ……☆ この思い出は一生忘れませんよう……☆」
「お粗末さまでした。テヘ☆
……ってあんたなのね人の身体をあちこち揉むは撫でるわ舐め回すわしていたのは!
何それ! んもう、何か変だと思った!!」
「下手でしたかあ?くすん……気持ち良さそうだったのになあ……」
「そ、それはその、一寸勘違いしただけよ。暗かったし……」
「額に汗かいて、
『主殿、恥ずかしいですっ……あああっ! 幽冥牢さぁん……!!』
とか言って身体を震わせたかと思ったらとても静かになっちゃったから、
『変だなあ』
とは思ったんですけども、頑張ったのに酷いなあ……泣きますよう?」
「大きい声で言わないでよう!!」
ルビノワが大きい声で指摘した。
「……何と言いますか、まあ、うん、仲良しさんで何よりです」
「あ、主殿……」
距離感を感じたルビノワが哀れっぽい声で幽冥牢に呼びかけた。
「分かってます。よしよし」
幽冥牢はそう言って、笑顔で今度は二人の頭を撫でた。ルビノワが怪訝な顔で問う。
「すごく朗らか……まさか、ホントにミラクルになったんじゃ……」
「ははは、まさかあ☆
で、朧さんの肩口の猫の話なんですけど、」
「その唐突な真顔が怖いんですってば」
「失敬。本日はご容赦の程を」
「無駄にジェントルになってるし」
「いえいえ、わたくしめなど☆」
せっかく、主に性的な意味で勉強し、またひとつ大人になったというのに、紳士らしく振る舞おうとすればする程、変態紳士風の雰囲気が濃厚になってしまう幽冥牢であった。
合掌。
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