メイドと秘書のぼやき 5
ルビノワの話が始まる。
「皆さんこんばんは、ルビノワです。
今日は特に更新はございません。そこで皆を呼んでいますのでまた今日も適当に話をしてもらいます。なお、主殿は今日は具合が良くないとの事でお休みです。後で様子を見て来ますのでご了承を。ではどうぞ」
「こんばんは! 朧ですよう☆
ご主人様は熱があります。薬を飲ませて寝かせて来ました。ちゅっ☆」
投げキッスをかましてみせる、金髪碧眼のメイド。
「こんばんは、俺見参。いやはや、主殿が休むとはな。
時に朧殿、
『ちゅっ』
というのは?」
「沙衛門様まで投げキッスしなくても良いのではないかと、私は思います」
彼の将来を心配する眼差しで指摘するるい。
「え?ですからあ、
『早く良くなって下さいねえ☆』
という事でほっぺにちゅっ♪てして来たんですよう☆
何か泣いていましたけど」
「改めましてこんばんは、るいです。
きっと主殿は人に面倒をかけるのをお嫌いになりますから、それが恥ずかしかったのですよ。そういう時は人の優しさがいつもより身に沁みるものです」
「なるほど。で、それを見た朧ちゃんはどうしたのかしら?」
「布団の傍に座布団を持って行って、寝るまでずっと手を握っていてあげました。
『俺は手に汗をかくから止めておいた方がいいです。夏場などそのせいで手の皮が剥けてしまい凄く痛くなるので」
と仰っていましたけど、別に私は平気でしたからずっと握っていてあげたんです。手が震えていてちょっと可哀想なくらいでした。でも
『大丈夫ですよう☆ 寝るまで付いていてあげますからねえ☆』
と言ってほっぺを触ってあげたら落ち着いた様でした。
『すいません』
と言って、しくしく泣き出しておしまいになりました。
るい姉さんの仰る通りだと思いますけど何か変なの」
朧は穏やかながら、少し苦笑した。
「そして目をつぶって少しすると寝息を立て始めましたから、多分ぐっすりお休みになるのではないでしょうかねえ」
「で、
『ちゅっ☆』
とやって出て来た訳ね。いいなあ」
先日、あまりのぐぬぬ性から、幽冥牢に強引な肉体関係を結ばせた眼鏡の秘書は、しれっとそう言ってのけた。
「後で起こさない様に、主殿の様子を皆で見に行きましょう。きっと子供の様にお休みですよ」
「皆との距離を縮める、いいちゃんすかも知れぬな」
「主殿は皆から少し離れた所でニコニコ笑って見ているだけですものね。
(もっと皆に混ざればいいのに)
っていつも思っていたんですよ」
「以前話していたが、皆が楽しそうにやっている所に混ざっていくのは苦手なのだそうだ。
『離れて見ている方が良かったと思える』
とも言っていた」
「でもそれで気が付くといつもいなくなっているんですもの。一寸寂しいです。私としては」
「ここではみんなに混ざってお話するんですけどねえ。私もどうしてそうなのか今度聞いてみますかねえ」
「多分ヘマをやらかすのを恐れているのだろう。それで雰囲気をぶち壊す事にならぬ様に離れているのだ。
俺も基本的にはそうだ。自分が場違いな気がしてなあ」
「でも今はホントにリラックスしてお話する様になりましたよね、沙衛門様は。私は嬉しいですよ」
「お前と皆のおかげだ。俺もそうなって良かったと思っている。
しかし……残念ながらこの自分だけがどうも場違いな感じなのは多分一生消えまいよ。主殿も似た者同士な所があるから俺には分からなくもないのだ」
「何か原因がおありなんですよう。沙衛門さんもご主人様も。
ですからあ、そういう事を考える間もない程、皆で楽しく出来ればベストですねえ☆」
「まずはそれを始める所からしていかないとね。要は……何だろう、パーティー慣れしていないだけだと思うんだけどな」
「仕事やぷらいべーとのぱーとなー的な意味でかな?」
「ええ、その通り。
だから徐々に慣れて行けば、じゃないのかしら。別に皆の前で晒し者にさせられる訳ではないのだから、リラックスさせてあげる様にしてみましょう」
「カラオケとかの時は全然平気ですもんねえ、ご主人様」
「まずはそこら辺からね。無理にやらせるのは逆効果だからそれとなく今度誘ってみましょうか」
「いいですね。今度皆で出掛けましょう。
普通に
『皆で出掛けませんか』
って誘えば来て下さるのではないでしょうか。
私達、揃って出掛ける事ってまだ無かったでしょう?」
るいの指摘に、あ、という顔をそれぞれが揃ってする。
「ああ、確かにそういえば。以前のお二人の普段着や外出用の服を買う為の揃ってのお出かけはまさに、
『物資調達』
って感じでしたもんね。そそくさと帰って来ちゃいましたし。
今度スケジュールを私が調整してみます。上手くやってみせるから期待していて」
「私も協力します。楽しくなりそうですねえ☆」
「結論が出た所で主殿の様子を見に行くか」
「そうね。飲み物とかも持って行ってあげましょう。
お腹も空いているかも。くれぐれも静かにね」
「了解ですよう」
「承知致しました」
「心得た」
「それでは皆さん、ごきげんよう……」
……という顛末からの、これだ。
いつもの大衆居酒屋、いつもの席、いつもの二人。何も変わらないいつもの飲みに来た二人の様子である。
今日も一日の仕事を終え、乾杯しているルビノワと朧であった。
「乾杯☆ 今日も一日お疲れさまー!」
「頂きまーす☆」
「あっ、ず、ずるいっ。それなら私も頂きます」
「せっかちさんですねえ☆ 可愛い☆」
「私はあなたが分からない……」
食事に突入する二人。
やがて栄養摂取が済み、一息つくと、いつもの飲酒タイムにシフトした。
「お腹いっぱーい☆ これでしばらくは生きて行けますねえ。神様ありがとう☆」
「私も今だけ感謝。
あーあ、それはそれとして、主殿は早く元気になってくれないかなあ。一人欠けてしまうととても寂しいものよね」
「私もルビノワさんと同じですよう。そしてつい、いけない妄想に身を委ねてしまうんです。でも私ルビノワさんの足元にも及びません。悔しいなあ」
「変な悔しがり方をしないで下さい。と言いますか、私はそんなひょいひょい妄想には浸りません」
「実行したら満たされちゃったかあ……」
そう、彼女の押しの強さ、日頃の数々のフォローへの御礼がなかなか出来ない後ろめたさなどなど、数々の思惑に押し潰される様にして、幽冥牢は頂かれてしまった。合掌。
「そりゃあこっちから制圧しに行って無力化させた形になったけど! 何故……何故しみじみと……」
「『子供が巣立って行くのを見守るのはこんな感じかしら』
なーんて、ちょっとおセンチな気分になりましてねえ」
「そうなる日はまだ遠いと思う」
複雑そうな視線を虚空にルビノワが向けた。
朧がコップの酒で口を湿らせながら、ルビノワの様子をちらりと伺ってみた。そこからそれとなく、手持ちのデータと照らし合わせて察してみる。すぐに答えが出てしまった。データと己の人生経験万歳だ。
原因としては、幽冥牢が基本的に見た目で恐れられる事が多いと自覚しており、それが嫌なのでガツガツするのを由としない事、それは将来的な、つまり
『子供が出来てしまっても責任が取れないし』
という心配を常に抱いているのが起因しているのだろう。
彼は複雑な家庭環境とかつての職場での現実から、世間の不景気さ加減や、どれ程雇用というシステムがいい加減なのものなのかを、不必要なまでに身を以て学ばされてしまったのだ。
幾度か聞いた事があるが、幽冥牢は子孫を儲けたいとは考えていない。
出来ちゃった結婚と離婚してからの妊娠はなどの話題にはコメントしない。彼の親がど派手にやらかし、彼が男の子であったという、ただそれだけの理由で、そのツケを随分と無意味に背負わされたからだという。
両親の間に生まれたのが子供のはずなのに、母親からは事ある毎に父親の影を重ねられ、成人を迎えたのだそうだ。
『長男とはそういう立場が普通なのだ』
という刷り込みで塗り固められ、学生生活でよその家庭の在り様を垣間見て多少は緩和されつつも、そのまま社会へ出る形になってしまった。
社会にある男女関係の何と奔放な事か。学生時代に端を発したと朧が聞いている、幽冥牢の人間不信度合いが増すのも無理はないだろう、と思った。
たまたま屋敷の庭でベンチに腰掛け、二人で歓談していたら話題がそちらに流れたのだが、彼は憤怒を帯びた暗い眼差しで空を見上げつつ、こう言った。
「俺は奴らを絶対に許さない。
この先好きな人が出来て、その人やそれを知った周辺の人から腰抜けだの何だのと言われても、このいい加減な世界に自分の子供を送り出したいなんて思わない」
それから、両の拳を膝において、視線を伏せた。
「俺は、それが理由でもうフラレた事があるんだけど、最悪の事態しか浮かばなかったんで、その子に迷惑がかからなくて良かったなって思ってるんだ。
俺は、奴らがしでかした様な事だけはしない」
そう告げてから、自分で両頬を挟む様に二回程張った。考えを振り払いたかったのだろう。
そして、
「まあ、それは俺の都合なので、他の人の事は勿論普通にお祝いしますから、そこは理解して頂けると嬉しいなと思うんですけれど」
と、不安を帯びた視線を向けて来た。朧は苦笑しながらこう言ったものだ。
「私もルビノワさんも、同じ様な理由で男性不信なんだって、ご主人様は気付いてましたかあ?」
「あー……まあ、帰結するとそうなりますよね。そういう事か……」
「今、というより、幽冥牢さんがルビノワさんと打ち解けたのには私も正直びっくりしたんですよう。
だって、あの厳しさには定評のあるルビノワさんと和解したんですから。それがどれ程難しい事なのかは、分かりますよねえ?」
「確かにそうだなあ……そこはホント、朧さんも巻き込んじゃってその節は」
「仲良くなってくれたからそこはいいんですけど、言わせてもらうとしたなら、気付くのが少し遅いですよう」
「ご尤も。全く以て、面目次第もござりませぬ」
深く頭を垂れる幽冥牢。
『世間で言う『俺様系』の態度も彼は嫌いだったのが作用しているのだ』
と、朧は彼との生活で気付いていた。
真っ赤に染めて、ウルフカットのまま、後ろだけ伸ばして縛っている髪。アニマルデザインのごついリング。
『俺の汗は落ちにくいので、それで行くと、どうしても暗めの色になっちゃうんです』
との事で、本日も彼のお気に入りと思われる映画のプリントが成された黒のノースリーブに白の半袖パーカーを羽織り、黒のパンツだ。体格については、『ルパ○三世』の銭○警部のそれに近い。節々は細いが、肩幅が広く、手足がでかい。比較としては180センチあるルビノワからすれば小柄で、朧からすれば
『瞬殺出来るが、裏社会の人間でないのなら正体不明のガタイがいいチンピラ』
と認識する程度には上背があった。
『一時期、あるパワー型のキャラに憧れた事があって。ゲームの『アンダーカ○ーコップス』っていうのがあるんですけど、それのプレイヤーキャラの一人で、元フットボール選手のマッ○・ゲイブルスってキャラクターがカッコ良く感じたんですね。電柱を引き抜いてぶん回したり、廃車を軽々と持ち上げて投げ付けたりと、やっている事が既に人間のそれではないんだけれど、憂鬱な毎日を過ごしていた俺はそれに見惚れて。
で、自主的な筋トレはしてたんですが、それ以上に自然に鍛えられる様に、当時、ギア付きの自転車を友達が貸してくれたので、ギアも重くして、学校に荷物を置かない様に、毎日ザックに入れて背負って持ち帰りして。そういう、登下校の道中がしんどくなるセッティングで学生生活を過ごしたんです。
結果が、まあ、これというか』
との事。
で、趣味は読書と音楽鑑賞と創作。小説や漫画、イラストを個人で手がけては、サイトにアップしている。
グレた経験は一切なし。家では親から、学校では他の生徒からのいじめや理不尽な暴力沙汰に巻き込まれた経験から、アクション映画や格闘技には興味を示すが、現実における脅迫の意味での暴力も嫌悪している。
『そういう状態に巻き込まれたら、そこでいっそ死んでしまいたい』
とも思っている。これはルビノワとのかつての誤解からの激突で判明した事だ。
薬物に手を出した事もなければ、憂さ晴らしからの喫煙経験もないという。喫煙については気管が弱く、すぐむせてしまうのだそうで、今回の風邪でそれは深く納得した。喉からの風邪だったからだ。
酒もサワーで見事に回る。笑い上戸になり、声もでかくなるので、控えているという。飲むなら部屋で一人飲みだそうだ。それも、多くて年に三回、気が向いたら。
いやはや、全く見た目と合致しない。
(この人はどういう風に生きて行きたいのやら)
朧はそう思いながらも、何故かとても安心したのだった。
(まあ、避妊に気をつけていればどうでもいいかな)
ついついぼんやりと考えてしまったが、一蹴する。ルビノワを今はシャウトさせて気分転換させよう。
「ではあ、我慢に我慢を重ねて溜め込んで、一気に休みの日とかに一人、部屋に篭って妄想の快楽に埋没するルビノワさんですなんねえ。ひゅう、カッコイイ☆」
「それは絶対に違う」
「それにしてもご主人様、昨日あちこち拭いてあげたのがまずかったのかなあ」
「あたしの話が……まあいいやもう。
で? 何処を拭いたのかな? 朧ちゃんは」
眉間にしわを寄せ、そう告げると、ルビノワはかなりヤケ気味に焼き鳥のねぎまを、歯を立て、串から引き抜いて咀嚼する。とても美味しい。悔しい。
「AV男優さんですか? ルビノワさん」
「違う!」
手で口を覆いながら否定するルビノワ。
「では女優?」
「何でようっ!? 一寸質問しただけですよ、朧委員長っ!!」
「だってえ!
『昨日は何処を拭いたのかな? ククク』
とか言うから、泣く泣く答える羽目になったんじゃないですかあ!! うえーん!!」
「私だってそんなヒワイな言い方してないわよっ! ひどいわ。このエロメイドっ!! エロス人っ!
ぐすんっ、えぐっえぐっ」
幽冥牢達がいたらドン引き必至の内容で泣き出す二人。
「私はただ単にご主人様の体を隅から隅まで念入りに拭いてあげただけですよう! 滅茶苦茶恥ずかしがって
『ああぁああっ! だ、駄目……もう……もう堪忍してぇーッ!!
うううっ』
とか絶望に嗚咽するのも無視して、」
「それ、かなり酷い」
「にも関わらず
『あらあらどうしたのかなあ? お姉さんに任せておけば大丈夫ですよう☆ クスクス』
って感じで、愛撫する様にごしごしと体をこすっただけなのにいっ!!
それでたまたま何だか
『お一人様一丁上がり☆』
っていう感じでご主人様が昇天して、光を失った眼差しで虚空を見つめながら沈黙してしまっただけなのにっ!
うえっく」
前述のルビノワとの強引な関係、そして、そこまでやらかして
『だけ』
と仰ってくれる朧を、当時幽冥牢はかなり恐れたものだ。
さておいて、ルビノワがシャウトした。
「あんたがそういう事するから、
『もしかしたらそのせいで悪化したのではないか』
と申し上げてるのに、それでボケまくるからじゃないのようっ!! ひっく」
「ああ、そうか。では謝ります。
ごめんなさい、ルビノワさん。むちゅー☆」
「きゃっ! や、やめ……」
いつもはほっぺを狙って来る朧の唇がルビノワのそれを熱烈に覆った。必死に逃げようとするが押し倒され、セットした髪を撫でさすられ、薄手のブラウスの上から身体をまさぐられ、舌まで入れて彼女の唇を貪る朧。
無邪気に微笑しているが,赤く染まった頬が凄く艶っぽい。
酒に飲まれている酔っ払いを象徴する様な大変な有り様になってしまった。止める者はいないし、現れる気配もない。
「んんん~☆」
「んんんんんんんー!」
『ちゅっぽん☆』
という音がして、ルビノワが何とか泣きべそをかきつつ引っぺがした。しかも朧の方が恥ずかしがっている。
お互いに激し過ぎる着衣の乱れ。ボタンが弾け飛んだりしていないのが救いである。
人生……とは。
「何すんのようー!? うう、唇奪われたー!」
「はあ……つい興奮して夢中になっちゃった。上手ですねえ、ルビノワさん☆
これで仲直りっ!! 嬉しい……それに何だかすごく気持ち良かったですう!☆」
「ディープキスするなー! 嫌だもう……」
「だってずっとルビノワさんが欲しかったんですもん……くすん。
そうだあ、それに以前ルビノワさんが怒った時に私の唇奪ったじゃないですかあ! ですからこれでおあいこですよう。
ご馳走様でした☆ るんるん」
「ああ、そんな事もあったか……分かりました。おあいこでいいです。とひょひょ」
「よしよし」
「ううっ。もっと頭撫でてよう。思いっきり甘えてやるー。しくしく」
「何だか私の方がお姉ちゃんみたいですよう?」
「今はそれでいいわよう。大好きなお姉ちゃーん、いい様にさせてよう。しくしく」
日頃の彼女からは想像もつかないほどの濃厚な甘えっぷり。正座した朧にむしゃぶりつき、首筋に軽くキスをした後は彼女の豊かな胸に頬ずりしまくりのルビノワであった。
「ああんっ、んもう☆ ふふふ。はいはい、大丈夫ですよう☆
どんどん甘えてね、ルビノワちゃん」
主の容態についての話はどこへやら。
一時的にだが完全に立場の逆転した二人の様子を裸電球が照らしていた。
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