忍びとくノ一のはみ出し会話 3
「ふう、今日も一日無事終わったな。
このこーなーに限ってだが、るいがもぎりをし、俺が治安維持。完全に役割が決まってしまっているのがちと悲しいが、各々が立派に自分の能力を発揮するには致し方ないのやも知れぬ」
「沙衛門様、では今度試しに交代してみますか、仕事を」
「いいのか?」
「このコーナーは二人いれば管理出来ますし、ひょっとしたら、逆に自分の新しい特性を発見する事が出来るかもしれませんよ? それに私達が二人でお互いにフォローしあえばきっと大丈夫です。
ね、沙衛門様☆」
「お前はそういう所が凄く可愛いな」
「あら。照れてしまいますからそんなにじっくり眺めないで下さい。恥ずかしいです☆」
るいがはにかんだ様に微笑しながら頬を染め、身をくねらせた。白いほっそりとした手で熱くなった頬を覆う。
「ははは。あーあ、早く夜になれば俺のこの気持ちをお前にぶつける事が出来るのだがな。夜になれー」
「沙衛門様ったらエッチ☆ 私だって早く夜にならないかしらと思っているんですよ。ですからもう少しのが・ま・ん☆
ね?」
「大丈夫だ、るい。分かっておる。どんうぉーりーという奴だ、るい」
握り拳の親指をぐいっと立てて見せる沙衛門を見て、るいがほほほ、と口元を袖で隠し艶っぽく微笑む。
「ところでいつも一緒に仕事をしていながら随分な話だが、基本的にもぎりとはどういう仕事をするのか教えてもらえぬか? 分かったつもりで仕事をするわけにはいかぬからな」
「いいです。まずこのコーナーにいらっしゃる方から入場券を受け取ります。それが今日の日付なのかを確認したら千切って半券をお渡しします。その後はにこりと微笑んで
『ごゆっくり☆』
と言ってあげれば万事OKです。以上です」
もう説明が終わってしまった。
(はて。他にはないのだろうか)
ぴんと着物の上からでも分かる豊かな胸を張るるいに沙衛門が訊ねた。
「なるほど。それで質問なのだが勿論他にもあるのだろう? もぎりの仕事。
それも教えてくれ」
「いえ、このコーナーの場合それが全てであり、それを完遂出来なければこの仕事を勤め上げた事にはならないのです。上手く言えませんが……そうですね、沙衛門様は先日、主殿から借りて読んだ漫画を覚えておられますよね?」
「ああ、とある常春の国の八代目国王の話だったか」
「左様でございます。あれで言いますと、イメージ的には
『この仕事をこなして初めてタマ○ギ部隊に配属が決まる』
という感じです」
沙衛門は首を傾げた.
「なるほど、確かに彼らも精鋭であった。しかし、るいよ。あれと比較すると、俺達、すてーたすが激しくれべるどれいんされている気が」
「恐らくは彼らもまだ手の内を全て明かしてはいないのでしょう。衆道を取り入れていた様子でしたし、適材適所という事で如何でしょうか?」
「ああ、それなら合点が行くな。彼らの全てが描かれていると決め付けるのは早急に過ぎるという訳か」
「そういう事かと。また、それで考えますと、私達とは職業が違うのかもしれません。ゲームのジョブで言う所のサムライなのではと推察します」
「げーむか……しかし、るいと来たら、色々覚えちゃって……」
母親の様に頬に手を当て、将来を心配する眼差しを向ける沙衛門。この時代には
『テレビっ子』
という病があると、彼は先日ネット徘徊をしていて知った。それを心配しているのだ。
(るいが言う事を聞かない娘になってしまったらどうしよう……)
「まあ、サムライでしたら職業の違いという事で納得も行きます。
ですが、個人的に納得の行かない所が」
「漫画に怒ってしまう程、熱中しているのか……」
「あれはかなり勉強になる漫画かと思われますけれど……沙衛門様、顔色が優れませんよ?」
沙衛門の胸中を新たな不安がよぎった。
(るいが漫画ばかり読み耽る娘になってしまったらどうしよう……)
が、日頃彼があくまで礼節として不肖の弟子と紹介しているが、るいはとても頼りになる娘なのだ。それに、
(自分の所へ来た頃には、こんな明るさやお茶目な部分があるとは、思いもよらない程に頑なであったな)
と考え直してみる。
仕事面ではルビノワに、家事の面では朧に色々とこの時代の手法も教わっている事であるし、無駄な心配かもしれない。
(『師匠になる』とはこういうものなのですな、七羽殿、つらら殿……)
かつての師匠達の面影を一瞬脳裏に描いて苦笑する。沙衛門は胸中に込み上げて来たもやもやを打ち払って、弟子に問いかけた。
「いや、お前に限っては無用の心配だな。
るい、疑問とやら、打ち明けてみるがいい」
「ええ、その
『男でないとなれない』
との事です。それなら私には関係ありません。
『おとといおいでなさいませ』
と言いたいです。ぷんぷん」
何だか酷くぐったりさせられる内容だったが、なるほど、男に負けまいと奮起し続けて一人前のくノ一になったるいからすれば、性別で既に選考対象外なのは心外だろう。
頭から湯気を出して怒るるいの事を抱き寄せ、その瞳を覗き込み、沙衛門は優しく呟いた。
「るいよ。恐らくはその仕事を司っているのが女神なのだろう。
男しかなれぬのは、恐らくそのせいではないのか」
「漁師や刀鍛冶の職場が女人禁制な様にですか?」
「想像に過ぎぬがな。しかし、それ故の編成と考えてみると、色々と腑に落ちるのでは?」
「なるほど……」
「それに、高い能力を持っている事は我々が何度も周囲に知らしめて来たではないか。それだけで良い。
お前が優れている事は俺やこの屋敷の方々が良く分かっている。だから気にせず。のーぷろぶれむだ。
『どぅーあずいんふぃにてぃー』
という奴だ、るい」
「ホントに意味が合っているのかどうか気になりますが、沙衛門様が誉めて下さいましたから私は頑張ります。お互いにしっかりやりましょうね、沙衛門様☆」
ニッコリ微笑むと、るいは沙衛門の頬に軽くくちづけをした。
「ありがとう。
いつものるいに戻って俺も嬉しい。何時までも一緒に頑張ろう」
「頑張りましょう!」
「ところで俺の仕事だが、分担の詳細を話した事はあったかな?」
「あ、それはご心配に及びません。全て熟知しておりますから」
「えっ……いや、またまたそんな事言っちゃって。
るいの事だから大丈夫だとは思うが、一応説明させてくれ」
「恐れながら、沙衛門様のサポートをしている内に覚えました。内容は……」
るいは彼の仕事内容を全て完璧に述べてみせた。唖然とする沙衛門。
ショックで視覚的にかなり簡略化されたデザインに変貌すると、何処からともなく吹いて来た春風に飛ばされそうになり、それをるいが血相を変えてはっし、と捕まえた。
「沙衛門様! しっかりして下さい!
何もそんな新聞の風刺画によく見られるタイプのポンチ絵の様にならなくてもよろしいではありませんか!
申し訳ありませんでした。るいが悪うございました」
「むう……お前が悪いのではない。只、
(俺は今まで何をしていたのかな……)
と考えたら気のせいか体から力が抜けて行ってだな、風に飛ばされそうになった。
いやはや、不甲斐ない主と笑ってくれ」
「いえ、風に飛ばされそうになったのは気のせいではありません」
「がーん……!」
かつてない衝撃が沙衛門を襲う!
「とにかく沙衛門様は仕事を十二分にこなしておいでです。ですから自分をそんなにお責めにならないで。
るいは悲しゅうございます」
沙衛門は泣き出しそうなるいの顔を見て
『いや、そのお前のツッコミが俺の深層心理領域に作用してだな……』
と言いそうになったのを、どうにか飲み込んだ。
過去に、沙衛門が辛い時にはるいがいつも傍にいてくれたので、彼がるいに対してつい甘くなるのも無理は無かったといえる。
人間、自分に優しくしてくれる者にはつい身を任せてしまったりしてしまうものだ。
沙衛門は穏やかな微笑を浮かべると、声をかけた。
「……起こしてくれるか、るい」
「沙衛門様は座っておいでです」
「ががーん……!」
更なる衝撃に沙衛門の目が『><』になった。
「沙衛門様、ホントに大丈夫ですか?」
「うう、色々迷惑をかけて済まぬ、るい。るい」
目の幅涙が止まらないのを必死に拳で拭う沙衛門。
「沙衛門様。大丈夫ですよ。一緒にやれば大抵の事は出来ますって。
ね? 私の沙衛門様☆」
「そ、そうさな、弟子の期待に応えるべく、備えて励むとしよう。
では家に戻らんか。たまにはお前の飯が食いたい」
「あら、嬉しい。よろしゅうございます、戻りましたらすぐに準備しますからね」
「それと、その後はお前に甘えたいものだ。昨日など比較にならぬほどに」
「まあ、沙衛門様ったら☆ でもそんなに好いて頂けて、私は幸せです」
二人の忍びは微笑を交わしながら、家路に向かって歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます