22 オッパイ星人と吹っ切れた人と痴漢

 ルビノワの話が始まる。

「皆さんこんばんは、ルビノワです。

 では今日のお知らせを……」

 いつもの様に始まり、いつもの様にまとめるルビノワ。次第にお喋りにも慣れて来た様子で、幽冥牢としては大変喜ばしい。

 続いて幽冥牢達を招き入れる。

「今日も皆が来ています。どうぞ」

「皆さんこんばんは、幽冥牢ですけえの! 小説の続きは明日まで待ってつかあさい。ククク」

 この頃彼は、ドラマ『トリッ○』の某刑事にどハマりしていたのだ。

「こんばんは、朧委員長ですよう☆ 今日もご飯を食べて元気一杯!」

「こんばんは。沙衛門だ。

 朧殿の佇まいから察したのだが、今日も自らせくはらされに堂々と現れたぞ。とっくの昔に覚悟完了だ。

 さあやれ。ほらやれ。好きに、すれば良い……!」

 某学園四コマ漫画の、不良と思われているがその実、繊細さは作中随一ではないかと思われる次男風にしょぼくれる沙衛門。

「こんばんは☆ るいです。

 沙衛門様がセクハラされる場合、その従者の私もなしくずしにされてしまう事を お忘れなく。例えば

『主殿がそれをなさる時にはセットで私もされてしまう』

という事です」

「……どんな具合に世界を憎んだら俺がそんな事をするというんですかあなた方」

「るいよ、それはちょっと辛いものがあるなあ。

 しかも嬉し恥ずかしというおまけ付きでそれに対して果たして俺は正気を保てるだろうか。うーむ、三点せっとなのだな。その事を考え付く事によって生じる恥ずかしさを乗算して行けば無限こんぼの出来上がり、という訳だ」

「その時は私も混ぜて下さいね、ご主人様☆」

「はーなーしーをー聞ーけー。と言いますか、僕を置いていかないでよ!」

 幽冥牢の話は大体スルーされる。学生時代に

『お前にはカリスマ性がないから』

と指摘された時の事が嫌でも蘇る。しかもそれが理由なのか、体育会系の連中は彼に放課後のクラス毎の担当区域の掃除などを全て押し付けて平然としていた。たまたま先生が発見し、怒られてやっと手を付けようと幽冥牢に声をかける頃には、彼はそそくさとゴミをまとめたりしている。

 視線すら向けない。微塵も期待していないからだ。

 彼を知る、厳しくもきちんと注意してくれる事で幽冥牢が個人的に尊敬していた先生が

『初めて会った人間への挨拶だとしても、もう少し彼は穏やかで礼儀正しく丁寧なんですよ……?』

と補足してくれそうな程の素っ気なさで

「掃除? 掃除って何?

 やるとこ? さあ……先生にでも聞けば?」

とジト目を向けたので、後にはどう動いたらいいのか分からんらしいその連中の姿があった、という流れがしばしばであった。困った様な声が上がったが、どう困ろうが知った事ではない。死んでいようが無視して歩み去るレベルである。

『基本的に参加しない人員を期待する方がアホだ』

とその連中が態度で堂々と示した。それに返したまでだ。

 その頃に幽冥牢の過去の失敗内容について、事実が歪みまくって学校中に広まっていた事も災いした。彼の素行など完全に無視し、それは男女学年問わずの陰口や無視としてまかり通っていた。

『おーおー、俺に確認を取るでもなくよくもまあそこまで嫌えるもんすね。

 確かに俺はその元になる失敗をしたけれどさ、誰かがそれの穴埋めの為に動いたかって言うとそれもないんですけど。

 いやはや、呆れたわ。文句だけ言ってればいいとか滅茶苦茶楽な立場だな、おい。お前らはつまりそういう奴らな訳ね。大したもんだわ。

 上等だこの野郎』

という事で、彼の方からも壁を作っていた。幽冥牢の人間不信はこの辺から培われている。何しろ全校の99%に近い連中がその噂を信じて遠巻きにしているのだ。その中で真相を聞きに来たのはたったの一人だけである。それだって別に広まった気配はなかった。ならそう受け取ればいい。

『これが他人って奴か』

と、高校入学から半年程で彼は学んだ。クラス中から嫌われているらしい事は隣の席の女子のぼやきで確認した。 もう十分だ。


 素行が悪かった訳ではない。日頃の幽冥牢は教師らに注意される様な行動とは無縁だった。単にそうしている連中が全く楽しくなさそうだったし、無駄金が飛んでいる様子ばかり目撃していたからだ。彼の家が裕福でないというのもあったが、それ以前にアホらしくて真似たいとすら思わなかった。もし自分に彼らが浪費しているその金があれば、欲しい本やCDが大体揃ってしまう。それくらいの金額を連中は浪費していた。

 合わない。そういう結論となった。

 転校も考えたが、金がかかるので諦めた。


 なので、普通に授業を受け、英文法が楽しかったりしたので勉学に励んでいたのだが、それだけでガリ勉野郎の扱いである。

 故に、例えば部活の後輩の質問だとか、極少数の話しかけて来る相手以外には目もくれなかった。彼らまで自分の件で巻き添えを食っては寝覚めが悪い。

 それもあって、クラスへの最低限の連絡以外は無視か、彼も最低限の応答しかしない。学校で話す相手は先生方の方が圧倒的に多かった。図書室にいるか、職員室で先生と話している方が楽しいという状態のまま、卒業までを過ごした。




 そういう経緯から幽冥牢としては、彼から任された仕事をこなさない理由としてそういう連中が求めて来るカリスマ性などクソ食らえなのだ。

『は?』

としか言い様がない。そういう連中が代わりにリーダーを引き受けると名乗りを上げる事だって全くないのだ。面倒は全て人任せである。だから幽冥牢も距離など縮めない。

 一見興味を引きそうな人物と遭遇しても、その四文字がその人物に添えられれば、途端に路傍の石を見るが如くの、死んだ魚の様な眼差しを向ける事はまず間違いない。




「朧ちゃんまで私を好き放題にしたいの? 二人で私達を良い様にしたいだなんて……」

「何と!もう処置なしだな。永久にこの屋敷の暗部に囚われたまま余生を送るのだ。溢れる涙……」

 プレイしてはいないはずだが、唐突に某横浜最速伝説RPG風のポエムを詠む沙衛門。

「だからエ○フの屋敷ものゲームじゃあるまいし、そんな事しねえってのよ!」

「いい様にいじられていますね、主殿」

「設定はどうしましょう。私が考えても良いですか?」

「もういい。俺が考えます。……とひょひょ」

「やる気まんまんだな、主殿。そのケがあるとは知らなんだ」

「んな訳あるかい!!朧ちゃんとるいさん目当てだよ!!

 どうせ俺はオッパイ星人だよ! そもそも誰のせいだ、誰のっ!! くぬっ、くぬっ!!」

 幽冥牢は沙衛門の背中に飛び付きチョークスリーパーをかけたままぶら下がった。無論それが決まるよりも速く、沙衛門は朧直伝の回避方法として自分の首と幽冥牢の腕の間に手を滑り込ませていたが、苦渋の表情を浮かつつも、口元は凄く嬉しそうだった。

「お、俺はついでという事か……ぬーーーーーーーー!」

「ついでもクソもありませ、ぬ! ぐぬー!!」

「次から次へとこちらの予想し得ぬぷれいを繰り出して来るな。

 ふっふっふ、さすがだ、主殿。くっ、これはこれでー!!」

「そのまま死んでくれー!」

 ジト目で眺めていたが、ルビノワが挙手した。

「私も混ぜて下さい。皆だけずるいです」

「そうそう、ルビノワさんも言ってやって下さいよって、えええっ!?」

 伏目がちにそう呟くルビノワ。両手の指を絡ませ、切なげに視線を皆に流し、もじもじしている。

 何故だ。

「私も混ぜて下さいっ! つまんないですっ!!

 もう委員長ではないんですからいいでしょう? ね、主殿☆」

 幽冥牢が今まで見た事もない様な潤んだ瞳で恥ずかしげな微笑を浮かべるルビノワが沙衛門の背からいとも容易く彼を引っぺがすと、彼の首に腕を回し、瞳を覗き込んだ。

「そ、そんな諸々が混濁した目で見ないで下さい。心が壊れる。

 と言いますか、ルビノワさん?」

「『おんな』を見た……」

 顎に手をやりつつ、しみじみと感慨に耽る沙衛門。

「ルビノワさんあんた今どういう日本語使っているか分かってんですか!? さらっと流して終わらせようと思ったのに頼みの綱のルビノワさんまでおかしくなったよう!! っていててて!」

『んぎゅっ!』

と幽冥牢の頬をつねるルビノワ。

「私はおかしくなんてなっていません! 

 主殿のいけずっ!こうしてやるっ!!」

 幽冥牢に足払いをかけ、すってんころりと尻餅をつかせ、

(くっ、やべっ……)

と起き上がろうとする幽冥牢の上にのしかかった。彼らの関係が始まって以来の出来事である。

 ちなみに他の三人は何故か

『車内痴漢』

という設定で突っ走っていた。見えない壁(恐らく電車のドアとかそんな所だろう)に手をつく沙衛門とその後ろにぴたりと密着し、耳元に囁くのは何と朧だった。どこから取り出したのか、度は入っていない様だが、牛乳瓶のの底みたいな眼鏡を、すちゃっと滑らかに着用した。

 るいは沙衛門の左側に立っていた。当時、サイト来訪者に着実にファンを増やしつつあったその穏やかな美貌が、スポーツ新聞を逆さまに持ち、読み耽っている。

『気がつかない、もしくは知らん振りをしている乗客』

という事らしい。けれども、服装はいつもの忍び装束のままだ。

 つまり

『メイド服の痴漢が、微塵も気弱さを感じさせない忍び装束姿の中年男性の被害者に手を這わせている』

という、ニッチにも程がある光景が展開しつつあった。

 沙衛門の剥き出しの腕を覆う鎖帷子が

『しゃりしゃり』

と鳴った。

「くっ……止め……誰か助けてぇ……」

「ほ、ホントは君もこういうのす、好きなんだろう? う、うほほほほ☆

 ほれ☆」

「やめてくれぇ……」

(誰か気付いて……)

という表情で、左右に視線を飛ばす。涙を浮かべ、恥ずかしげに頬を染める鬼岳沙衛門32歳。

 どうもそれはるいと旅に出て仕事を得て生き延びていた頃の年齢だそうで、彼が以前話した、るいの死後に組んだ仲間との道中の記憶はないはずなのだが、

『知らぬ。るいが逝った事も、その後の仲間との顛末も、しっかりと覚えている。

 人を蘇らせる様な連中の事だ、どうにかして植え付けたのではないかな』

としか言い様がないとの事だった。るいは彼より一回り年齢が下だそうだが、彼女もその当時の身体の感覚だと証言した。二人を蘇らせた連中の思考は謎ばかりだ。


 さておき、彼も不精ひげを剃ればそれなりの顔立ちなので、妙な妖気が体から立ち昇っている。

 はっきり言って誰も幽冥牢とルビノワのやっている事に目もくれない。二人きりにさせるつもりなら、それは大きく間違っている事を幽冥牢は主張したかったが、彼には

『女性から好意的に抱き付かれる』

という経験が圧倒的に不足していた。

 とどのつまり、今立ち上がると色々とかなりまずい。

「幽冥牢さん……」

「あふうっ! 駄目だよ、そろそろ父さんが会社から帰って来るようっ!!」

 こちらはこちらで

『義理の若い母にたぶらかされる長男』

という設定が出来ている模様だった。

「お邪魔虫には死あるのみですから大丈夫です。

 あんな男が何だって言うの? なんちゃって☆

 ふふふ……」

「ル、ルビノワさん、俺はこれで

『嫌です』

とか言うほどガキではないんですよ? やめておきなよー」

「それは私が嫌です」

「こ、こんなとこじゃ嫌ですっ!」

「そうですか。なら場所を替えましょう。

 来て下さい。いや、来なさい」

「ああっ! 本気なんですね!?」

「当たり前です。 つーかまーえた☆ 今日はあたしはこれで上がりますんで、後はお好きな様に」

「はーい☆」

「皆の薄情者ー!」

 シャウトと共に、ルビノワへどこかへ引きずられて行く幽冥牢の声は、スタジオのドアが閉まる音と共にかき消された。




 例の三人は、といえば、様子が異なっている。何故か朧がるいに手を捻り上げられていた。

 どうみても検挙寸前の痴漢である。更に何やら揉めている。

「ううう、ぶひぃ、僕はこの人の股間に参考書が挟まってしまったので取ろうとしただけだよう!

 何だよう、離せよう。それともお前も、へ、変な事されたいのかよう! うううっ!!」

『楽しくなさそうなライフスタイルならお任せ☆』

という雰囲気溢れるくぐもった声を、朧は一体どこで学んだのか。学生風の佇まいだが、そのわざとらしくも達者な非モテ系ボイスのせいで、深い闇以外は何も、全く感じ取れない。

「黙らっしゃい、この痴漢! 駅員に突き出してやるわっ!

……はっ、や、止めなさいっ。何をするの!?」

 即座に逆襲された様子の善意の人。

「何だあ、ふひひっ、あんたも仲間なんじゃないかあ☆ これでどうだ! ぬほほほほ☆」

 朧のビン底眼鏡が怪しく

『きらりん☆』

と光った。

「や、やめなさい……やっ……ああっ……! こらっ……やめ……っ!!」

「身体は正直だなあ、え? おい」

 ほっぺをつつかれて、るいが

「きゃっ」

と小さく悲鳴を上げた。その困惑した頬が上気した様に染まっている。沙衛門はまじまじとそれを眺めていたが、やがて言った。

「何この流れ……はぁ。

 何だか俺も人生、もうどうなっても良いです。混ぜて下さい、痴漢さん。それ」

「ぼ、僕が先なんだぞう!? って、沙衛門さん? ちょっ……くすぐったいですよう☆」

「そ、そんな、私は助けようとしたんですよ? ひどいー!!

……ああっ……悔しい……っ!」

 実際は彼らが互いに髪の毛の束をちょいちょいと引っ張ってみたり耳たぶを摘んでいる程度だったが、るいの表情が艶やかな為、もう完全に違う世界へ。

 電気を消した為に更に怪しい雰囲気の中、二人の変な女性の含み笑いと、被害者である沙衛門の何かに納得した様な、

「ふむ、こういう風になっていたのか」

という呟きだけが響いて消えた。

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