19 全ては愛するるいの為

 ルビノワの話が始まる。

「皆さんこんばんは、ルビノワです。

 今日は特に更新はございません。そこで何となく皆を呼んでみました。まあ、お伝えする事のない日はヒマですし、変な事も起きたりしないと思われますのでここはひとつ。では皆さんどうぞ☆」

 昨日起きた事などはさらっと流して行けば良い、という風に考え方を変えたルビノワ。

(平和な世界での大騒ぎはいつか楽しい思い出になるだろう)

と思ったのだ。そんな彼女の思いをあっさり粉砕するかの様に現れた朧達。沙衛門とるいは上から三角飛びで降りて来た。何やら物欲しげな眼差しである。

「皆さんこんばんは、沙衛門だ。

 ルビノワ殿。今の我々のあくしょん、御覧頂けたかな?」

「ええ、さすが忍法者は違いますね。凄かったです」

「ルビノワさんに喜んで頂けた様ですね、沙衛門様☆」

「うむ。お前のおかげだぞ、るい」

「それより沙衛門様」

「よ、よし」

 ルビノワにおずおずと掌を差し出す沙衛門。その後ろではるいが彼を応援する様に、以前朧から貰ったハンカチをひらひらとはためかせている。

「えーと。何でしょうか? 沙衛門さん?」

 ルビノワが困った様に微笑を向けると、沙衛門がおどおどと切り出した。

「け、見物料を下され」

「……こんな物しかございませんがよろしくて?」

 そう言って彼女が腰の後ろから取り出したのは、刃渡り20センチはある、黒光りするブレードの小太刀だった。海外のメーカー製のそれは

『ブレードの部分がやたら頑丈』

というのが定評で、刃物フェチの彼女の愛用している護身武器だった。

 それが沙衛門に向かって突き付けられていたのだ。ちなみに武器を構える彼女の姿は初公開だった。

「それは日本円に換えられないのではないですか?」

「では、今の話は聞かなかったと言う事でよろしいですか?」

 沙衛門とるいは

「我慢しますう」

と告げると、しょぼくれてしまった。

「何か私が悪いみたいですよ!?

 先日支給された給料はどうしたの? 二人とも」

 小太刀を後ろへしまい込み、ルビノワが訊ねた。

「お小遣いなんてもう無いもーん」

「この人大食らいで新し物好きで、先日など、えーとX―BO○でしたっけ? あれをソフト三本と一緒に買った後に私に服を買って下さったのです。

『最近かんざしの一つも買ってやれなくて済まぬ。これはせめてものお詫びだ』

とか申されまして」

「これ、るい。それは黙っていてくれと」

「いいんです。そうしました所、ゼロの数が二つ三つ違っていた様で、私は

『いいです』

と申し上げたのですが、沙衛門様は

『また稼いで見せるから心配は要らぬ』

と、買ってしまわれたのでございます」

「だってお前に似合っていたし……」

「でも、そのせいでまた沙衛門様は怒られています。いつも私の為に人様に怒られてばかりです。

 そんなの私は心苦しいだけです」

「るい……。

 俺はそんな事はどうでも良かったのだが……済まぬ。また失敗してしまったな」

「沙衛門様は私にもっと厳しくしてくれなくては困ります。優し過ぎるのです、あなたは。

……もう、バカなんだから」

 苦笑しつつ、うつむく沙衛門。その背中を、ぽかぽかと叩くるいの瞳に涙が光っていた。

 それを見て、ルビノワがため息をついて、言った。

「……もう、何で早く言わないの? 友達でしょう? 私達は」

「え?」

 声を揃えて自分を見る二人に、ルビノワは腕組みしながら言った。

「そんなに困っているのにもう、あなた達二人は! 私が主殿に掛け合って何とかしてもらいます。前借りくらい、どうにかなるはずです。きちんとその分は働いているんですし、システムは利用するものですよ」

「前借りか……その選択肢は思い浮かばなかった」

「遠慮し過ぎです。確認しますけれど、沙衛門さん達は別にギャンブルとかしないでしょう?」

「やらぬ」

「私と沙衛門様はご法度にしていましたので、せいぜいルール程度しか知りませんが……」

「ならOK。ご飯は私達と食べてるんですし、後半月位で給料日ですし、五万円くらいあればどうにかなるでしょう?」

「それは、うむ、間違いなく」

「十分過ぎる額です」

 ルビノワは安心した様に手を合わせて微笑した。

「良かった。

 それから今度一緒に外へ出かけましょう? そして物の値段とかを私や朧と覚えましょうよ。ね?

 素敵なお二人の事をエスコートさせて頂くのも結構楽しいものなんですよ? ね、朧」

「ええ、そりゃもう腕によりをかけてコーディネートさせて頂きますよう☆

 今度一緒に一日中付き合って頂きますからねえ? 沙衛門さん、るいさん☆」

「外出? ルビノワ殿や朧殿と、俺達が?」

「嫌ですか?」

「そうではなくて、俺達は使用人の様な者で、立場として……」

「ああ、やっぱりまだ誤解してましたねえ」

 朧が苦笑した。ルビノワも頷く。

「みたいね。

 いい? 二人とも。昔はそれは、身分制度が厳しくて、私達下々の間でも、連帯責任とかで、仕事のクビが飛んだかもしれません。

 でも、今はそういう時代じゃない。戦争はあるし、富裕層の連中はどうだか知らないけれど、少なくとも、沙衛門さんもるいさんも、私達と同じく雇用者で、労働者で、社会的な面でも、同等の権利を持った仲間なんです。

 他人がいたずらに侵害出来ない権利で守られてる、立派な一人の人間なんですよ。それを、どうか忘れないで」


 何を言われたのか、脳が遅れて理解するのを、沙衛門とるいは感じた。

「俺達が……?」

「私達も、普通の……一人の立派な人間……」

「そう、人間。好きな様に生きていいし、どんな立場の相手だろうと、出る所に出れば、昔よりもずっと沢山の法律が守ってくれるんです」

「そうですよう。国毎に法律とかはそりゃあ違いますけどお、それでも、少なくともこの国では、そしてこの屋敷では、お二人は私達と変わらない、かけがえのない一個人なんです」




 言葉を失った。

 まさか……まさか、自分達二人が、その様な待遇に預かれるとは。

 てっきりお役御免だと信じ込んでいた沙衛門の肩が震え出した。信じられない。

 るいも驚いて、口元をほっそりした手で押さえている。

 そして、二人は顔を見合わせた。




 この屋敷に来てからの違和感の正体がやっと二人には分かった。

……自分達は幽冥牢とこの二人の女性に、普通の人間として扱われているのだ。




 どんなに渇望してもここに来るまで得られなかった立場。

 自分達の仲間、そして敵対した者達の一部ですらが死ぬまで渇望し、遂に得られなかった立場。




 沙衛門は実感させるべく、心の中でかつての仲間達と、図らずも敵対してしまった、同じ様な境遇にあった者達に、勝利宣言の如く、こう告げた。


(つらら師匠、七羽師匠。それと、皆。

 俺とるいは、皆のおかげで、夢の様な世界へ辿り着けたぞ……!)




 沙衛門の目から涙が溢れた。

「……か、かたじけない」

「いいえ、私達は何もしてませんもの」

 ルビノワが穏やかな笑みを返した。るいもしゃくりあげながら、どうにか言った。

「ありがとう……ございます、ルビノワさん、朧ちゃん……」

「いいえ、私達こそ説明が遅れちゃってすみませんでしたあ」

「という訳で、スケジュールとにらめっこして休みを合わせて、皆で出かけましょう。

 楽しい所が一杯あるんです。連れ回しちゃうんだから」

 そう告げたルビノワは、まだ実感出来ずに立ち尽くしている沙衛門とるいに近寄ると、二人の肩を抱いてやった。

 二人の忍びはまだまだ実感が湧かなかったが、嬉しいのと申し訳ないのとで、べそをかきつつ少し困った顔をした。




 遅ればせながらやって来た幽冥牢が、朧から事情を聞いて頷いた。

「なるほどね……」

「どうですかあ?」

「いいよ、多額でなければ前借りはOKです。

 この屋敷って、まあ、俺もだけれど、基本的に給料がいいから、前借りって言ってもそんなに多く出さなくても大丈夫でしょうし。

 後でルビノワさんに車を出してもらって下ろして来よう」

「良かったですう☆」

「いえいえ、気付きませんで。こちらの物価がまだ良く分からないんだもの、ヘマして当然ですよね。

 あの二人に悪い事をしてしまったなあ」

「あ、でも、あのう、もし何でしたら、私も少しありますから……」

「朧さん、それは契約違反。それに俺達は働いている事をきちんと評価されている証拠に、月々きちんと給与が支払われてます。だからノープロです。

 それでももし朧さんが沙衛門さん達に何かでお金を使いたいっていう事なら、えーと、コーディネートするんだっけ? そういう形でプレゼントをしてあげるって事でどうですか?」

「いいですねえ! 友達への贈り物とか、考えただけでわくわくしますよう」

「良かった。皆で今度ちゃんと準備して、沙衛門さん達の歓迎会をしましょう」

「楽しい事になりそうですねえ☆」

 そう言いながら、朧は微笑んだ。

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