13 3月と言えば何の時期?
ルビノワの話が始まる。
「皆さんこんばんは、ルビノワです。
今日は五人珍しく揃っていますので、皆でコメントしつつお送りしたいと思います。
では皆さんどうぞ☆」
「皆さんこんばんは、幽冥牢です。暖かくなりましたね。冬よさらば」
「こんばんは! 朧ですよう☆」
「こんばんは、さえたんです」
「皆さんこんばんは。その『さえたん』とやらを買い取ると否応無く付いて来る従者のるいです」
穏やかに小首を傾げつつ微笑するるい。
『職業柄、相手のガードを緩ませて行くのは基本』
という事なのか、素なのかは彼女と沙衛門しかこの時点では分からなかった。
「セットメニューなんですねえ☆」
「朧さんもおひとついかが?」
「この前、とある流れから足腰立たなくなるまでヒイヒイ言わされたので間に合っています」
「ああ、あれね。お粗末さまでした☆」
「……沙衛門さん、俺はまた素敵シーンを見逃しましたか?」
「そうだな。今度俺が主殿に直接やさしーくれくちゃーしてやろう。
その時何があったのかを」
「お尻が痛いのは嫌なので遠慮します」
「痛くないぞ。甲賀者嘘つかない」
自分の前に右掌をすっと出して掲げる沙衛門。
「嘘くせー……そんな事言ってもだーめ!」
「今ならるいも付いて来るが」
「何、だと……!?」
「その程度で揺すぶられないで下さいっ!」
「怒られちゃった……」
声を揃えて肩をすくめる四人だった。
「今日から3月です。3月と言えば卒業や受験の結果発表」
「それにちなんだ、老若男女問わずの上から下までのボンクラグループのトップ交代がありますねぇ」
朧が唇に人差し指をあてつつ虚空を眺め、ろくでもない事を言ってのけた。
(酷い……)
と思った幽冥牢が、それとなく空気を変えるべく思い付いたままに言った。
「それぞれの新しい出発点でのデビュー準備の時期ですね。
『高校デビュー』
とか」
「それは違うのでは……」
「あはは……」
心配そうな表情を向けて来るルビノワに
(そこには食い付くのかよ)
と思いながら、幽冥牢が苦笑する。
るいが懐かしげに呟いた。
「辛い修行で、極限状態まで能力を引きずり出され、人間不信と厭世観に凝り固まった新米の忍びが山から下りて来ます。女性の優しさに飢えているので食べ頃ですよ? ほほほ」
そんな事もあったな、と呟いてから、沙衛門も言った。
「しかしこれが意外に早く死んでしまったりするので、また育てなければならん。そんな訳で、新しい人員補充の為に標的にされた 里から子供のいなくなる時期だ。
俺のいた所では修行を兼ねてか、それも新米がやるが」
「さらっと家出する連中とかは? 『旅に出る』とかじゃなくて」
「海外のある地域ではそういった人たちの人身売買などの組織による取引が増え始めます。まあ、いい見物ではありませんねえ」
会話内容がまた黒くなり始めた。愁いを帯びた朧に沙衛門が目をぱちくりさせた。
「む、朧殿、毅然とした中にも憂いを秘めたその表情、心惹かれるものがあるな」
「それが『萌え』です。沙衛門さん」
幽冥牢が冷静に説明してやると、沙衛門が新たに衝撃を受けた様子で目をしばたたかせた。
「何と。この前主殿のげーむに出て来た、
『新しいアビリティを体得しました』
という奴だな。
俺、まだまだいける様子じゃない? いやっほい」
真顔で万歳する沙衛門。
「沙衛門様、素敵ですよ」
るいが小さく拍手をする。幽冥牢が穏やかに告げる。
「俺も朧さんに惹かれちゃった」
「私は今、ひょっとして人気者ですか?いやっほう☆
あたしに惚れちゃだ・め・よ・☆」
「朧ぢゃ~ん!」
メガホンを構え、親衛隊のようなだみ声で叫ぶ、野郎二人。
「……好きなだけ彼女をしゃぶり尽くせばいいです。くすん」
「何と、ルビノワ殿から許可が……!」
「では、ルビノワさんのお相手は私が。うふふ、寝かせませんよ?」
左手をルビノワの右わきの下から滑り込ませ、背中をゆっくりと這わせつつ、彼女のあごに右手をかけ、優しく指でなぞるるい。しっとりと潤んだ双眸で彼女を優しく見つめる。
(この人のペースに……呑まれそう……)
思わず切なくなり、吐息が漏れそうになったがそれを堪え、眼鏡の位置を右手でついと直しつつるいの右手を優しく戻すルビノワ。
「睡眠を取れないのはちょっとね。遠慮します」
「あら残念☆ ほほほ」
「出鼻をくじかれて脱線し、物騒な話題だけになったので話を戻します」
「ごめんなさいね。ルビノワさん」
穏やかにるいに頬笑をルビノワは返し、本題に戻った。
「では、今日のお知らせです。
各コーナーのメニュー画面でフライング通知でお知らせしましたが、
『リンクロワイアル」のコーナーにゲームメーカーさんを一件、新たに加えさせて頂きました」
「ああ、ご主人様がやっているのを見ましたよ。可愛い子ばかりじゃないですか。しかもHで二倍お得ですねえ☆」
「……引き篭ろうかな」
「胸中、お察しする、主殿」
「恐れ入りやす。
あの、俺はね、Hもそうだが、その先にあるものを求めていつもプレイしているのさ」
「ご、ご主人様」
「ふふふ、なんざんす?」
「幽冥牢ぢゃ~ん! いぇー!!」
朧と沙衛門がメガホンを握り締め、やはり凄いだみ声を張り上げた。
「朧さんはともかく、沙衛門さん! あんたそれでもいいんですか!?」
「駄目……かなあ……?」
何処からか吹いてきたそよ風に揺れる前髪を軽く抑えながら優しく微笑する沙衛門。
「うう……! だ、誰か~」
「もうっ、沙衛門さんっ! ご主人様を好き勝手絶頂に扱って良いのは私とルビノワさんだけですよう!!」
「そうそう、全く……ん?」
沙衛門とるいが真顔で挙手し、声を揃えて言った。
「我々も混ぜて下さい」
「ではこちらにお名前の記入を。会員規約及び会員特典は別紙の要項を良くお読み下さい。入会費はなしで会費は年二千円です。会報がふた月に一回届きます。
今、入会すると五種類のデザインの中から好きな会員証を選べますよう☆」
営業スマイルで朧がボールペンと謎の書類を差し出すと、
「そそくさ……」
と口にしながら、頬を期待に染めた沙衛門とるいが楽しげに記入して行く。さすがは潜入任務の人と言うべきか、読めない書道の文字程ではなかったが、恐ろしく達筆であった。
「いやいやいやいや、そんな怪しい書類にホイホイサインしちゃ駄目ですよ、お二方!」
「そうですよ、世の中には怖い事が一杯あるんですよ、二人とも!!」
幽冥牢とルビノワの叫びには振り向きもせず、会員証の見本に群がる二人の忍び。
「わあ、どれにしようかなあ」
いつものむっつり顔で、感情の起伏に欠けた声を発する沙衛門。しかし心なしか楽しそうな雰囲気が漂っている。
「二千円で主殿を好き勝手絶頂に出来るなんて、何てファンタスティックなんでしょう☆」
「なまものだし、皆の共有財産ですから壊しちゃ駄目ですよう?
これは朧お姉さんとのお・ね・が・い☆ ちゅっ☆」
二人の頬に熱烈なキスをぶちかます朧。
「朧殿から口付けされたぞ、るい!」
「お金を払うと朧さんがキスを……転生もあながち悪い事ばかりではありませんね、沙衛門様☆」
喜ぶ二人に朧は笑顔のまま告げた。
「あ、会費は先払いでお願いしますねえ?」
「あいや、失礼。これで足りるかな?」
「これ、私の分で」
懐からひとまずの数か月分の生活費として支給した金の一部と思われる分が収まったと思われる長財布をそれぞれが取り出すと、あれよあれよという間に朧に支払ってしまった。
「何スムーズに運営してるんだこらっ! その金二人に返せっ!!
懐にさも当然そうにしまうなっ!!」
主の声が聞こえているのかいないのか、嬉しそうに口笛を吹きながら今二人が記入した書類をてきぱきとチェックしていく朧。青ざめた顔で幽冥牢が絶叫する。
「怖い! 何これ怖い!!
ルビノワさん、これいいの!? というか、俺はやっとこさルビノワさんの苦労が理解出来ました! 何だよこれぇ!? 怖い!」
その幽冥牢の耳朶を、ルビノワの醒めた声が舐める。
「予測通りの事態に突入しました」
「あぐっ!?」
「今の内にお知らせをしておきます。チャンスよ、ルビノワ!」
拳を固め、自身を鼓舞するルビノワ。
「『過去の色々……』に」
「ルビノワさん、話を聞いて!?」
仕事は黙々と片付けるタイプのルビノワは華麗にスルーした。
こうして新たに幽冥牢愛玩会員が二人加わってしまった。そのメンバーである沙衛門とるいは、朧の、会員特典の説明に、瞳を輝かせながら耳を傾けている。
「あれだ、これ、テレビで見た事ある。ヤバい集まりですっかり駄目になった人達のアレだ。
同じ顔してるもん! 何とかしてよ、ルビノワさん、これ! こっち見て!?」
無視する。
「『小説の魔』コーナー内の『主とメイドの黄昏……』の内容を更新致しました。私の後ろの忍び二人の経緯が少し分かります。さっきまでホロリとしていたのに何だかあの二人、元気一杯です。
まあ、二人一緒だから元気がいいのか。やらせておきます。
今日のお知らせは以上です。では、続きをお楽しみ下さい。
ルビノワがお届けしました。ごきげんよう……」
冷徹さを惜しげもなく披露してまとめ、後ろの騒動をちらりと見てからぼそりと呟くルビノワ。
「ゴールド会員になっておいて良かった。最優先で会えるから用件を伝えるには持って来いだし。
さてと、かーえろ帰ろ」
「ゴールド会員、だと……!?」
「ですよう? 現在ルビノワさんが会員ランクとしてはトップに君臨していますねえ」
震撼する幽冥牢に朧がさらっと言ってのけた。そのランクの会員特典の説明を要求する幽冥牢と彼に抱き付いて狂喜する沙衛門とるいの声をよそに、テーブルの上の書類をまとめ、ルビノワは立ち上がった。
てくてくと、割とスペースのあるその部屋のドアへ歩いて行く。ふくらはぎの辺りまである彼女のポニーテールが揺れる。振り返る気配すらなかった。
「ああっ、ルビノワさん、これ何とかならないの!? 飯奢るから何とかしてよ! おーい!! ルビノワさーん!
大好きだから助けてー! ぷりーずかむひあ!!
自分の知らない一面を剥き出しにした人達に売られるー! 怖いー!!」
ドアノブに手をかけたルビノワの動きが止まった。小声で呟く。
「……『大好き』か。
やれやれ、しょうがない主殿だこと」
口ではそう言いながら、何だか嬉しそうにそちらへ向き直り、歩いて行くルビノワだった。
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