忍びとくノ一のはみ出し会話 1

 ルビノワの話が始まる。あの騒ぎの翌日の事だ。

「皆さんこんばんは、ルビノワです。

 グッバイ、2月。さらば、2月。永遠にお別れ、2002年の2月。

 という事で、2月も今日までです。皆さんも二度と来ない2002年の2月にお別れを言ってみるのは如何でしょう。いつもとは違った風に世界が見えて来るかもしれません。

『見える訳ない』

などと言う野暮な事はおっしゃらずにひとつ」


「昨日はホントにお騒がせ致しました。反省!

 主殿も今朝には機嫌が直った様で、普通に私達に接してくれました。あのままだったらどうしようと思っていましたが、これで一安心です。

 他の三人に代わって。ごめんなさいね、主殿」

 ブースの外へ彼女が目をやると、幽冥牢が穏やかな視線を返しつつ、手を振ってくれた。次第に暖かい季節になっていた事で、本日のルビノワはハイネックの薄手のセーターを着ていたが、その豊かな胸元に軽く握った拳を当て、ほっとした笑顔を浮かべるのだった。


「ではお知らせです。

『映画紹介』のコーナーに沙衛門さんとるいさんが担当として付きましたが、彼らの専用おしゃべりコーナーとして、『忍びとくノ一のはみだし会話』というコンテンツがスタートしました。

 あのお二人のキャラを良く知りたい人には良いチャンスです。是非覗いてみて下さい。

 また、『映画紹介』のメニューの所に私達ナビゲーター四人の冬場の一シーンをアップしました。昨日のここでの張り合いが嘘の様。もう皆とっても仲良しです。良かった良かった。

 そういう事で、主殿と四人のナビゲーターを今後ともよろしくお願いしますね☆


 今日のお知らせは以上です。ルビノワがお伝えしました。では、ごきげんよう……」




 当時、サイトには映画レビューのコーナーを置いてあった。沙衛門とるいにはひとまずそのコーナーでやりとりをしてもらう事にしたのだった。

「今日からこのこーなーに常駐する事になった鬼岳沙衛門だ。呼びにくかったら

『さえさえ』

とか

『さえたん』

という愛らしい呼称で呼んでくれても構わん。気分は

『どんと来い上○』

という奴だ。

『ヒーロー気取りの上○』

とも言う様だ。主殿が優しく教えてくれた。主殿、さんくす。

 意味は詳しく知らないが、それで良い。泣きながら耐える。

『人付き合いはあだ名の付け合いっこから始まる』

と孔子も言っているしな」

 るいがうやうやしくツッコミを入れる。

「その様な話は全く聞いた事がありませんよ、沙衛門様。

『それ、絶対騙されてますよ、上○さん』

という奴ですよ。困ったものです。ほう」

 桜色の唇から、何やら妖艶な溜め息。

「はははは、まさかその様な童の真似事を主殿がすると思うか?」

「既にしてます。あなたに」

「がーん」

「沙衛門様一人だとあっという間に掌の上で転がされてしまいますよ」

「信じてたのに、くすん。

 ぬううう、主殿。どうしてくれよう。……そうだ。たらし込んでやろう」

 一瞬るいの頭に困った映像が浮かんだが、

(忍びとはそういう仕事も平気でしなくてはいけないのだ)

という悲哀にも似た決意が、沙衛門に対して

『止めて下さい』

と言うのをとどまらせた。くノ一の覚悟、恐るべし。

……まあ、その様な仕事は誰も頼んではいなかったが。

「ようございます。ならば私が『ビデオ』とかいう映像を取り込む幻術を使う箱で、その一部始終を撮らせて頂きます。

 その上で、朧さんに『裏ルート』とか言う物で流して頂き、金銭に換えて私達の蓄えにするのです」

「でかしたぞ、るい。

 しかし、その様なるーとを朧殿がホントに把握しているのか?」

「その点は抜かりありません。彼女に訊ねた所、

『良く分からないですけど、いいですよう♪』

と申しておいででした。勝利は目の前ですよ、沙衛門様」

「良く分からないのにいいのか?

……恐ろしいやり手かもしれぬな、あのおなご。

 よし、何だか怖いから仲良くしておくのだ、るい」

「何やら腰抜けマフィアのボスみたいですが承知致しました。

 でも、沙衛門様も悪うございますよ。あんまり適当な事を申されますと、私はあなたのお尻を引っぱたかなくてはならなくなります。……って失念しておりました。

 後先になりましたが皆さん初めまして、るいと申します。今後ともよしなに」

「たまにはそういうのも良いかも知れぬな……。

よし! るい、今夜にでもれっつとらいだ。そういうのは試した事がないからな」

「そのスケベ根性丸出しの所をもう少し何とかして頂ければ渋くて素敵なのに……」

「お前にそういう事は言われたくないぞ。

 そもそもこのこーなーについてまだ一言も触れていないではないか。こんなザマではすぐにお役ご免になってしまう。そうなったらあの主殿の事だ、我々をどういう辱めに遭わせるか分かったものではない」

 るいが困惑に紫色の瞳をその長いまつげの下で揺らしながら、口元に軽く握った拳を当てつつ言った。

「辱めを受けない為にも頑張らなくてはいけないですね」

 生活して来た時代が時代なので仕方のない事だが、彼らの脳内では基本的に

『主=暴君ゲス野郎』

の公式が揺らがない模様である。あながち間違いでもないのが実に嘆かわしい。

「そういう事になる。困ったものだ。

……そうだ、ならばいっその事、そういう『ぷれい』という事でどうだ?

『頑張らなくちゃいけない私』

と、自分から思い込む事でその事に対する恐怖心を克服して、しかも今なら何だか気持ち良くなって行くというおまけ付きでまさに一石二鳥だぞ」

「こんな人が担当で務まるんでしょうか。私は凄く不安です」

「ならばるい、お前は俺をその様な目に遭わせない様に頑張るという『ぷれい』だと思うがいい。

 これで気分よく仕事が出来ると言うものだ。ふふふ、ちぇき」

 穏やかに微笑みながらピースサインをしてみせる沙衛門だった。

「なるほど!さすがは沙衛門様!

お仕えしてきた甲斐がありました。では早速」

 何やら頬を赤く染め、もじもじしながら平静を保とうとするるい。変に息が荒い。

「そうだ、やれば出来るではないか。可愛いぞ、るい。

 ふふふ、見ていて下され主殿、この沙衛門、必ずや大命を果たして御覧に入れましょうぞ!」

「ちなみにここは主殿が自分の見方で見た映画紹介のコーナーです」

「あっ、ずるい……ぷう」

 醒めた眼差しで台本に

『何を話しててもいいですけれど、これはきちんと説明して下さい』

とチェックの入った所を読み上げたるいに、沙衛門が不平を漏らし、ふくれっ面をした。

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