メイドと秘書のぼやき 3
いつもの大衆居酒屋、いつもの席、いつもの二人。
何も変わらないいつもの飲みに来た二人の様子である。今日も一日の仕事を終え、乾杯しているルビノワと朧であった。
「ふう、おいしい♪」
「同感。今日も一日お疲れ様」
「お疲れ様です~」
「ところであなた、CD買ったって言ってたでしょう。何買ったの?」
「ああ、そうでした。えーと……」
自分のバッグの中からいそいそとそれを取り出し、差し出してみせる朧。
「これです~」
「なになに? 『○'ve ギャルズコンピレーション2』……知らないなあ。何の人達?」
「あのー、PCの美少女ゲームの曲とかをよく作曲しているグループらしいんです」
「えーと、Hゲーとかのジャンルの方ね?」
「ですです」
「ふーん、そうなんだ。
でも何で知ったの? あなたはギャルゲー関係で遊んでたっけ?」
「昨日ご主人様が
『こんなん買ったよ~。聞く?』
と言って聞かせてくれたんです。それでファンになりました」
「で、買っちゃったんだ」
「普通に良い曲が多めですよ? 正直言うと、
『安心して聞ける』
と言いますか、ディスク2が好きです」
「そもそも何で主殿はこれを知ったんだろう」
「やっぱりその、
『Hゲームのエンディングでかかっているのを聞いたら何だか凄く良くて調べた』
と言ってました」
「ああ、そうか、主殿もたしなむんだものね。
って何か顔が赤いわよ? もう回ったの?」
「いえ、その、
『私もやってみようかなあ」
って思って」
「ええっ!? あなたが?」
目を丸くするルビノワ。
「駄目ですかあ?」
「いや、駄目じゃないけど、どうかなあ……何かそういうのを始めるにあたって抵抗はないの?
『買いに行き辛いだろうなあ』
とか、
『知人に見られたらどうしよ~』
とか」
「通販もあるみたいですからだいじょぶです。それにそういう場所で会う知人はせいぜいご主人様くらいですから」
「あなたは元気に挨拶しそうね」
「?そりゃしますよう。何たって出かけた先で知人に会うと楽しいじゃないですか~」
「主殿、今更だけど引き篭ったりして」
「何でそういう所で挨拶すると引き篭るんですかあ?」
(あう~……)
困惑の表情を浮かべ、
(そうだ、こいつは筋金入りの天然だったんだ)
と、ルビノワは思い返して、それとなくアドバイスしてみた。
「だって恥ずかしいでしょう。男の人は」
「今更ですねえ」
「そうね、
『バレバレですよ』
って思うわね。でも、それで開き直ったらはっきり言ってオヤジなのよ」
「でも26のご主人様にそういうのを期待するのも何か重荷かもしれませんよ?」
「期待してあげなさいよ。最後の境界線なんだから」
「オヤジとオジさんを分ける境界線ですか?」
「そう。その似て非なる二つを分ける最後のラインなんだから。だって嫌でしょう?
『うへへへ~』
とか言いながら、シラフの状態で品の無い行動をいつでもどこでも平気でやる男って」
「武器商人に
『ウージーのサブマシンガン一丁!』
って注文したくなりますね。
『遺体処理業者もよろしく!』
とか言って」
「でしょう?」
「ええ。引き金が軽くなりますね」
苦く微笑んではいるが、朧は本気だった。親友だからこそ分かるこの雰囲気。恐ろしい。
「だからよ。身近な友人にそう思ってもらえれば喜ぶわよ、きっと」
「『オヤジにならない様に頑張ろう』
って思ってくれるでしょうか?」
「誰かに期待してもらえば変わるわよ」
「『キューティーハ○ー』
に変身ですか?ルビノワさん」
「そうじゃないっ! 期待しろって話よ!」
「ルビノワさん、応援しちゃいますよう☆ ちゅっ☆」
「違う!
『主殿に期待してね☆ ウフ☆」
って話よ! ほっぺにチュ―するなっ!!」
自分も乗っかっているという自覚のない女、ルビノワ。
「ああ、そっちですかあ! 分かりましたあ!
四六時中ご主人様の情報収集に励んでオヤジにならない様に頑張っているか、目を光らせます。
やるぞう☆ ウフフ」
「そこまでしなくていい。と言いますか、あなたは子供を信用していない金持ちの親か!
私でも逃げるわっ! そんな環境!!」
「駄目でしょうか」
「控えめにでいいのよ。変にやる気を出さなくてよろしい。
『ウフフ』
って何よ。気味悪いなあ」
「分かりましたあ。では控えめに目を光らせますね」
「一寸見て声をかけてあげたり、労わってあげたりするというのでいいって・・・」
ヘロヘロになってきた自分を省みて
(私は絶対に教師にはなれない)
と痛感するルビノワ。
「では
『一寸見て声をかけてあげたり、いたぶってあげたりする』
という方向で」
「自分の雇い主を拷問するな!」
「うう……私、怒られてばっかりだあ! わーん!!」
「私が泣きたいと言いますか、あんたが泣くなっ!」
けろっと泣き止む朧。
「一緒に泣きましょうよう☆」
「……。
ああ、もう分かったわよ。いつもの調子でいいです。優しくしてあげてね」
「彼は優しくしてくれるでしょうかあ。やだ、恥ずかしいっ☆」
照れくさそうに微笑しつつ、赤くなった自分の頬を両手で覆う朧。その彼女の襟首を
『むんずっ!』
と掴むルビノワ。
「戻って来い!」
懇願の叫び。
「うー。話が二転三転して何だか眠くなりますよう……ふぁ~」
「起きててよう、もういいから。
ゲームの話を戻すけど、あなたの場合のめり込むと突っ走るから怖いのよ。グッズとか一杯買うじゃない」
「買いますねえ」
「ムックとかフィギュアとか買っちゃうでしょう」
「そうでしたねぇ……☆」
うっとりとした目で虚空を眺める朧。
「ああ、やっぱり駄目だこの子は……趣味で破産するタイプなのよ、あなたは。
『趣味貧乏』
って奴?」
「そうなったらお金貸して下さいね、ルビノワさん」
「な、何故私が?」
少しもじもじしながらルビノワに擦り寄る朧が小声で話しかける。
「あのっ……ちょっとなら……その。えーと、え、えっちな事されても応えて差し上げますから。
ね?」
「いや、ちょっ……何で私があんたの欲望成就の為にあんたの身体を所望しなけりゃならないんだ……ああ、もうやだ~。
何なのよあんたホントに……」
ルビノワが眼鏡を外し、おろろとハンカチで鼻から下を覆いつつ涙ぐんだ。
『何やら自分の預かり知らぬ所で辛い事があった様子の、 しくしくと泣く大事な大事な親友』
を何も言わずに優しく抱きしめつつ、朧が囁いた。
「どうしたんですかあ……? 何があったのか分かりませんけど、私がついてますからね。大丈夫。
ね、ルビノワさん☆」
自分を優しく抱きすくめる朧の豊かな胸に顔を埋めながら、
(徹頭徹尾あんたが原因だ~……)
と、心の中で呪詛の様に呟くルビノワだった。
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