9 幽冥牢、弄ばれる
ルビノワの話が始まる。訳あって、サイトを独立させたその後のお知らせだった。
「皆さんこんばんは、ルビノワです。どうにかこうにかのれん分けの作業は問題なく進行しています。
今日は朧を呼んでありますので、のれんわけの近況などをちらほらと明かそうかと。
えーと、朧さん、どうぞ」
何故かスモークがこれでもかとばかりに焚かれ、中から現れる朧。事前に聞いていなかった為、身の安全を図ろうととりあえずしゃがんで姿勢を低くしてスピーチ台の影に隠れようとしたルビノワを、朧の、その足首までを包んでいるブーツの底が思いきり踏み付けた。
「あうっ!」
「こんばんは~、朧ですよう!
……あれ? ルビノワさん?」
「痛い痛いっ!」
「声はすれども姿は……ああ、もしかしてサボりですかあ?」
「下にいるわよっ!」
「えっ!? あらあら駄目ですよう、ルビノワさん。盗撮しようとしちゃあ」
ひょいっと飛び退く朧。
(困った人ですねえ)
という表情を浮かべながら、ルビノワを優しく抱き起こした。
「誰がするか。踏まれたのよっ!」
「私にですか?」
「乗っていたでしょ。今の今まで」
「すみませ~ん……」
「まあ、しょうがないわね。あんな所にしゃがんでいた私も悪いんだし。仲直り」
仲直りの時のハグを二人は交わした。
「良かった良かった。これで元通りですねえ」
「では改めてご挨拶を」
「皆さんこんばんは。今日は思いもかけないような経験が出来て胸の鼓動も激しい朧ですよう☆」
「それは
『ルビノワさんを踏んづけたらお返しに抱擁をぶちかましてくれちゃった☆ テヘ☆」
という事ですか?」
「今度はぜひ裸足でお願いします。ドキドキ☆ 嗚呼、裸足かあ……」
『一寸カメラ止めて』
とでもいうかの様なジェスチャーをするルビノワ。幽冥牢が進行をそれとなく記述しているのだが、それをやめた。
横の席で妄想に耽っている朧の首に左腕を回し、ヘッドロックをするルビノワ。刹那の出来事だが、素早くそちら側に左手首を差し込み対抗する朧。頬は赤く染まったままだ。
本当にいつもの事である様子。ガクガクと揺すぶられる朧。
「あんたはっ! あんたって人はっ!!
くぬっくぬっ!!」
「何だか密着度が高くて恥ずかしいですよう! 抱擁とは別の興奮がっ!はうああぁあぁあ~☆」
「……ええい、この特殊な変態め! どうすれば治るんだっ!
このこのっ!!」
「はあっ、あああっ、ルビノワさんっ……ルビノワさぁん☆
私っ! 私っ……ああっ!」
朧のそれは、
(いやはや、最初からR18登録の話にしておいて本当に良かった)
と幽冥牢に思わせる嬌声へと変わっていた。
「……ならこれでどうかしらっ!?」
おもむろに腕を解き、鮮やかなスピードの小足払いで転ばせて尻餅を付かせると、そのまま彼女をうつ伏せに引っくり返し、そのまま足首を取り、クロスさせ、ガッチリと固めるルビノワ。
「ああっ! そんな事までぇっ!
神様っ、私は今大変な事をされていますっ!! というより私の恥ずかしい所が大変な事になって来ましたっ!!」
ぜいぜいと息を切らしつつ、訊ねるルビノワ。
「さあっ、朧ちゃん!?
『ごめんなさい』
はっ!?
『今回のような事は二度と言いませんから止めて下さい』
はっ!?」
「あああ……こ、言葉攻めまでぇ……!☆
こんな私にこれ以上の何をお望みなんですかあ?」
頬を上気させながらの涙目で見上げる朧。本来の効き目が全く見られない事にルビノワは戦慄した。
だからこそ叫ぶ。
「『謝りなさい』
って言ってるのよっ!!」
「あぁあぁぁあああっ!
壊れちゃうよ……ううっ、はあはあ、ああっ……!」
「もうぶっ壊れているくせに今更何を言うかっ!」
「もう駄目駄目駄目ぇ~!! 姦淫して下さいぃぃぃいいいああぁっっっ……」
「『堪忍』でしょう? 変な日本語ばかり覚えてこの子はっ!」
二人して髪を振り乱して息を荒げながらの激しい精神的攻防が展開していた。朧はいつものメイド服で足を解こうとバタバタさせながら切なげに喘ぐし、はっきり言えば
『出血大サービス』
という光景でしかなかったが、その事に全く気が付かない二人。
ルビノワが
(そろそろ解いてやろうかな)
と思ったその時、幽冥牢がスタジオに入って来た。
「あー、
『変なキャットファイトを俺の知り合いがしている』
というので見に来たんだが、ここかね?」
慌てて朧の足を解き、手ぐしで髪を整えると、素早く身なりをチェックし、完全に腰が砕けているメイド服の親友を助け起こすルビノワ。朧は
「せっかちですよう……もっと時間をかけて可愛がって下さいよう……☆』
等と虚ろな眼差しで言っている。頭を叩き正気に戻そうとするが、駄目だったので放っておく。
慣れた手付きで彼女の服の埃も叩き落とす。素早いものだ。
「……もうしないの?」
不思議そうに幽冥牢は首を傾げた。
「ええ、もう仲直りしましたから」
『ぎちちち……!』
という音を立てて手の甲が真っ白になるほど握り拳を固めながら、何が何でも状況を元に戻すべく、ルビノワは決意も固めて微笑した。
「で、どちらの勝ちなんですか?」
「えっ? な、何がですか?」
「ルビノワさんの優勢勝ちという事でよろしいでしょうか」
「ええ……え?」
「はい、結果出ました! 俺、朧さんが負ける方に三万円賭けてたんだ!
ひとまずどうなるのか知らないけれど、その三万円は戻って来るよね!? やったね、イェーイ!!」
幽冥牢は万歳をした。
「Yes!」
と嬉しそうに拳を固めても見せた。
「あの……どういう事ですか?」
事態がさっぱり見えないのを訊ねただけなのだが、幽冥牢が改めて万歳したまま固まった。
「あ、あれ? 聞いてません?」
「全く以て。綺麗に。何にも」
「えぇ~……?」
アーモンド色の瞳が縁なし眼鏡の奥からまっすぐに幽冥牢の瞳を射抜く。いつのまにか改めて朧にヘッドロックをかましながら。
(あれだ、よくある
『何もしてなくても殺されるパターン』
だ……!)
そう考えた幽冥牢は目をしばたたかせ、ひとまず腕を下ろしてご機嫌そうな佇まいをやめ、背筋を伸ばすと、咳払いをし、告げようとすると。
「何も聞かずに殺したりとかしませんよ? そういう事はしないと決めてますから」
幽冥牢が今度こそ硬直し、その顔から見る見る血の気が引いて行った。ルビノワは穏やかな雰囲気を作ろうとしたのだが、欠片も効果がなかったのだと気付く。
しくじった、幽冥牢と朧と三人で色々揉めたりした末の関係性なのに、彼に命を断ち切られる寸前の人間の顔をさせてしまった。
今度はルビノワが両手でジェスチャー豊かにあたふたする。朧にヘッドロックを解かれるのも構わずに言った。
「あ、あの、つまり、
『普通にお話して下さいね』
という事で」
幽冥牢が顔をしかめた。彼の口調で言うなら
『何言ってんだよう』
といった所だろう。彼は完全にこちらが殺人者として対峙していると誤解している。嬲ろうとしていると思われている。
何と酷い状態だろう。それでも、距離を取ろうとした朧の方を見ようともせず、風を切って伸びた手が彼女の襟首を改めて捕まえた。
「こんな事をしていますが、もうあの時の様な私じゃないので」
「本当に?」
「本当です」
危険信号が鳴りっぱなしなのだろうが、ルビノワが穏やかな雰囲気を作るべく表情を和らげて見せると、
「むぅ……」
と唸って、幽冥牢が精神的なガードを下げたのを察した。逃げようとするのをやめ、様子見の対峙に切り替えた野生動物の子供を連想させた。
(まずい、この人すごくちょろい)
とか思ってしまったが、それを頭の中で振り払い、微笑さえ浮かべて問いかける。
「ね? 普通に教えてくれたら怒りませんから」
彼は吐息を漏らして、告げた。
「あのう……あのね? 先程朧さんが
『ルビノワさんに私が今日もしてやられるかどうかというのでトトカルチョをしませんかあ?』
と、お話を持ちかけて来られたもので、す、けど……あの、ルビノワさん? 目が怖いです」
あくまで穏やかに、しかし相手が素人なら間違いなく失禁しそうな底冷えのする冷たさで、ルビノワは言った。
「自分の部下で賭けをしないで下さい……!」
「ひっ!
……ふええ、ほら怒ったじゃんかー!」
幽冥牢が期待を裏切られた感大爆発の様相で泣き出した。ルビノワは肩を落としつつも、朧の脳天にげんこつをぐりぐりと押し付ける。朧が
「んもう、うふふ、ルビノワさん、痛いですよう☆
いたいいたいいたい、やめてやめて☆」
と、楽しげに笑いながらルビノワの手にそっと自分のそれを添えつつのたまっているが、無視して言う。
「いやそれ、普通は
『怒りたくもなるんじゃないかな』
とか思ってはもらえないものでしょうか」
「そうですけどさー!
『今日はもしかして』
とか私のくじ運の悪さを無視して悪魔が囁いたんですよう!!」
「尚悪いじゃないですか! 主殿は思考をもう少し自分を発展させる方でネガティヴに保つべきじゃないですか!?」
「だってさ……返す言葉が全く見つかりませんが、自信満々に朧さんに言われちゃって」
「まあ、私も勝つつもりなんかゼロでしたけどねぇ」
「酷いやぁ、それ、所謂『出来レース』って奴じゃーん! いっつもそうなんだあ~!!
ううう、怒らないで下さいよう! ルビノワさあん」
某海の幸系の姓を名乗っておられるご一家の長男めいたシャウトを放つと、目の幅涙をぶわっと流しながら、幽冥牢は哀れっぽくルビノワに縋り付いた。
「大嘘を平然とつきながらずいずいと迫らないで下さいっ!」
「じゃあ怒りませんか?」
「それとこれとは別ですっ!」
「酷いやぁ、ルビノワさぁん!」
「だからその某一家のご長男風のシャウトは危ないですからやめて!」
「ご主人様にどんなお仕置きをするんですかあ? 私も混ぜて下さいよう」
「あんたは黙れ」
「Oh……」
めそりつつ縋り付いている幽冥牢のほっぺを引っ張り、脳天をげんこつでぐりぐりされているのにも関わらず、頬を染めてうっとりしている朧を捨て置き、ルビノワはまとめてしまう事にした。
今日の準備で行った事は『タイトルページ作り』と『それで使用する絵を描いた事』でした。
ルビノワがお伝えしました。ごきげんよう」
「記録者がいませんよう?……ああ、そういうのが好きなんだ!
ルビノワさんてばマニアック☆」
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