3 朧とネグリジェと潜水艦とバレンタインデー

 ルビノワの話が始まる。丁度あの唐突な告白をした翌日の事だった。

「皆さんこんばんわ。ルビノワです。先日はお騒がせ致しました。

 フクロウサイド・屋敷の主の幽冥牢以下一同、今日から初心に返って頑張りますので今後ともよろしくお願いします。


 ではお知らせを。

『うがった見方の映画凶室』に『ゾンヴァイア』(その2)をアップしました。

 他の同コーナーの項目や『前口上……』も読みやすい様に調整しましたので、初めての方や

『一寸見てみるか』

と興味の湧いた方はどうぞ御覧になってみては如何でしょうか……」


 今回も特に問題なども発生せずに終わった。

(やはりルビノワさん一人にお願いした方がスムーズに進む気がする……)

 そんな事を、屋敷の自室として割り当てられた部屋で、PCモニタを眺めながら考えていたのだが、その翌日に迫っていた世間で言う所の一大イベントと、雇用した女性二人の関連性を綺麗さっぱり忘れていた。

 普段縁がないからだ。妬みもそねみもない。そのレベルにもよるが、意中の女性からのチョコ欲しさにドン引きする程悶絶していたり、犯罪に走りかねないほど敵意を全身からみなぎらせている同性らを見て

『あ、ああはなりたくねぇ……』

と我に返ってしまうのだ。なので、

『あー、バレンタインデーね、はいはい』

というスタンスで、平気でチョコだろうが何だろうが買って食べる。あまりいい思い出もない。

 そんな感じなのでその翌日も変わらずに迎えた。今の彼はまず雇用主としてのルビノワや朧との人間関係の維持、そして、自分のサイトの更新に夢中なのだ。




 ルビノワの話が始まる。

「皆さんこんばんわ。ルビノワです。

 今日は特に更新した所はありません。しかし、

『『更新していない』

というお伝えはせよ』

という契約条件ですので、これからも更新のない日でもこうしてお伝え致しますので、情報のひとつとして受け取って頂ければ幸いです。

 で、今これを御覧の方はげんなりして帰ってしまわないとも限らないと思いますので、何となく朧を連れて来て話をする事にします。起きていれば良いんですけど」

 この部分は完全にルビノワに任せてあるので、妙な来客でもなければ幽冥牢も口は出さない。おもむろに携帯を取り出し、朧スペース(後述の注釈参照)にかける。

 応答はあった様で、まもなくスタジオに姿を現した朧。その姿を見たルビノワの眼鏡が激しくずり落ちる。

 何故なら彼女はその……目の醒めるような白いネグリジェ姿だったからだ。素の状態で、白くてすべすべしていそうな豊かな胸の谷間が拝めるという罪作りなデザインに、親友なのも忘れて見入ってしまった。

 それだけならまだしも、その上に渋い藍色のどてらを適当に羽織って現れたからだ。小脇にふかふか過ぎてかえって疲れそうな枕を抱えている)

「皆さんこんばんわあ。ルビノワさん、お仕事お疲れ様です。

 私が来たからには大船に乗った気分でいて下さいねえ」

「沈みかけの潜水艦に乗っていた時の事を思い出したわよ」

「そんな事もありましたねえ。あの時の皆の慌てぶりと言ったらありませんでした。

『そんなに皆で慌てていたら、振動でもっと景気よくスピード上げて沈んじゃいますよ?』

って言ったら艦長さんに

『じゃあこの緊迫した状況下で落ち着いているお前が何とかしてみろ』

なんて言われちゃって」

「何とかなっちゃったのよね」

「そうなんですよねえ。

 その前に

『もし皆を無事に助けられたらお前らの行く国の通貨で五百万円払ってやるぜ』

なんて言っちゃったから、ホントに払う事になっちゃって、何だか一寸不憫でした」

「そりゃ

『皆をスタングレネードで気絶させて乗員をワープで近くの陸地に運んで助ける』

なんて考えもつかないでしょうよ」

 幽冥牢は眉を寄せた。『ワープ』。ゲーム会社でない事は確かだ。

 どんなスキルなのだろうか。使い捨てなのだろうか。後で聞いてみよう。

「で、あなたも私も皆が気付いてから散々どういう方法を使ったか聞かれまくったのよね。

 それで疲れたのとメンド臭かったので言わなかったのよね、私達」

「私が説得したんですよね、皆さんを」

「と言いますか、いきなり

「折角助けたのに何でそんなにいじめるんですかぁ? 皆さんの事、大好きだったのに。信頼してたのにぃ!!

 死んじゃったらお終いなんですよっ!? 私、悲しいですっ!! ばかぁっ!!」

とかぼろぼろ涙こぼして言ったら皆して何か黙り込んじゃったんでしょうが」

「何か、あの時だけは皆さん可愛かったですね☆

『オレ達が悪かった。謝るからもう泣き止んでもらえないだろうか』

とかってしょんぼりしちゃって。

 艦長さんも

『これは助けてもらったお礼とせめてものお詫びだよ、勇敢なお嬢さん達』

とか言ってすぐに日本円でもらえる様にって小切手切ってくれて。

 良い人達でしたあ」

(泣き落とし詐欺のような気がしたけどね、私は)

と思うルビノワ。

「でも、すぐ泣き止むと変だからって、しばらくしゃくりあげてたのよね。

『わかりましたあ。皆さんも助かって良かったですう。

 びっくりして泣いちゃって済みませんでしたぁ☆ ごめんなさーい……』

とかあんたが言ったら、皆、感極まって泣きながら抱きついて来てもみくちゃにされて大変だったわ」

「ルビノワさんも駄目押ししたじゃないですか。

『分かってくれれば良いです。こんな事で喧嘩したくないし。皆助かって良かった。

……あ、ごめんなさい、安心したら、あれ、涙が。あれ……やだ、変だわ、私。

 恥ずかしいから見ないで下さい。お願い……」

とかいって、感じたっぷりにハンカチで涙を拭くからですよう。潰されちゃうかと思いました。

 まあ、そこだけ切り取ったら場面的には感動のシーンだと思うんですけど、実際はそうじゃないですもんね~。

 結果はなし崩しにお咎めなしで済んだし。お金は二人で全部使っちゃいましたけど」

「日本て物が高いんだもの。あーあ、欲しいのあったんだけどなあ。

 武器と最低限の生活必需品を用意したら、パーよ、パー。何でいつもの武器商人に連絡つかなかったのかしらー……と言いますか、そうじゃない!!

 あんたのカッコよ。恥ずかしいなあ!

『襲って欲しいのか、お前は』

って感じじゃないの。何という緊迫感のないカッコしてんの!?

 皆さんが見てんのよ?」

(普通はそういう発想にならない)

と、幽冥牢は思った。

(そういう関係なのか)

とも、幽冥牢は思った。

 朧がどてらの内側で腕組みしながら、退屈そうに言う。

「今更そんな話ですかぁ? 手遅れですよう、皆じっくり見てるし。

 それに何かで

『人に見られるのって美容にいい』

とかって言ってましたよう?」

「テレビで見た事を鵜呑みにしちゃあ駄目よ。それでなくてもあなたは鵜呑みにしがちなんだから」

「つまり、私が

『踊らされ易い』

って言いたいんですねえ!?」

「大変気が引けるけどもその通りです。辛いなあこんな事を仲の良いあなたに言うのは」

 棒読みさ加減が酷い。

「酷いです! 折角起きて来たのに! プンプン!!」

「幾つだあんたは。と言いますか、あなた寝てたの?」

「起きてましたけどね?」

「駄目だこりゃ」

「フガフガフガ」

(あっ、『ドリ○』知ってるんだ)

と、幽冥牢は思った。後でそれとなく話題を振ってみよう。

「という訳で今日は私達の昔話をお送りしました。暇つぶしになりましたでしょうか。

 潜水艦に乗っていたのは何となくです。諸事情です。

 では今日はこの辺で。ルビノワと朧がお伝えしました、って、起きてよ!おいっ!」

「ふぁ? ああ、はい。皆さんおやすみなさい~。

 はう」

「で、ではごきげんよう」

 引きつった微笑を浮かべたルビノワが、完全に熟睡している朧を引きずり、スタッフに平謝りしながら去って行くのを、不憫そうに眺めている幽冥牢が、後に残された。




 という訳で、つつがなくバレンタインデーは過ぎ去った。

 誰も困らなかった。




 注釈:地下に何故か設置されていたVIP用投獄部屋。本人の希望でこの部屋が彼女に割り当てられた。要は、『牢獄』という名が付いているかいないかの違いだけで中は立派な造りなのだが、そこに行くまでの道が余りに不気味なので、幽冥牢も泣いて戻った程、という経緯がある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る