メイドと秘書のぼやき 1

 2月11日、午前0時を少し回った所。

 ルビノワが大衆居酒屋の入り口を明けて入って来る。ショールを外し、ぶるっと震える。

「ううっ、寒い。日本て、空っ風が冷たいこと冷たいこと……」

 奥の方に同僚で逃亡仲間の朧(例によってメイド服)を発見したが、何せ逃亡中の身の上、という訳で、周囲にそれとなく注意を払い、朧の所まで移動するルビノワ。

 突然現れた、『金髪を赤く染めた異人女性』と、場にそぐわない『メイド服の女性』という取り合わせにちらちらと視線を飛ばす周囲の客。それをさらりと受け流し、しかし完全に気を抜くでもなく進む。行き止まりのお座敷席を見て、一瞬だけ苦い顔。

 しかし、この相棒も自分達の状況は分かっている筈だ、と思い直し、朧に手を振る。テーブルには料理が少し並んでいる。以下は何故か殆どドイツ語だった。

「よっ、お待たせ! 朧も来たばっか?」

「ええ、来たばかりです。貸し切りなんですよ、この席。一人でちびちびサワーをやっていました」

 とりあえず座るルビノワ。

「あんたのそのカッコ見て変なの来なかったの?」

「ここの裏支配人の人とは知り合いなんで、態度を柔らかくして電話したら

『情報操作はお任せを。席もすぐ用意させて頂きます』

って言ってくれましたよ。多分平気です」

「ホントに?」

(何か来たら生き地獄を味わわせるだけだけどね)

と思うルビノワ。朧はサワーのグラスを口に運びつつ、後ろの壁に貼ってあるでかいねーちゃんのポスターを少し突付いて見せる。

「ここ、抜けられるんです」

「……信じるわよ、その言葉」

「ハイ」


「じゃあ、今日もご苦労様。カンパーイ」

「お疲れ様ですー♪」

 グラスを鳴らす2人。

「そうだ、聞いてよ。今日、主殿ったら殆ど寝てたのよ。

『更新は後でするけえのう、それではグッドラックじゃ、兄ィ!!』

とか言って。私は『ト○ック』シリーズの矢○刑事じゃないわよもう」

「私は布団の中に引きずり込まれました」

「ええっ!!そんな甲斐性があの人に!?」

「驚く所が違います。それであちこち触られ揉まれ個人的かつ精神的に抗うのが大変な感じで、途中で

(別にやっちゃってももういいかな……)

と思いそうになりました。

「眠いよう、つまんないよう。朧たん」

とか言うんです。あの人、色々お考えなんでしょうけど、私にはとてもそうは見えません。滅茶苦茶です、と言いますか、本気であの人、ダメっぽいです」

「いやはや。大変だー。と言うか、あんたも『フル○タル・パニック』読むのね」

「え?ええ、読みますよ。よくキャラクターへの愛とか叫んでます。自分の部屋で」

「嫌なトップランカー……と言うか、

(夜中変にうるさいな)

と思ったら、あなただったのね」

「そんな……決めつけは良くないですよ。ルビノワさん」

「今、あなた

『夜中に叫んだ』

って言ったじゃないの!」

「ご主人様ではないのですか?」

「あの人は基本的に一旦目覚しかけずに寝たら5時間以上経たないと起きないのよ」

「詳しいんだ……アツアツ?」

「ち……違うっ!と言うか、話逸らすなっ!!」

「とにかくそもそも私は口に出して叫んだりしません。

夜、心の中で叫ぶんです」

「……あなたはしょっちゅう、

『心で思ったことと喋っている事が逆転している』

という事実に気が付いてる?」

「そうなんですかっ!?」

 顔から血の気が引いて行く朧。

(長い付き合いだが……何だかなー)

と思いつつ、話を続けるルビノワ。

「……例えばこの前の来客時、

(丁寧におもてなししてるな。よしよし)

と思ったら、突然ゲストのお嬢さんのグラスににワインを注ぎながら、

「白い肌が淫蕩さを放っている。私は体が少し熱くなるのを感じた。

……舐めたい。

(駄目よ、ここでは。少なくとも今は)

 私は必死に自分を抑えた。体の芯がどんどん熱くなって来る。誰か……!」

だの、他のゲストの抱き抱えた子猫をそれとなく見ながら

「ロマン炸裂。いいアングルだ。私は視線でそのロシアンブルーの子猫を舐め回した。

 嗚呼、あの肉球で首筋にそっと触れられたら私はどうなってしまうだろう。

 嗚呼、怖い!

 でも、私の体はもう求め始めていた」

だの、その後のフォローが凄く大変だったわよ!? と言うか、矢○刑事風に言えば、

「どういうシチュエーションの夢見とんねん、お前!」

って感じだったわよ!!」

(余りの衝撃に『ハニワ顔』になっていた朧だったが、おずおずと口を開く。

「あのー、やはりその『ゆめ』って『妄想』って書いてあるのにフリガナ振ってるんですか?」

「ウィ」

「……ご主人様は親指立てて

『グッ!』

と合図してくれましたよ。それとお客さんが帰ってから

『良くやってくれた!』

って、頭撫でてくれて熱い抱擁もぶちかましてくれて首筋にチュってしてくれましたよ!?」

「それはただ単に、あの人は子供が大の苦手でとっとと帰してしまいたかったのと、あんたをどさくさ紛れに頭撫でて熱く抱き締めて首筋にキスしたかったんでしょ」

「詳しいんだ……ラブラブ?」

「違うっつーの! 話逸らすなっ!!」

「私の話だったんですか?」

「他に誰がいるのよ!?」

 荒い息を押さえる為に深呼吸をするルビノワ。

「……そもそも主殿が

『猫まで帰しちまったのはちーとまずかったんじゃねーの?」

とか何でか知らないけど私に言ってたんだから、あんたが電波受信機能オンのまま接客していたのは周知の事実よ」

「酷い! ご主人様ったらそんな事を私に黙っているなんて」

「注意してる時、正気かどうかまず確かめなきゃいけないから面倒だったんでしょ」

「……折角私が

(ちょっと可哀想かな)

とか思いかけていたのに。

(あの人ならいいかな)

とか思い始めていたのにっ! ああっ!! 神様……!」

 この世の終わりとばかりにさめざめと泣き崩れる朧。

「まずは私に感謝しなさいよー……」


 しんしんと雪の積もって行く街のとある居酒屋。その中で

(オペラ歌手か、お前は)

とツッコミを入れたくなる様に見事な泣きっぷりを披露する朧をなだめつつ、

(こんなとこ狙われたら一発であの世行きだ。ちきしょー)

と、ルビノワは思った。

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