幽冥牢屋敷の人々(ゆめろうやしきのひとびと)
躯螺都幽冥牢彦(くらつ・ゆめろうひこ)
1 HPがあった頃
当時、個人のウェブサイトを置く事が流行っていた。その頃の話だ。
後々また語る事になるだろうが、とある事情から住み込みでえらく大きな屋敷の管理を任された幽冥牢は、その途中で、自分だけではとても管理し切れない規模のこれをどうにか維持すべく、雇用広告を打ち出したのだった。
そこに応募して来たのは二人の、それも外国人の白人女性だった。幸いにして二人とも日本の在住暦が長いそうで、会話も読み書きも問題なかった。どうにか立っていられたが、安堵で幽冥牢はへたり込みそうになった。
それもそのまま告げた。
「そうでなかったら応募出来ませんよ」
苦笑してそう言ったのは、赤紫色に染めた長い髪を真ん中で分けたポニーテールに眼鏡でナイスバディという、幽冥牢の個人的なストライクゾーンど真ん中の女性で、ルビノワと名乗った。アーモンド色の瞳にも強気そうな印象が伺えた。
意外に通じ合ってしまった話題が彼女の長身である。およそ180センチ台。
幽冥牢が170センチ程なので軽く10センチほど彼女とは差があるだろう。ヒールの高い靴を履けば更に高くなる。
しかし、彼女は全体的にバランスが取れていたのと、とにかく態度が堂々としていた。そこがまた魅力的だった。
とはいえ、
『嫌な事も多かったのだろう』
と推察させるには十分に陰鬱そうな表情になったルビノワに、幽冥牢はかねてより思っているままを告げた。
「自分としては、背が高いのは羨ましいです」
「え……」
「私は中途半端な背丈なので、高い人からも低い人からも疎まれてたので。なので、羨ましいです」
「そ、そうですか……」
むむむ、と唸るルビノワは
『意外な答えを返された』
という雰囲気を全身に漂わせていた。幽冥牢は
(まあ、女の人は背が高いのを嫌がるからね)
と思っただけで、何も言わないでいた。
『もし会話を筆談だけで済ませられるのなら、舌など要らない』
と本気で考えていた程に、トークは苦手なので黙っていたのもあったが。
後で思い出しても、このファーストコンタクトが良かったのだろうと思わざるを得ない。
それくらいには、ルビノワは屋敷に勤め始めた頃は気難しかった。後々、彼女や増えて行った仲間達と話す事で、幽冥牢はその思いを新たにする事になったのだけれども。
そして、その隣の女性は同じ白人系ながらも、アメリカ方面の雰囲気を漂わせていた。幽冥牢よりも小柄でおよそ165センチ程だろうか。トランジスタグラマーで、毛先を上手くウェーブさせてサイドへ流し、ボブカットを作りつつ、後ろは頭のてっぺんからふくらはぎまではある長さの明るい金髪をおさげにし、大き目の青いリボンでくくっていた。
人好きのしそうな碧眼を輝かせ、彼女は
ひとまず手を借りたかった。外国人の知り合いはいなかったし、そもそもその頃の彼は職場でリーダー経験もなかったので、面接も簡単なものになってしまったのだが、よくありがちな、
『せせこましく動いてる所にやって来た人物に指示を出しまくってそれから挨拶をする』
という流れよりは多少マシだった、と考えたい。
それから色々揉めたり、実際ルビノワにはとある誤解から殺されかけたりもした。
思い出すのも憂鬱な学生時代、そしてそれまでの仕事経験から、どこか捨て鉢で、人間不信な部分が幽冥牢にはあった。それをそういう場面で、彼だけではなく、ルビノワと朧も見せる事になった。
人嫌い。人間不信。彼女らには更に男性不信までセットで付いて来ていた。幽冥牢もどういう訳か、同性にはそれまでの人生でほとほとうんざりさせられていたので、これにもお互いに驚いた。
示し合わせたかの様な予想外の共通点。
ともかくも、そういう命がけの悶着の末に、ある程度の信頼関係が生まれ、これまたひょんな事から当時は『ホームページ』と呼んでいた、自分のサイトの手伝いもしてもらう事になったのだった。
ウェブサイトというのはつまり、音声のないラジオみたいなものだ。
今だと簡単にネットでチャンネルを設置して、個人の放送が出来る。当時もそういうものがなかった訳ではないが、テレホーダイというのは夜11時から明け方5時だったかまでの時間制限付のサービスで、それ以外の時間はアホみたいに電話料金に加算される。
故に、それ以外の時間は管理人が更新用に、各自の自信作のデータをテキストや画像データに保存しておいて、夜11時を過ぎたらアップする、という事が多かった様に思われる。
これはその頃に出会った幽冥牢達のあれこれを再構成した回顧録の様なものだ。そう思って頂きたい。
幽冥牢と、そのサイトを支えるのに関わった彼の同居人達。
遠く、遠く、幽冥牢達自身の手からも、存在している時間からすらも離れて過ぎ去った思い出の数々。
それをここに残しておく。
幽冥牢も彼らも、かつての知り合いと再会する事は、もうないだろうから。
昭和天皇陛下の崩御と前後して、学生時代、幽冥牢が一番視聴していたのはラジオだった。
テレビチャンネルが全部で四つしかなかった地域で、彼の退屈を埋めるのに貢献したいくつかの趣味。そのひとつであった事は間違いない。
何しろ、電波の入りも微妙で、別の地方の一部のチャンネルも聞けなかった。どこの言語なのか分からない放送に限ってやけに鮮明だったりした。
そんな中では自然、聞ける番組も厳選される。当時は今よりも音楽リクエスト番組が成立していた。一曲一曲をまるまる流していたし、それを期待して、誰もが耳を傾けていたはずだ。今はもうきっと戻らない、愉快なひと時だった。
成人し、立場上大人になった幽冥牢はその頃を意識し、ルビノワ達の台本もそういう雰囲気で作った。自身の作品を並べる、作家系のサイトを幽冥牢は開いていた。そのナビゲーションキャラクターとして、彼はルビノワと朧を起用したのだ。
ルビノワの話が始まる。
「皆さん初めまして。
今回からこのコーナーを担当するルビノワです。
今後ともこの『月とフクロウ亭』をごひいきに。
では、お知らせを……」
ルビノワの話が始まる。
「皆さんこんにちは。ルビノワです。
今日の東京は雪がちらついていましたね。個人的には、
『もっと交通機関が麻痺するほど降ってよ。その方が寒さがかえって緩むんだから』
と思いました。この前購入したコートも余り着ないで春になりそうです。残念だわ。
皆さんは如何でしたか?
では、お知らせを。日記のページが更新されました。少し長めです。以上です。
他のページを楽しみにされている方々、主殿のお尻にムエタイ選手のようなキックを何発も叩き込み、急かしておりますのでもう少しお待ち下さい。と言いますか、先日、
『朧ももう少し手伝ってくれない?』
と交渉しました所、彼女のぼやきコーナーが出来る事になりそうです。近日公開でタイトルは未定ですが、詳しい情報は私がそのつどお知らせしますので皆さんどうぞお楽しみに。
では私はこれから焼き芋を朧の部屋に食べに行きます。食べた事が無いので凄く楽しみ。こんな平和な食事は久しぶりです。以上、ルビノワがお伝えしました。ごきげんよう……」
ルビノワの話が始まる。
「……皆さんこんにちは。ルビノワです。お知らせ速報です。先日お話した朧のコーナーですが、私も一緒にやることになりました。今日からです。何と言いますか、こんな言い方はお知らせ係としてあるまじき姿と言う事は十二分に承知した上でお話しますが、新コーナーの内容は、
『盗聴&盗撮に等しい形で記録された飲み会の模様を垂れ流している』
と言えばよろしいでしょうか。情けなくって私、ちょっと、な、涙が」
おもむろにハンカチを取り出し、後ろを向いて涙を拭くルビノワ。いつのまにか箱ティッシュを持って現れた幽冥牢。ぎこちなくもちゃっかり抱き締め、背中をぽんぽんと優しく叩く。
『それが出来るくらいには若かった』
と、今では言える。
賃金アップを伝える幽冥牢は指を三本立てる。親指をぐっと立て、下に向けるルビノワ。指を五本立てる幽冥牢。それを見て、了解した様に頷く彼女。
そこへ朧が登場した。
「ルビノワさん、私に出来る事があれば何なりと」
何処かで何かが切れた様な音がした。
「気が済むまであんたを○○○(放送禁止)で攻め立ててやりたいわよっ!!!」
「なっ何が何があったんですかあっ!?」
赤面しつつも可憐な仕草で訊ねる朧。ルビノワがしゃくりあげつつ、マイクに呟く。
「……何故、私がこの様に取り乱しているのかは『小説の魔』の新コーナー、『メイドと秘書のぼやき……』をご参照下さい。それからもう一度この『お知らせコーナー』速報を御覧頂ければ二度美味しいかもしれません。
お知らせ速報でした。ではまた今夜☆」
彼女のこういう皮肉が今では懐かしい。
とても懐かしい。
スタジオを出て歩いて行く幽冥牢とルビノワ。ルビノワは靴のヒールの分もあるが、前述の通り、差し引いても180センチオーバー、幽冥牢は精々170センチ。その身長差を頭に入れつつ、肩を抱いてあげ……たかったが、そうなるとルビノワが窮屈そうなので、ややためらってから、腕をぽんぽんと、軽く叩いてあげた。悪くない雰囲気がルビノワから返って来た。恐らくだが、その証拠材料としてこんな音声が残っている。
「今夜食事なんかどうですか」
基本的に明るい人柄なので通常時は気にならないのだが、珍しく穏やかかつ凄みのある声。ルビノワのそれだ。
「……お付き合いさせて頂きます」
彼は確かその時、血の気の引いた顔をしていたはずだ。
突然しくしく泣き出すルビノワ。
「大丈夫。ね?」
となだめる幽冥牢。そのまま去って行く二人。
ぽつんと残った朧。ポツリと一言。
「どうしちゃったんですかあ?
……んもう、何が何だか分かんないよう」
幽冥牢がルビノワの話に慌てふためいてツッコミを入れる時もあった。
その後で、幽冥牢とルビノワが
「さっき何か言ったでしょ!?」
「何も言ってません!」
「嘘ついてると俺は君に何かするぞ!?」
「それなら私も主殿に何かしますよ!?」
と言い合いをしながら去って行く。
そんなやり取りをしていた時間が、確かにあったのだ。
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