【番外編2/3】ふたりで食事を
布を売りいくらかのお金を手にした私たちは、前にも使った宿と食堂を兼ねた店を訪れた。以前ラスティが、ここが一番良いだとかマシだとか、そんな風に紹介してくれた店だ。
通りにいても鎧戸の開け放たれた窓から楽しげに笑い語る人々の声が聞こえてくるほどだったのに、私たちが中へ入った瞬間、示し合わせたようにあたりは静まりかえった。
加えて不躾な視線にさらされ不愉快だったけれど、ラスティの背に隠れはしない。顎を上げ、フードを外す。と、ラスティに向いていたいくつかの視線が標的を私に変えたのがすぐにわかった。
ラスティの非難めいたまなざしも私に向けられたけれど、無視した。室内だもの、フードをかぶり続けるなんておかしい。そう思いながら一歩踏み出しかけた時、店の奥から緊張した面もちの主人が現れた。
「こ、これは錆色の魔術師さま」
「蜂蜜酒とエール、羊肉の煮込みを」
そう言ったラスティがいつもの無愛想な様子で出入り口近くの席についたので私も続く。木の長椅子にパンくずが落ちていたので手で払ってから座った。机の下には肉のついた骨が落ちている。
「すぐに」
そそくさと調理場に向かう主人の背中を見送りながら、薄い夏用のマントを外そうと首元に手をやると、ラスティが短い制止の声をあげた。
「よせ」
小さく首を横に振っている。
「前に話しただろう、羽織っておけ」
ラスティから差し出された薄い黒パンを受け取りながら苦笑した。そうだったわ、よく喧嘩がおきるから、すぐ外に出られるようにしておけと前に言われていた。
「暑いのに」
そばの窓は口を開いていても、肝心の風がない。私の魔力でなにかできないかと思っても、それも無理そう。腰掛けると思っていたより疲れている自分の体があった。かすかな風を起こす類いの繊細な魔術は、今使えば失敗して店の中に嵐を呼び込みそうだ。ふう、とため息をついて、パンを千切って口に運んだ。
と、ふいに、足元に涼しい風が流れはじめた。でも彼を見ても、知らぬ顔で机に置かれた籠から黒パンを取り出しているだけ。風は渦を描き、私たちの足元にだけ流れているのに。
「ありがとう、それをしながらでもパンを炙れる?」
前に来たときを思い出し尋ねると、ラスティが机の向こう側から手を伸ばしてきた。
「容易いことだ」
「焦がさないで」
「近づけすぎなければいい」
「……お、お待たせしました」
魔力の滲む彼の手のひらに薄いパンをかざしながら会話をしていると、女の声がそばでした。声は力なく、震えている。ほとんど同時に日に焼けた痩せた細い指が机の端に杯をふたつ置いた。
「煮込みも、すぐ」
今にも消えそうな言葉が聞こえ、顔を上げるより先に声の主は去ってしまっていた。前は見かけなかった
わ。
「店主の娘だ、たまに見る」
と、私の視線を追ったラスティがぼそりと答えてくれた。そうなの。腰に布を下げている。袖を捲って、いかにも調理場で働いているといった出で立ち。普段は奥で料理を作っているのね、きっと。
「おい、酒だ! 葡萄酒を持ってこい!」
女の後ろ姿を見ながらぼんやりと考えごとをしていたのに、突然背後の入り口が騒がしくなって意識を引き戻された。向かいに座るラスティの赤銅色の目がほんの少し険しくなったのを感じて、私の体にも緊張が走った。
「振り返るな」
声の主を確かめようとした私を、ラスティが止めた。少しして、私たちの横を粗野な雰囲気の男がふたり通り過ぎる。髪のない男と、正反対に豊かな男。ヒュウ、男のひとりが私を見て口笛を吹いた。日に焼けた薄茶色の髪を無造作に後ろでひとつに縛り、顔の下半分は髭を好き放題に生やしている。卑しい笑みを浮かべた顔で私を見ながらゆっくり歩いていく。なんて下品な男なの。でもラスティが睨んでくれたので、それ以上はなにも起こらなかった――私には。
「野盗かしら、いやだわ」
こっそりとラスティに囁くと、彼は無視しろ、と言って私の前に蜂蜜酒の注がれた杯を置いた。覗くと、少し不安げな顔をした私が映っている。こんな顔をラスティに見せたくない。大丈夫よ、ラスティがいるし、私も魔術を使える。
気分を変え顔を上げた瞬間だった。重い、なにかがぶつかる音と小さなうめき声がした。ほぼ同時になにかが落ちる音。ラスティも振り返っている。
「邪魔だぼさっとすんな!」
下を向いて怒鳴る髭の男の足元に、先ほどの女が俯き腕をおさえてうずくまっている。床には底を見せた木の器が転がり、こぼれたスープが広がっていた。私たちの頼んだ料理に違いない。運んでいるところにぶつかられたんだわ。
「どうした?」
「店主、酒! 奥に持って来い!」
「はいすぐに! なんだ落としたのか。酒はおれが運ぶから、早くそれのかわりを」
「はい、父さん」
女が小さく答え、腰の布を取って床を拭きはじめた。その腕が真っ赤になっているのに気がついて、思わず椅子から腰が浮いた。それが目立ったのか、娘の背後に立つ店主と目が合った。
「すみませんお嬢さん、すぐ代わりを」
娘が熱傷を負ったのに気がついていないのだろう、困ったような笑顔を浮かべた店主はそう言って奥に姿を消した。女に傷を負わせた男たちはすでに奥の席に着いて、遅いと怒鳴っている。
「気になるのか」
ラスティがパンを手に聞いてきた。
「そりゃ……」
「よくあることだ。火の粉が降りかかったわけでもない、目につく小競り合いすべてに首を突っ込むつもりか?」
他人ごとな彼の口調に少し腹がたつ。
「私たちの食事を運んでいたのよ? 怪我くらい私が……」
「好きにしろ。慈悲もいいがやり過ぎるとそのうち、道端で死んだ赤ん坊を差し出され泣き付かれる羽目になるぞ」
ラスティの話に、う、と言葉が詰まる。父や弟が、時折外でそういうことにあうというのは聞いていた。魔力のない私には関わりはない話だと思っていたけれど、もうそうではないのだ。
逡巡している短い間に、女は調理場へ姿を消してしまった。水場へ腕を冷やしに行ったのかもしれない。黙って椅子に座り直し、ぬるい蜂蜜酒に口をつけた。
「あなたも経験がある?」
「なに?」
「道端ですがりつかれたことが?」
言い直すと、ラスティは苦笑しながら小さく首を横に振った。
「ない。癒やしに長けた魔術師たちが嘆いているのは何度も見たがな」
「そう……」
優しい人なのに。心の中で呟いて、また蜂蜜酒を飲んだ。
先ほどの粗野な男たちは望みの酒を手に入れ飲みはじめ、店は落ちつきを取り戻していた。女の赤くなっていた皮膚の色が頭から消えない。煮込み料理が運ばれてきたときに声をかけてみようかと思ったのに、それは店主に運ばれてきてしまった。
どうしよう、尋ねてみようか、治療薬や、癒やしの魔術を使える者は身近にいるのかと……。
「お待たせを」
聞くのよ。
意を決して顔をあげると、そこには私たちと話したがっているとは到底思えない、腰の引けた引きつった笑みを浮かべた店主の顔があった。この男も、私と話すと死ぬと思っているのかしら。そう思うと言葉を紡げなくなった。
机に羊肉の煮込みのたっぷり入った器が置かれた。湯気が立ち上っていて、大きな肉の塊が数多く入っている。おいしそう、いい匂いがする、そしてやっぱり熱そうだわ。これをかぶった赤い腕。
「詫びに肉を増やしましたんで……ごゆっくり」
「娘の腕は見たか?」
立ち去ろうとした店主に声をかけたのはラスティだった。その声は思いのほか大きく、客たちのお喋りの声がすっと消えた。
「は……? いえ」
店主は戸惑った様子で半歩ほど私たちから離れ、そこで止まった。その顔から作り笑いは消えていた。眉間に皺を寄せた、怪訝そうな表情。
「さっきそれをかぶって熱傷を負ったようだ」
ラスティが顎で煮込みを示すと、店主の顔色がさっと赤くなり、弾かれたように店の奥を向いた。男たちを見たのか、調理場を見たのかはわからない。
「フィオ!」
怒鳴り呼ぶ声に女が顔を覗かせた。フィオというのね。さっきは捲っていた袖が、今はおろされている。
「なに父さん」
「こっちへ、腕を見せなさい」
「え……だっ、大丈夫よ、今手がはなせないから」
フィオはどこか落ち着きのない様子でそれだけ言って、またすぐに奥へ消えた。店主もそれを追って戻って行く。
「食え」
どうなるのかしら。不安混じりの視線を奥に向けていると、ラスティの声がした。取り分けた煮込みを私の前に置いている。彼は、あの親子のことなんてもう忘れてしまったみたいな顔をしている。
「気になって食べられない。あなた勝手に話しはじめるんだもの、私には首を突っ込むなって言ったのに」
「突っ込むな、とは言ってない。突っ込むつもりか? と確認したんだ」
「そんな」
奥からふたりの言い争う声が響いてくる。なにを話しているのかはっきり聞こえないけれど、フィオはおおごとにはしたくないみたい。男たちと揉めるのを恐れているのね。当の男たちは、と盗み見ると、呆れた、なにも気づいていないのか楽しげに酒を飲んで笑っている。
「あ、父親が出てきたわ……男たちのところへは……行かないみたい」
「いいから食え、旨いぞ、いつかの我が家の奇妙な煮込みとは大違いだ」
「ラスティ」
一度挑戦して失敗した、私の手料理の話題をここで出すなんて。じろ、と彼を睨んでも、ラスティはまったく表情を変えなかった。
店主はなにごともなかった風にあらわれると、空いた席の器を下げ奥へ戻っていった。胸の内におさめることにしたのかしら。揉め事が起こらなくてほっとしたような、どこか腹立たしいような、そんな気持ちを抱えたまま器の中に千切ったパンを浸した。
「ここにお前を連れてきているのは、ここの店主が揉め事を嫌うたちだからだ」
「そうなの」
呟いてパンを口に入れた。彼の言うとおり、美味しい。けれど胸につかえる。傷つけられても黙って耐えている親子の姿を、少し前の自分に重ねてしまって。
「なにか言ってもっとひどいことになるのが恐ろしいのね。私もそうだったもの」
どこで、とは言わなくてもラスティには伝わった。彼の食事の手が止まる。小さく息を吐く音がした。
「店主!」
それから、なぜか彼は私を見たまま声をあげた。すぐに奥から足早に店主が出てくる。
「お呼びで?」
「先ほどの娘をここへ」
「は……フィオが、なにか?」
「ああ」
娘、とラスティが口にした途端店主の表情が強張った。それはそうだろう、けれどそんな変化には無頓着なラスティは、コートで指を拭いながら言葉を続けた。
「妻が、お前の娘の火傷が気にかかり食事が喉を通らんという。俺の飯まで不味くなる、連れてこい、治す」
「……は」
突然の申し出に動きを止めた店主に、ラスティが不機嫌さを滲ませた視線を向ける。
「金はいらん、俺の気が変わらんうちに早く連れてこい、飯が冷める」
魔術で温めなおすのなど簡単にできるのに、ぶっきらぼうに顔の横で手をひらひらと振って店主を追い立てるラスティを見ていると頬が緩みそうになった。
◆◆◆
「落とすぞ」
帰り道馬の背に揺られながら、礼に、とフィオに渡されたいくつかの香草を束ねたものの香りを嗅いでいると、呆れ声が降ってきた。後ろに乗ったラスティが、私を見下ろしている。
「平気よ」
そう答えはしても、清潔とはいいがたい森の道を見ると心配になって、香草を、胸に抱えていた麻袋に戻した。肉を煮込む時に一束いれる、そう教えてもらった。布を運んできた袋には、今は焼いた鹿肉の塊と香草の束がいくつか、それと黒パンの大きな塊がふたつ入っている。いい匂いがするわ。
「道に迷っても三日は食べるのに困らないわね」
「なにもいらんと言ったんだがな」
「いいじゃない、よかったわ、きれいに治してあげられて」
そう口にした途端、感じた経験のない誇らしさが心に満ち、大きく一度息を吸った。夏の森の香りが胸一杯に広がる。結局、フィオの傷は私が癒やした。彼女はよほどラスティが恐ろしいのか、呼ばれて来たはよいものの、父親の横でぶるぶると震えて涙をこぼしはじめたのだ。
「ああ。皆お前が魔術を使えることに驚いていたな」
「これで悪い噂が減れば嬉しいわ。死を呼ぶ女、なんて言われ続けるのは嫌だもの」
「減ったら減ったで、俺が悪く言われそうだが」
ラスティが?
なぜ。
「どういうこと?」
「善き魔女を拐かしたと」
「まさか」
答えて吹き出して笑った。そうね、あり得るかもしれない。ラスティを人攫いと言った肉屋の主人の態度を思い返せば。
「洞窟に捕らわれた私を助けんと騎士が隊列を組んでやってくる前に、仲むつまじいところを見せに何度も市に行かなくてはいけないわね、ラスティ」
「笑えん冗談はよせ」
不機嫌そうな声に、また私は小さく笑った。笑うな、と言われるかと思ったのに彼の声がない。振り返りかけ、ラスティの纏う気配が変わったのに気がついて体が強張った。
「じっとしていろ」
私の頭に唇を触れそうなくらい近づけ囁き、彼は馬の歩みを止めた。甲高い鳥の声がいくつも響いている、まだ日の高い森の中。振り返ればきっと、まだ市から上る煙が見えるはず。こんな時間、こんなところで魔物が現れると思えない。
ラスティの見つめる前方の大きな藪を、私も見つめた。私を抱く彼の右腕に力がこもる。蔦の絡まった藪が大きく揺れ葉が擦れる音をたてた。
「おせぇよ、待ちくたびれて酔いがすっかり、覚ァめちまった」
「おめぇらが帰ってから、まるで俺らが極悪人みてえな目で見られってェよ、居ずれえのなんの」
店にいた男ふたりが陰からあらわれた。この者たちは私たちが店を出るときもまだ奥で飲んでいた。肉や馬を受け取りに行っている間に先回りしたのかしら。酔いが醒めた、と言ってはいても呂律は回っていないし、顔も赤い。
「別の店で飲みなおすから金置いてけぇ、有り金ぜんぶ吐き出しゃ今日の無礼は許してやるからよ」
追い剥ぎ。剣の柄に手をかけ近づいてくる。ラスティを待ち伏せするなんて、なんて愚かなの。よくこれまで生きていられたものだわ。
怖くはなかった。不愉快でしかない。せっかく晴れ晴れとした気持ちで市を後にしてきたところなのに。
「お黙り、お前たちに許してもらうことなどなにひとつない」
我慢できなくて、ラスティが動くより先に口が動いてしまった。
「ああ? ンだとこのアマ」
禿頭の男が腹を立てたようで凄んできた。
もうひとり、フィオにぶつかった髭の男は目を細め、興味深げな、でもなんだか嫌な視線を私に向け唇を歪め笑った。
「生意気な女だな、置いてけよ、従順に躾なおしてやる」
ひひ、と漏らされた薄気味悪い笑い声に、下品な物言い。ぞっとして肌が粟立った。と、同時にラスティが魔力を抑えるのをやめた。熱を持った魔力が地を這っていくのが目に見えるようだ。私には心地よく、この者たちにとっては予想外の大量の魔力の流れ。
「……ひ、」
ふたりが同時に青ざめる。
「……なにを置いていけだと」
ラスティの低い声があたりに響く。怒りのこもった声だった。
「なっ、な、なんだこれは」
「答えろ、俺に、なにを置いていけと言った」
頻繁に私に魔力を分け与えているせいか、今日のここでのラスティはこれまでよりうまく魔力を抑えられていた。思えば最初の露天の店主も、彼が近くにいてもなにも気づかず平気な顔をしていたもの。
「ま、まさか、ガウディールで死んだんじゃねえのか娼婦殺しは」
だからこのふたりは今気がついたのだろう、目の前の錆色の髪の男が誰なのか。
「死にたいようだな」
呟きと共に、ラスティは更にあたりに満ちる魔力を濃くした。私に触れる彼の腕が熱く、とても心地よかった。
「す、すまねぇ、すまねぇ旦那、あんたがあの魔術師だってわかってりゃこんな真似は」
禿頭の男はすっかり酔いの醒めた青ざめた顔をして、柄から手を離し両手の平をこちらに向け、じりじりと私たちから離れていく。
「店でお前たちに関わらなかったのは煩わしかったからだ、恐れているとでも思ったのか? 俺が、お前たちを?」
ラスティはゆっくりと、馬を一歩進ませた。
「ゆ、許してくれ、その通りだ馬鹿だったよ見逃してくれ!」
「おいテメエ裏切るのか!」
戦意を喪失している男を、傍らの髭の男が怒鳴りつける。怒鳴られた男が弾かれたように顔を上げた。
「裏切るもなにもねえ、昨日一仕事やっただけの間柄じゃねぇか! 馬鹿に巻き込まれて死ぬのはまっぴらなんだよ!」
「ふざけるなこいつらを待ち伏せして金と女を奪おうってェ言い出したのはテメエだろうが!」
「二つ返事でのってきたのは誰だよ!」
突如として醜い仲間割れがはじまる。今にも剣を抜きそうなほど険悪な雰囲気を変えたのはラスティだった。
「――ほう」
冷たい声に一瞬で空気が凍る。怒っているわ、とても。私も少し怖くなるほど。
「だ、旦那」
「黙れ」
ラスティが呟くと同時に、私たちを中心にして突風が巻き起こった。驚き鳴いて飛び立つ鳥たちの羽ばたく音。砂や葉が風に巻き込まれ乾いた音をたて渦を巻く。熱を持った熱い風。驚いて目を閉じると、鈍い音が聞こえ、男たちの低い呻き声がそれに少し遅れて重なった。
風が止んだ。
静かになったわ。鳥の声もしない。葉が散ったせいであたりに濃い緑の匂いが立ちこめている。
「ここにいろ、イルメルサ」
後ろが空いた気配に目を開けると、ラスティが馬から降りていた。いつの間にか私の手に手綱が握らされている。
「突然なんだもの驚くわ」
「知らせればあいつらに勘づかれるだろう」
「それはそうだけど……し、死んだ?」
視線の先、吹き飛ばされ木に打ち付けた体を折り曲げ、地面に倒れた男たちの姿を見ながらこわごわ尋ねた。ふたりともぐったりと力なく、ぴくりとも動かない。
「いや」
「あなたどこへ行くつもり?」
てっきり男たちのところへ行くのだと思ったのに、ふたりから逸れた方へ歩くラスティの背中に声をかけた。返事はなかったけれど、疑問はすぐに解けた。ふたりが最初に隠れていた茂みへ向かっている。
「そこになにかあるの? 怖いわ」
「怯えなくていい。お前に害をなすものはなにもない」
茂みを揺らしその裏手へ姿を消したラスティはすぐに戻ってきた。手に、古びた縄を纏めた束を持っている。あんなところに隠していたのね、私を縛って連れて行くつもりだったのかしら。ぞっとする。ぎゅ、と胸の麻袋をきつく抱きしめた。
「ふたりをどうするの?」
「王国兵に引き渡す」
そうね、それが正しい。森を通る街道まで行けば巡回兵がいる。
「俺の手で始末してもいいが盗賊殺しの妻と呼ばれては、お前が市に顔を出しづらくなるだろう。法に手を下してもらう」
ラスティが手際よくふたりを縛り上げていくのを眺めながら、王国の法を思い返した。追い剥ぎは縛り首。賄賂の効く兵士相手なら鞭打ちで済む可能性もあるとはいえ、狙ったのが私たちとなれば難しいだろう。
「哀れね」
呟くと、髭の男の腰の剣を外していたラスティが手を止めた。ここからでは彼の顔は見えない、でも。
「俺のものに薄汚い手を伸ばした人間を野放しにするつもりはない」
その静かな声から、彼の怒りと決意をはっきりと読みとることができた。
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