第6話 声

「……もう大丈夫。ありがとう」




フルークさんは、深呼吸をして立ち上がります。



ここは門の真ん前。門番との戦いのすぐあとです。

親友に剣を突き立てたフルークさんは心に大きな傷を負っているに違いありません。



「あ、無理をしないでください」



私はフルークさんを止めますが、彼は歩きだします。



「夜のうちに、俺の家まで移動しよう。血のついた服を着て朝の街を歩いてたら、目立っちゃうしな」



そう言って歩いていくフルークさんの背中からは、ついさっきまで感じていた少しの迷いが、無くなっているような気がしました。





▶▶▶▶▶▶▶▶▶





無音。




ほとんどの家の電気が消え、営業している店などもちろんない。




俺と少女は、暗い街を2人きりで歩いている。




「こんな暗いのに、道わかるんですか?」




と、少女。





「まぁ…何回も歩いてるからな」





……。






なんか、気まずい。




「あ、ここだ」





気まずい感じだったので、家に着いてホッとする。







▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶



「お母様とお父様はいないんですか?」




私はなんとなく気になったことを尋ねてみました。





「ああ、俺一人暮らしだから」






「そうなんですね」





「ていうか、お父様お母様って…お袋も親父もそんな偉くないぞ。」





「え…?」





私はそんなこと意識せず普通に聞いただけでしたが…。



まあ、でも人によって感覚って違いますし、すれ違うこともありますよね。





そうやって雑談をしながらフルークさんは家のドアを開けます。




中はとても綺麗で生活感のない感じです。





「とりあえず、君は着替えた方がいいんじゃないか?」




フルークさんは私の方を見て言います。



私も自分の服を見てみます。



すると、私の服がすごいボロボロなことに気が付きました。しかも血がついてます。




「たしかに…。この服じゃ絶対王都を歩き回ったら一発アウトですね」





「でも、俺の服じゃ大きさ合わないだろうしなあ…」




フルークさんはクローゼットの中を見ながら呟きます。




「明日買いに行くか」




「あの…私お金もってないです」




「俺が買うよ」





「いや…悪いですよ…!」




「君は俺の命の恩人だし、何も遠慮することないよ…」




たしかに…新しい服は必要ですが…。




「では、お言葉に甘えて…」





あー、なんと優しいフルークさん。

フルークさんいなかったら私どうなっていたんでしょう。



と考えてるうちに寝てしまい、そして朝が来ました。






─────────────────







…朝だ。



昨日の出来事が夢のようだ。



俺は母国に刃を向けた。そんな実感が…無いことはないんだが…。


自分でやったことが信じられない…。



まずいまずい、冷静になれ。


こうなってしまったものはしょうがないんだ。突き進むしかない。




少女はぐっすり寝ている。




なんとなく、布団からはみ出していた少女の手を見る。




「…ッ!!!」




あまりにびっくりして声を上げるところだった。



少女の手が赤黒くなっている。

…腐敗が進んでいるんだ…。



忘れていた。彼女はゾンビ化の薬を打たれている。


いくら知性があるとはいえ、その事実は変わらない。


この調子でいくと1週間くらいで体は腐り、見た目はゾンビそのものになる。

そして脳も腐り、知性は消える。


そうなったら、何もかも終わりだ。



俺はそのことに気づくと、いきなり焦りを感じ始めた。







▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶





「…ャ……!!……ぎ………め!!」




なんて、言ってるのか、わかりません…




「え………が………め………よ…!」

「……にも………ぞ!」

「……わ…!」




なんて言ってるんですか…聞こえません…。





「……じゃあな。」



…え?



…………………………………………




バサッ。



あ…朝っぽいです。



起きるとそこは、あまり生活感のない部屋。私は窓柄差し込むまぶしい光に思わず目を細めます。




「大丈夫か?すごい汗かいてるが」




「あ…」




たしかに汗びっしょりです。

めちゃくちゃ走ったあとみたいになってます。




「全然、大丈夫ですよ」




こうは言いましたが、さすがに汗かきすぎでしょ。どんな悪夢見てたんですか…。


と、私は自分自身にツっこんどきました。




「そうか…」




フルークさんは、本当に大丈夫なのか…?と言うような目で私を見たあと




「朝食作ったら、服を買って、作戦を考えよう」




と言って、キッチンへ。



私もなにか手伝おうと床に手をついて立ち上がろうとした瞬間、衝撃の光景を見てしまいました。


私の手が赤黒かったんです。

ゾンビ化は進行し続けているみたいです…。



まあ、いいです。フルークさんの手伝いをしましょう。








▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶




今…自分の手を見て一瞬固まったな…。

やっぱり、辛いよな…自分がゾンビ化していくのも目のあたりにするんだから。


せめて目に入らないようにしてやらないと…。



俺は、予備に取っといた新品の手袋を出した。

戦闘中に剣が滑らないようにする手袋だが、薄いし、邪魔になることもないだろう。



「手袋…つけるか?」




俺は少女に手袋を渡す。


少女はキョトンとしている。




「あ、ありがとうございます。ちょっとグロかったので隠せて嬉しいです」




あれ…?そんな辛そうじゃない?

出会って丸一日経ってないが、この少女ちょっと楽観的というか、なんかいうか…。




「なにか、手伝いますよ。料理とか」




俺が少女について色々考えていると、少女は手袋をつけ、なにか手伝おうとしてくれている。

まあ、性格が暗いよりは…いいか。



この直後、少女は火の扱い方を知らず危うく家事になりそうになった。










────────────────────




とりあえず火事の危機は回避し、着替えも済ませたので、これから少女の服を買いに行く。



血のついていた服を着ていくわけにはいかないので、新しい服を買うまでは俺の服を着せとく。



「じゃあ、行くか」



「はい」





▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶




昼前の大通りはすごく賑やかです。



食べ物もアクセサリーも……みんなみんな揃ってます。



「1番美味しいのはどれかしら!」って聞いてるご婦人、「どっちが似合う!?」と彼氏さんに聞いてる若い女の人、「うーん」と悩んでる彼氏さんなどなど…


数え切れないほどの人が、聞き取れないほどのたくさんの言葉を発しています。


めちゃくちゃ賑やかです。





「あ。あそこだ」


フルークさんは、服屋さんを見つけて指をさします。


その服屋さんの扉を開け、中に入り、扉を閉めると雰囲気は一変。

先程の賑やかさは消え、静かな空間に静かな音楽がかかっています。




「あら、フルーク!久しぶり。」




お店の奥まで行くと背の高い綺麗な女性が、フルークさんに声をかけます。




「久しぶり、アグネス。ちょっと今日は女性の服を探してるんだけど…」




「あら?その子に…?」




「うん。まあ」




「フルーク。未成年に手出しちゃダメよ。お父さんお母さんには内緒にしとくから今のうちに…」




「いや、勘違いしないでくれ」




どうやら、私はフルークさんの彼女だと思われてるみたいです。



「まあ、なんというか…捨て子みたいなもんだ…」




「な…なんですって!?!?」




アグネスさんはいきなりそう叫ぶと、私の方に駆け寄ってきます。


なんか嫌な予感が…。




「なんて、かわいそうな!!!!」




アグネスさんは私を抱きしめ、「つ、辛かったよね…もう大丈夫よ…」と言ってます。正直今が1番辛いです。尋常ではない力で抱きしめられてます。





「ちょ、離してやれよ…」




と言ってるフルークさんの言葉を無視し、アグネスさんは私を店の奥の奥まで連れていきます。


そこには、大きな布が被せられているなにかがありました。きっと布の下は服でしょう。



「あなたには、大サービスでこのドレスをあげる…!かわいそうな運命にサヨナラして、絶対幸せになるのよ!」




そう言って、アグネスさんは勢いよく布を取り除きました。


登場したのは赤い綺麗なドレスです。









あれ…。


このドレス…どっかで見たことが…。


その瞬間頭に激痛が走りました。





意識が朦朧とし、視界がぼやけます。




アグネスさんが駆け寄って何か言っていますが…何も聞き取れません。










しかし意識が飛びそうな時、アグネスさんのものでも、フルークさんのものでもない声が…どこからか…聞こえてきました。


…おまえは…ャ…ル…!

……ド……を…ま………ろう!

ぜ……い…に……わ!!


なんて言ってるんでしょう…。




声がなんて言ってるか、誰の声なのか…わからないまま私の意識は無くなりました。



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