あるRの出来事

kico

第1話

あるRの出来事


1 章


私はR.Aと言う名前。皆Rと呼ぶ。

今日は、北未来と言うお相撲さんが1場所で何かで優勝したとかでテレビを付けたら表彰されていた。


そして夜には近所で火事があり、大騒ぎで大変だったのだ。

季節は冬、家には誰も居なかったから良かったものの、その御宅は全焼、そこの家の人はついていない。

直ぐにどこかに引っ越してしまい、近所の人達は本当ついていないと話して居た。


R は40歳の未婚で母親とふたり暮らしである。


父親は小学生の頃病気で他界。


母親は、病院の清掃の仕事をしている。

私はスーパーのレジの店員だ。

朝10時から15時迄のパートとして働いている。


私が何故Rの女と呼ばれているかって?

本名が里子だから。子供の頃から、りーちゃん、りこちゃんなどと言われて居たが、有宮里子が本名。高校生の頃に、偶々Rのロゴが入ったTシャツを着て居たのを、男子からからかわれてそれ以来ずっとあだ名は、Rの里子なのだ。


高校は卒業して直ぐにスーパーに就職したのであるが、出会いが無いままずっと来てしまった。


Rは仕事を終えて職場のロッカールームに向かった。バックヤードを、鼻歌をひとりうたいながら事務所の入り口にあるタイムカードを押しに向かうと、店長が椅子に座って居た。

「あっRちゃん!お疲れ様ね。」

「お先に失礼します。」


私はこのスーパーの仕事以外に、夜スナックでアルバイトをしている。夜10時から0時までの2時間だけ、父方の方の親戚の知り合いに紹介してしてもらったのだ。


ロッカールームに着いて、同じ時間に終わる惣菜部の主婦で同じ歳の山岡よしみが通勤服に着替えている。


「よっちゃんお疲れー。」「お疲れ様、R、今日仕事どうだった?」

「んー、今日はそんなに大変ではなかったよ。」

「そうか、お昼時間帯はどうしても混むよね、忙しいよ。」


ふたりで駐輪場に向かう。

その時、前から自転車に乗った全体黒い服を着た男が、道路側を歩いていた山岡よしみの手提げバッグを奪って持ち去って行った。

あっという間の出来事でよしみと私は助けてと声さえ出なかった。

「あーびっくりしたね、よっちゃん。」

よしみのびっくりしたと同時に道路にへたり込んでしまった。


あいにくよしみのバッグの財布には、千円と小銭が少しだけだが、銀行のカードが一枚入っていた。

「もう、全くついてない!やんなっちゃう!」

「よっちゃん、今の男の顔覚えてる?」

私はとっさによしみに言った。

帽子で隠していて見にくかった。

「見てないー!千円とキャッシュカードが、、」

あいにく携帯電話は家に忘れていたので大丈夫だった。


私はおもむろに携帯電話を出して110番に電話した。

現場検証が始まり私も付き合うつもりだったが、私1人で大丈夫だから、とよしみは私に気を遣い、警官と話していた。


じゃあね、と私はよしみに目で合図して駐輪場で自転車に乗り家路に着いた。


2 章


はっ!目が覚めた。時計は8時11分。

昨日は近所の事や、よしみがスリに遭った事、少し疲れていた。首に少し寝汗をかいていた。


「喉乾いたー!」

母親は7時からの仕事で家には自分しかいない。

速攻パジャマ姿で台所に行く。

昨夜の飲みかけのオレンジジュースのペットボトルを取り出して一気に飲み干した。


それにしても、よしみはついていない。

よしみには子供が居ない。

5歳年上の旦那さんが居る。

両親は高1の頃離婚している。母親はその後病気で他界している。

父親はその後隣の市で1人で暮らしている。週1回父親に会いに行っている。

よしみは3歳上の姉がいる。

姉は隣街で結婚して暮らしている。

私達は歳が同じで気があう友人だ。


夜のバイトは週月、水、金、今日は金曜日。

金曜日の夜は土日休みだから、気が楽なのだ。かと言って、スーパーのパートは土日休みでは無いからと思うが、土日休みの仕事には自分には向いていないと思うRだった。


「あー寒。」Rが住んでいる地域では雪がたまに降る。

山間部では降り積もる所もある。

もう直ぐで2月かぁ。居間のカレンダーを見つめ、2階の自分の部屋に向かい階段を上がって行く。

Rは服に着替えて菓子パンを食べながらスーパーのパートまでまだ時間があるのでラジオを点けた。

歌謡曲が流れている。流行りの曲。好きなシンガーだ。

今日はよく晴れた青空。

「ハァー」R は一回伸びをした。


自転車で10分程度の所に職場がある。

よしみが出勤しているのか、気にかかる。

8時半からもう働いている筈。タイムカードを見たらよしみは来ていた。

バッグを引ったくりに遭ったくらいでは休まない。そりゃそうだ。

それが四十路の女の底力なのだが。

Rは一応惣菜部の辺りの窓を覗いた。

中によしみの姿があった。

一生懸命脇見もふらずに働く友人の姿にRはほっとした。


朝礼が終わりレジの前に立つ。

「おはようございます。まもなく開店、五分前です。」

店内アナウンスが流れる。

今日はバイトか。お金が溜まったら辞めるつもりでいる。

母親に海外旅行をプレゼントしたいので始めたバイト。後もう少しで予定額が溜まる。去年の夏位から始めたのだが、海外はテロがあるので沖縄にかえた。


「ありがとうございました。又お越し下さいませ。」

お客様にお礼を言い又お客様を待つ。

昼休憩は30分だけもらっている。直ぐに休憩が終わるので毎日慌ただしい。

「いらっしゃいませ。牛乳138円、鮭海苔弁当298円本日の広告の品となっております。もやし38円。太ネギ1本98円。」


そろそろ15時。本当に時間が過ぎるのは早い。

今日は広告の日で店内は戦場と化していた。

そうだ!よしみに昨日の事を聞かないといけない。

仕事が終わったら話したい。

さて15時過ぎたのを確かめて事務所に向かう。

よしみに会いたいが一心でタイムカードを押してロッカールームのドアを開ける。よしみが居た。


「よっちゃんお疲れ!昨日は大変だったね。」

「Rそれがさぁ、もう聞いてよー!」


よしみは相当興奮していた。

交番のお巡りさんが来て事情を聞きに来てくれた事。

家では旦那さんに叱られた事。


「丁度財布に千円しか入っていなかったから良かったのとカードを盗まれたのもすぐ警察と銀行に盗難届を出していたからまだ良かったのよ!」


結局旦那さんからは、災難だったから仕方がないと最後にはかばってくれたから良かった。とよしみは眉をしかめながら私に言った。


今夜はもう少しで辞めるつもりでいるスナックのバイトがある。



3 章


今夜と後1回で夜のバイトは終わりにすることをもうお店のママさんにも言ってあるし、2時間だけ働かせてもらっているからとは言えしっかりとスナックの店員として働かなくちゃいけないと、親戚からも言われている。ママさんは見た目だけだと少しぽっちゃり系で素敵なマダムといった感じだ。おっとりとしていて嫌味の無い感じ。本人からは聞いた事は無いが歳は50代半ばらしい。


「おはようございまぁす、ママさん、素敵なイヤリングですね。」

「あっ!これ?パパがくれたのよ。素敵だなんてRはアクセサリー好きなの?」

「詳しくは無いですけどデザイン変わってて、素敵なゴールドですね。」


スナックの従業員はママさんと、主にカウンター内で調理担当の30代前半のタロー君の2人。ママさんは何でも話し易いしタロー君は何でも知っているこれもまた話し易い人。

少しお腹が空いたと言うと簡単なものを作ってくれる。


お店のドアが開いた。

「いらっしゃ〜い!」ママさんが言う。


近くに住む銀さんと言われている魚屋の中高年男性だ。

いつもブランデーの水割りを飲みカラオケをしていく。

お店は20時からやっているので今日は2時間遅い。

飲みに来ると言うより遊びに来ると言う感じで話して帰る。


お店の名前はルフラン、カラオケ喫茶ルフラン。

銀さんはいつも通りブランデーの水割り。

「おっ、ママ〜。今日は終わり迄飲むぞぅ。」


銀さんは奥さんに先立たれて2年。毎日お店に来る。


「ママ、いつもの頂戴。」

「分かりました。銀さん。」


ママさんはタロー君につまみを頼み、グラスに氷を入れブランデーの水割りを作る。

直ぐに銀さんの座るカウンターテーブルの上に置く。

銀さんはひとくち飲むとRにこないだのよしみのスリ事件の話をし出した。


「Rちゃん、犯人捕まったのかね?」

「それが、まだなんです。銀さんのとこら辺で何か聞いてますか?」

「噂かい?聞いて無いなぁ〜。」

銀さんはナッツを食べながら言った。

この近辺でもよしみのスリ事件の噂は無かった。

白昼あんなに堂々歩いていたよしみのバッグをひったくり、

誰も犯人を目撃した人はいないのが不気味だ。


「ママっ!そのイヤリング素敵だなー。よく似合ってる。ピカピカ光ってるよ。」

「よーし!今夜は裕次郎のブランデーグラスだ!ママ〜。」

ママさんはRの名を呼びカラオケの準備を頼んだ。


そんな雰囲気の喫茶ルフランでのバイトをもう直ぐで辞める。

少し寂しい気もするが。


なんだかスーパーを辞めて夜の方だけでも良いなと思いながら、お店を手伝うRだった。


4 章


バイトが終わり、家に着いたのが1時過ぎ。この日はいつもより1時間残業。

夜中の自転車は怖い。

昼と夜では暗くなる分、かなり街中の雰囲気が変わる。


母親はもう寝ている。

私はそのままに寝てしまった。

明け方雨が降ったようだった。


朝が弱いRは10時出勤はかなり無理が無いし、15時終わりでまるで主婦が働くような時間帯。

最初にレジ部の主任に話をして頼んだ時は、びっくりされた。

人手が無いのもあり、無理を言い17、18時が大体の終わりの時間帯だから。

主任と店長達に世話になりとても感謝している。


Rの高校卒業後は、直ぐこの職場に就職して10年間は1日働いていた。

その後に、時間帯を変えたりして今に至っている。


今日から雛祭りの売り出しが入っている。

又、職場は毎日が戦場。

大変じゃない仕事は無いのは当たり前だが。


今日も仕事時間を終え、事務所に行くと店長が山岡よしみのスリの件で警察から話があると電話が来たので折り返し電話が欲しいと言い付かっているとRに言った。


よしみのタイムカードを直ぐに店長は確認して、まだ職場にいるので内線電話でよしみに直ぐに事務所まで来るよう話をした。

よしみとは会えなかった、Rの方が早く事務所まで着いてロッカールームにも姿を現さなかった。

よしみは警察に会って話をしたのか。


この日の夜よしみからRの携帯電話に電話があった。バックが近くの川の河口付近で見つかったと連絡があったそうだ。

釣り人が見つけ警察に届けたらしい。

財布の中の千円札と銀行のカードだけ無かったらしい。

銀行のカードは直ぐ届け出ていたのと、千円札だけでそれだけで済んで良かったのだ。


よしみは明るい口調で大した被害も無くて良かったと言い電話を切った。

Rはホッとした。あの事件以来すっきりしなかったのだった。

よしみが一番気持ちがすっきりしたのだろう。


私は家に着き母にその事を話した。

母もよしみの事を心配していたから、「里子、良かったじゃないの、バック見つかって。犯人はまだわからないの?」


そうだった犯人の事は何も言っていなかった。

犯人は見つかったのだろうか。

物騒だし、よしみは怖い思いをしたな、と思った。

明日職場で会ったら労ってあげよう。


朝になりRは服に着替えてラジオを付けて準備体操をした。

久しぶりに体操をして、大きく欠伸が出た。

今日よしみに会ったら最初に何て言おう。

Rは朝刊を見てトーストを食べ終えて、時計を見た。

出勤1時間半前。


そしてRは職場に着き、よしみが出勤しているか又惣菜部の窓から見つけた。

よしみがちょこちょこ動いて働いている。

仕事が終わり頃又聞いてみよう。


「ありがとうございました!」

Rは交代の人が来たので「お先に失礼します。」と一言言い事務所に向かう。


よしみがちょうどこちらに向かって来た。バックヤードの廊下を歩きながら、声をかけた。


一緒にタイムカードを押しロッカールームに向かう。


「犯人は捕まったの?」Rは聞いた。

「まだ捕まっていないの、でもあれだけで済んだから良かった。」よしみは淡々と言う。


結局捕まらなかったのだった。

まだ犯人はこの町で同じ事をするのか。

Rはよしみに又ね、と挨拶をして駐輪場で別れた。


今夜は最後の夜のバイトの日。


よしみは夜自転車に乗るのは怖かった。

しかし今夜は最後の日。


「おはようございま~す。ママさん今日で私最後のルフランです。」

「 Rちゃん短い間だったけど、ルフランを手伝ってくれてありがとう。」

タロー君が店の買い出しから帰って来た。

「あっ、タロー君もお世話になりました。私今日でバイト終わりなんです。」

「あっそうだったね。Rちゃんおつかれ様ー。」

タロー君はニッコリ笑った。


たまに来るサラリーマン二人組がドアを開けた。ママさんが、

「ようさん、ヒロさん、いらっしゃーい。」

「ママ〜。水割りとタロー君特製焼きそば頂戴!2つね。」


Rは夜の香りはしない。

だがこのお店は好きだ。

本当は辞めたくはない。


ママさんが「Rちゃん今度遊びに来てね。」

タロー君も「又カラオケしにおいでよ。」と言う。

ようさん、ヒロさんが、「何々?皆で、あっRちゃんもしや今夜で最後だっけ?さみしいねママ〜僕達と歌おうよ!百恵ちゃんの秋桜、Rちゃんヨロシク〜。」

「はっはい!」

「うす紅の秋桜が秋の日のー」

いつのまにかRも歌っていた。


銀さんはもう酔い潰れてカウンターで寝ていた。

ママさんが寝ている銀さんに上着を掛けた。


Rは又明日からスーパーのレジの店員。

主任さんから17時迄働けないか?と言われていた。

又初心に戻り昔のように働こう!


ルフランには又遊びに来よう。

ママさんが働いている片隅でRはそう思った。












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