アカネさんの言葉
「三島由紀夫って、わたしは現実主義者ってイメージがあったから、へえ。意外と乙女なところもあるのねと思って、共感したわ。」
アカネさんのその言葉に、近藤拓海もうなずいた。
「そうなんですよね。そこに対して僕はちょっとひっかかりましたね…。いい意味で『彼らしくない』というか…。」
「そうそう、こういうのも書けるんだったら、もっと書いてほしかったわ。」
「あの…。」
奥のテーブルに座っていた後輩の女の子が手を挙げた。
「三島由紀夫さんが割腹自殺で死んだ理由って、それなんじゃないかなと思うんです…。」
「というと?」
「彼には彼なりのロマンがあったんじゃないですか?それと現実があまりにも変わりすぎていて、死にたいと思ったんじゃないですか?美しいものが美しいままであり続けるなんて無理だし…。もうその美しさが幻になっているとわかっていながらも、求め続けて…。悩んで、苦しくて、それで死んだんじゃないですか?」
図書室は静まり返っていた。それは彼女に対する冷ややかな評価のためではなく、その声に息をのむほどの感動と迫力があったからだった。
僕は一人考えていた。
身を滅ぼしてしまうほどの、幻の美しさ…。
それは桜の花びらに似ている。
「それじゃあ、おつかれさまです。」
「読書の集い」はつつがなく終わった。僕は合間を見て皆に一声かけ、図書室を出た。午後七時だった。もう辺りはかなり暗くなっていた。
家に帰ろうとすると、後ろから声をかけられた。振り向くと、アカネさんの笑顔があった。
「石田くんもこっちの方角だよね?一緒に帰ってもいいかな?」
「あ、お願いします。」
ぺこりと頭を下げると、アカネさんは笑った。
「いいよ、いいよ。そんなに改まらなくても。なんなら、呼び捨てでもいいから。」
顔の前で手を振っている。
「どう?あの『読書の会』、楽しい?」
「楽しいですよ。」
「そう?みんなオタク気質だから、石田くんがひいてはいないかと思って、心配だったのよ。」
「はは、何を言っているんですか。僕もれっきとしたオタクですよ。」
たわいのない話をしていると、アカネさんは少し困ったような顔をして言った。
「石田くんってさ、最近なんか嫌なことあったでしょ?」
「え…」
「さっきからずっと難しい顔しているよ…?」
僕は少し考えた。
思えば、だれにも話せないことだった。すべてに無関係なアカネさんになら、話してもいい気がした。何より彼女は真面目で、どんなことにでも真剣に話を聞いてくれる人なのだ。
「あの…。いまでも信じられない話なんですけど…。」
僕はいままであったことをできる限りくわしく、彼女に伝えた。サヤカさんのこと以外、全部。昨日から来た転校生が幼馴染だったこと、その幼馴染は昔とは全然違う人柄になっていたこと、彼女と関わろうとすると無視されること、今日彼女はいきなり席を立って早退したこと。
「やっぱり僕はしつこくて、嫌われたんですかね…。」
アカネさんの方を見ると、彼女は腕を組んで考え込んでいた。
「それだけじゃ、よくわからないわ。彼女の行動だけなら、なにもね。
あまり詮索することじゃないわ。いつも通り接してあげるのが無難だと思うわ。」
「そうなんですけど、ずっと無視されるんですよ…。」
「それでもよ!あなたは今まで通り、馴れ馴れしいわけでもなくよそよそしいわけでもなく、フツーにしていればいいわ。ちょうど、仲の良い友達のようにね!
大丈夫、その子はあなたのこと嫌いじゃないと思うわ。
ただ、びっくりしただけだと思うの…。」
「びっくりしただけ…?それで、早退しますかね…?」
「たいして考えることではないわ。結局いくら人を観察していても、心の奥底はどうやったって、わかりゃしないのよ。悩むだけ無駄。あなた、その子と友達になりたいんでしょ?」
「そうです、前みたいに話せたらなって…。」
「じゃあ、なおさら我慢しないと。女の子の心に探りをいれるなんて、ナンセンスよ。扉を開けてくれるまで、待つのよ。」
いつのまにか、駅前に来ていた。
「じゃあ、わたしこっちだから。」
アカネさんは明るい街並みの方を指して言った。
「あ、あの。ありがとうございました。」
彼女は笑いながら手を振って言った。
「そういう堅苦しいのはなしよ。頑張ってね。」
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