幼馴染は冷たい
「…。よろしく。」
僕は変にどぎまぎして、声が上ずってしまった。
よそよそしい挨拶をされて、いささか僕は拍子抜けをしてしまった。
まるではじめて会った人であるかのように、彼女は僕に挨拶をした。
僕のことなど、忘れてしまったのだろうか…。
二人が別れたのは小学校四年生の夏だった。それから数えると、かれこれ四年もの歳月が経ったことになる…。それほどの年月が経過すると、人間は他人のことなど忘れてしまうものなのだろうか…。
僕は鮮明にあのころの記憶を思い出せるというのに…。
「あのころの記憶」といったって、大した思い出があるわけではない。ひたすら彼女に命令された日々があっただけだ。それでも五年もの間一緒に過ごしてきた事実をそう簡単に忘れられるものだろうか…。
いや、絶対に覚えているはずだ。
少しムッとしながらも、彼女もやはりどう僕と接していいのかわからないのではないかと思った。だからあそこまで他人行儀な態度を取ったのではなかろうか。
単純に恥ずかしいということも考えられる。
だとしたらこちらから切り出すのも愚かだ。彼女が僕と距離を取っている以上、無理やり距離を縮めるのは得策ではない。
それでも、なんとなく惜しい気がした。
幼馴染として、僕は彼女に謝りたかったのだ。あんな形でしか別れを告げることができなかった自分のことを…。
もう四年も前の話だ。いまさらなんだと彼女は思うかもしれない。だからといって、謝らない理由にはならないだろう。僕はあの出来事をはやく清算し、けじめをつけたかった。
休み時間になった。僕は細心の注意を払いながら彼女に話しかけた。
「なにか困ったことがあったら、なんでも言ってよ。学校の中の教室の場所とか、町の有名な店とか。まだ引っ越してきてまもないんでしょ?」
「…。そうね…。」
彼女はなんだか、夢うつつで僕の話を聞いているかのようだった。なにより僕の顔を見ていない。うつむいて、数学の教科書の表紙に目を落としている。
「東京から引っ越してきたなら、田舎だと思うかもしれないけど。けっこうここもそれなりに栄えてはいるんだよ。そりゃ、東京にはかなわないけどさ…。」
「いいとこよ。そう思うわ。」
彼女はつっけんどんにそう言うだけだった。
まるで彼女は僕ではないだれかと話しているかのように、正面を向いて虚空を見つめている。そのせいで、僕はただただ独り言を話している哀れな少年であるように感じてくる。
気まずい雰囲気と、仲が良くない同士の会話特有の緊張感が流れる。
「こら。ナオヤ。転校生いじめちゃだめじゃない。まだ初対面なんでしょ?」
そんな雰囲気を知ってか知らずか、学級委員長の水沢栞が声をかけてきた。僕はほっと息をついて、委員長の方を振り向いた。
「いじめているわけじゃねえよ。少し話をしようと思っただけじゃん。」
「またまた~。一目ぼれでもしていじめたくなったんでしょ?」
「…。そんなわけあるかよ。」
僕は笑顔で彼女のイジリに答える。
「ごめんなさいね。ここの子たちみんな田舎だから都会から来た子が珍しいのよ。変にちょっかいだしたら、わたしがぶんなぐってやるからね!」
委員長はボクシングのジャブのしぐさをして、ふんと鼻を鳴らした。
そのときアヤちゃんの顔がぱっと輝くのがわかった。
「いえいえ、石田君がいろいろと話を振ってくれて、助かりました。」
「へえ。ナオヤ。コミュ障のわりに頑張っているじゃない。」
「そういうことよ。俺なりに転校生と会話しようと必死になっていただけだから。」
「佐藤さん。昼休みになったら、校内案内してあげるよ。一応一通り見て回ろうか。」
「はい。ありがとうございます。」
「お、俺もついていこうかなー。」
僕は少しでも彼女と会話して、自分に対してどう思っているのかを確かめたかった。
「あんたはサッカーでもしてなさい。」
淡い僕の望みも、委員長に一蹴された。
その一日、僕はなんとか彼女と会話をしようとして、四苦八苦していた。できるだけうざがられないように、適度な距離で彼女に話しかけてみた。
結果はどれも惨敗だった。
アヤちゃんは僕のことなどまるでいないかのように、そっけない態度をした。時には、無視されることもあった。
「転校生に一目ぼれをしたのはしようがないにしても、あんまりアプローチしすぎると嫌われるよ。」
委員長に忠告されて、僕は少し落ち込んだ。
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