僕の思い出1
アヤちゃん…。アヤちゃんじゃないか…?
体中に電気が走ったような感覚がして、僕は金縛りにあったかのように身動きがとれなくなった。
僕はもう一度彼女の顔をまじまじと見つめた。
まちがいない…アヤちゃんだ…。
しかしなぜ、この学校に?
僕は頭の中に残っているおぼろげな過去の記憶を無理やり引き出した。
この町に引っ越してくる前、僕は東京に住んでいた。そのとき通っていた幼稚園にいたのが佐藤綾香、アヤちゃんだった。彼女はいわゆるおてんば娘で、お昼寝の時間に布団の中で大暴れしたり、先生にちょっかいを出したり、ほかの幼稚園児をいじめたりする女の子だった。
当時彼女はいわゆる女番長のような地位を手にしており、ほかの園児は彼女に絶対服従をしていた。
気弱な性格だった僕も彼女を恐れていた一人だったが、彼女はなぜか僕を気に入ったようだった。いつも僕を連れて歩き、さまざまな命令を押し付けてきた。
僕は彼女の従順な犬だった。公園の砂場にある砂を延々と掘り続けたり、日が暮れるまでブランコを漕いだり、何周も鉄棒で逆上がりをしたりした。それらはすべて彼女の気まぐれな命令だった。僕が一生懸命彼女の欲望にこたえようとする姿を見て、彼女はいつも満足げに笑うのであった。
小学校に上がっても、彼女と僕の上下関係は続いた。二人はいつも行動を共にし、僕は彼女がしたいことならすべて叶えてあげようと努めた。
しかし僕がそのようにふるまうのは、決して彼女に対して好意を抱いているからではなかった。むしろその逆で、僕は圧倒的な恐怖を彼女に植え付けられており、その恐怖に抗えないために、彼女の欲求を満たしてあげようとしているだけだった。
そのことを分かっていない赤の他人は、みな僕とアヤちゃんがデキているのではないかといってからかった。
小学校二年生のじめじめした梅雨の日。僕はアヤちゃんと相合傘をしながら下校しようとしていると、数人の男子小学生がはやし立てた。
「ふー、お熱いねえ。小学生カップル!」
「馬鹿!そんなんじゃないわよ!」
彼女は大きな声で怒鳴り散らし、僕から傘を横取りしてからかう男子に襲い掛かった。
「やべえ。ゴリラが襲ってくる!逃げろ!」
背の高い彼女に恐れをなして、小学生たちは退散した。
「まったく…。とんだ恥をかいたわ!」
男子たちが逃げた後、アヤちゃんは顔を真っ赤にして僕につぶやいた。それから人差し指を僕の方に指して、早口に叫んだ。
「あんたもわたしのこと好きになったりしないでよ!あんたはわたしのおもちゃなんだから!そこんとこ、分かっているの?」
同じように顔を真っ赤にした僕は、自信なさそうに言う。
「…。分かっているよ。」
「ほんとに?わたしはねえ、白馬に乗ったイケメンの王子様と結婚するの。あなたは王女であるわたしの召使になるのよ。わかった?」
「うん。」
僕があいまいにうなずくと、彼女は勝ち誇ったように意地悪く笑うのだ。
小学校三年生になると彼女はずいぶん身長が伸び、体も大きくなった。僕は相変わらずチビで、彼女の後ろをテクテク歩くだけの存在だった。
僕に対する彼女の執拗さはだんだん熱が入るようになった。アヤちゃんは僕に敬語を話させた。日直や黒板消しや掃除といった毎日の日課も、僕が彼女の代わりにやるようになっていた。
登校中も、下校中も僕は彼女と一緒であり、彼女の監視下にあった。その時間僕は彼女の愚痴を聞いてあげるという重大な使命を持っていた。
正直、僕はこんな恐怖の日々が何年間も続くと考えると、身の毛がよだつ思いだった。なんとかしてこの状況を打開できないか?といつも思っていた。せめて彼女に会わない方法がないものか…。
そんな折、父の仕事先が東京から長野に変わるということを母が話してくれた。それに伴って、うちの家族も長野に引っ越すらしい。
僕は有頂天だった。ようやくアヤちゃんの支配から解放される…。
僕のそんな気持ちもつゆ知らず、母は申し訳なさそうに言うのだった。
「ごめんね…。あんなに仲良しだったアヤちゃんとも別れることになるわ。仕方がないことだけど、お母さんを許してね。」
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