突然の再会

 僕は、石田直也。いたって普通の中学二年生だ。

 勉強も特別できるわけではないし、スポーツもとりわけ上手というわけではない。

 友達も多い方じゃないが、まあそれなりにいる程度だ。

 顔もイケメンというわけでもなければ、とてもブサイクというほどでもない。なにもかもが平均といったところだ。

 ここまで普通の一般人を生み出してくれた親を、僕は感謝している。

 普通というのは、本当に素晴らしい。僕はクラスの中で目立つこともなければ、影が薄いというわけでもない。だから変なプレッシャーをかけられることもないし、かといって仲間外れにされることもない。

 平凡な人間だから、だれかに才能を嫉妬されることもない。波風立てずに生きていくのは、僕の唯一のとりえだ。僕の感情が荒れることはめったにない。悲しくなったところで、怒ったところで、無駄にエネルギーを使うだけだということを僕は十分理解している。

 普通の高校に入り、中堅の大学に入り、どこにでもいるサラリーマンになる。穏やかな妻をもらい、子供を育て、老後はゆっくりと余生を送る。

 それが、僕のささやかな夢だ。

 それ以上を求める必要はないし、求めたいと思うこともないだろう。

 このままそうやって特別な努力はせず、そのかわり大きな苦労を味わうこともなく生きていく。

 そう思っていた。このときまでは。


 月曜日。寝ていたい気持ちを我慢していつも通り学校に通い、自分の席に着席する。

「おい。耳寄りな情報があるぞ。」

隣の席に座っている近藤治が話しかけてきた。こいつはなかなかの情報通である。

「なんだい。」

内心面倒くさかったが、僕は近藤の話を聞くことにした。

「今日、転校生来るらしいぞ。しかも、めちゃくちゃ美人な女の子っていう噂だぞ。」

彼はキラキラした目でこちらを見つめてくる。

「へえ。」

僕はまったく興味が湧かなかったので、それしか言えなかった。

「なんだよ。ツレないやつだなあ。せっかくいい情報を伝えてあげたというのに。」

「しかしなんだって、こんな時期に転校生なんかが来るんだよ。」

今日はゴールデンウィークが明けて最初の月曜日だった。転校生というのは、だいたいが4月に来るというのが自然な気がする。

「俺が知るかよ。」

近藤は吐き捨てるようにそう言った。

「でもなあ。時期外れの転校生かあ。なんだかロマンチックな出会いになりそうだなあ。転校生が黒板の前に立ってみんなを見渡したとき、その子はイケメンの俺に目をとめる。その瞬間、二人は恋に落ちる…。いいよなあ。運命的だよなあ。」

「お前が何を言っているのか、俺にはさっぱりわからないのだが。」

「ナオヤは本当に夢のない人間だなあ。もっとドラマチックに生きてみろよ!」

近藤はうんざりしたようにそう言った。


「はいはい。みんな席に着けよー。静かにしろよー。」

山岸先生が教室に入ってきて、大きな声を上げる。

 思い思いに散らばっていたクラスメイトたちが、自分の席に座った。

「じゃあ、朝のホームルームはじめるぞ。

 とりあえずはじめに、今日は転校生を紹介する。さ、入ってきて。」

山岸先生が言うと、教室のドアが開き、一人の少女が入ってくるのがわかった。

 クラスメイト全員の視線がその少女に集まる。

「さ、自己紹介して。」

「佐藤綾香です。今までは東京の学校に通っていました。趣味はピアノと水泳です。この町のことやこの学校のことは全然わからないので、誰か教えてくれるとうれしいです。この学校で、たくさん友達ができればいいなと思っています。よろしくお願いします。」

静かな教室に、高く澄んだ可愛らしい声が響いた。

 彼女は開いていた口を上品に閉じると、深くお辞儀をした。

 その瞬間、拍手の嵐が起きた。それはほとんどが男子によるもので、彼らはその拍手に交じって、口々に「彼女にしてー」「めっちゃ可愛いやん。」「俺、このクラスでよかったー」といった声が聞こえる。

 それに対して、女性陣は冷ややかな拍手を送っていた。彼女らが小さく舌打ちをするのを僕は何度となく聞いていた。


 彼女は近藤の言う通り、確かにとんでもない美少女だった。

 大きな黒い瞳に、目鼻立ちの整った顔。柔らかな唇。頬。肩まで伸びた髪がつややかに光っている。

 僕はしばらく、阿呆のようにその姿を凝視していた。

 もしかして、アヤちゃん…?

 遠い記憶が呼び覚まされたように感覚がして、僕ははっと我に返った。

 得体のしれない心の痛みがして、ぼくは小さなうめき声をあげた。

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