第101話 決着

私は、どうしたいのか。


私は、彼にどうしてほしいのか。


そんなことは、分からない。ただ、私が下した選択は、正しいのだろうか。今だけでなく、未来すらを犠牲に導く選択をしてしまったかもしれない。


自分から口火を切って名前を呼んだが、それ以上は何も言うことが出来なくなり、再び沈黙が訪れるかに思えた。


「久しぶり、だね。元気してた?」


相変わらず優しい彼は、私を気遣うように、不自然に終わりそうな会話をなんとか繋げようとする。


「はい、元気ですよ」


この返事がどこまで陽気な様子を作れただろうか、自信がない。


「そっか、なら良いんだ」


「どうか、したんですか?」


「え、どうして?」


「だって…」


私もそうだが、彼もどこか気持ちが沈んでいるように思えた。自覚していないフリをするのも見ていて苦しそうだ。


無理もない。彼も『被害者』であり『加害者』なんだから。


「いえ、なんでもないです」


「ははっ、何それ」


今度は、少しだけだが抑揚のある笑い声だ。絶望的に落ち込んでいないことに安心する。


しかし、こうして話していると昔に戻ったみたいで不思議だ。2人で歩いた通学路。夕日に染まるコンクリート。私たちの関係は、なにも悪い思い出ばかりじゃないことを思い出す。『あれ』が邪魔をしているだけだ。


今まで過ごした高校生活がさっきまで見ていた夢の世界で、本当はまだ、私は中学一年生なんじゃないかと思ってしまうほどに、当時は彼の存在がきわめて身近にあったことを知る。


思いに浸ると涙が出そうになった。鼻の奥にこみ上げる切ない痛みを振り切って、当たり障りのない話をする。


「そういえば、そろそろ文化祭ですよね?」


「うん、二学期といえば、文化祭だね。まあ、僕の高校は11月なんだけど」


「そうなんですか? 私のところは10月の上旬なので、どこもだいたいそうかなって、思いました」


「うちは、ギリギリまで力を入れたいのかも。勉強は厳しいけど髪型とか娯楽には理解のある学校だからね」


「羨ましいです。私のところなんて、頭髪厳しいし文化祭も盛り上がらないです」


露骨に嫌な表情で語る私に、そうなんだ、と苦笑いする。


「僕のところは、逆に盛り上がりすぎて元気な子たちにいろいろ決められてるから、ちょっと残念。もっと積極的に行かないとって思うけど、やっぱり僕は小心者だ」


苦笑いを続けて、自嘲気味にそう言った。私は、申し訳程度にフォローを入れる。


「亀井さんは必要以上に優しいから損しちゃうんですよ。もっと男らしくいかなきゃ」


「そうだね。もっと、学校での生活、楽しまないとね。まずは一緒に回る人から」


一緒に回る人。クラス展示やステージ企画を休み時間中に回る友人が学校にはいない。友達や恋人が出来たと聞いていたから、最近なにかあったんだろうか。心配になる。


彼のために、と言い聞かせるのはずるいよね。心が言いたくなる。提案したくなる。


本当は、自分のことしか考えてないくせに。


「じゃあ、もう暗くなりそうだし、僕はこれで。樽本さんも早く帰ったほうがいいよ。今夜は冷えるらしいから」


彼が、背中を向けて公園を後にしようとする。次第に小さくなるその背中を、私は見つめる。


見つめることしか出来ないのか。このまま、彼と私は、あの時の核心に触れずにこのまま離れてしまうのか。いつか高校を出て手に入れる広い世界の中の隣に、小さなしこりを残したまま、もう会えないのか。


あの過去に決着をつけるのは、今しかない。


声が聞こえたのは、その時だった。この前とは違う。別の人間の声。温かみを十分に含んだもの。


『だから、結衣ちゃんも、今を大事にしてほしいの。『今』を犠牲にした『未来』じゃなくて、『今』と一緒に歩いてほしい。私みたいに、後悔して欲しくないから』



公園の近くの横断歩道。駆け足程度なら走れるその足で、信号を待つ彼の背中に追いついた。


「亀井さん!」


力を込めた私の呼びかけに、彼が振り向く。


「11月の文化祭、一緒に回りませんか?」

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