第102話 空回り

「ええ? 俺も?」


11月にある亀井さんの進学校の文化祭。一緒に回りたいという私の申し出をOKしてくれた。


もしかしたら時末さんも彼を誘うしれないと思い、声をかけると、金髪にそのガタイは目立つからと断られたみたいだ。


駅前のカフェで過ごす休日。文化祭の振替休日で今日は火曜日だから、店の時計が1時を指しても店内の席はかなり空きがある。普段なら四方から声が聞こえるだろうこの空間が、程よい静けさを含んでいて気持ちがいい。


「サトシは、俺を断ったから無理だよ。2人で行ってきな。もともと結衣ちゃんは、そうしたかったんだろ?」


「そう、なんですけど。そうじゃないって、いうか…」


「なんだそれ?」


この人にも知っておくべきだと思ったから。自分の親友と、その『加害者』であり『被害者』の女が、あの日の『事件』にどう決着をつけるのかを。


「あの日のことを、彼と話します」


からかうように笑顔を作る彼が、それを聞いた直後に真顔になる。普段から笑っている人が、こうして急に神妙な顔つきになるのが怖い。全てを受け入れるような明るさを、何事も否定するような陰が覆う。


彼は、必要以上に口を挟まないみたいだ。「いいのか?」と聞くだけで、あくまで私の考えを尊重する姿勢でいる。


過干渉しないその優しさに甘えたい気持ちになるが、私は「後悔はしません」と、腹を括った。


「時末さんにも、見届けてほしいんです」


半分は言葉通りだが、もう半分は1人で行くのが怖いから付いてきてほしいという気持ちだった。情けないと思われたくないプライドが、私の決意を阻害する。その気持ちが見え透いたら余計に情けないだろうに。


拳を固めて熟考した彼は「わかった」と、その一言を絞り出すように発した。



文化祭当日。


校門の前に来るようにメッセージを送ったが、彼は来るだろうか。


冷やかしだと思われないだろうか。今さら会いにきて何がしたいんだと思っているに違いない。


それでも、私は後悔したくないから、あの日のことを置き去りにして前に進みたくないからここに来た、彼に会いに来た。


それなら堂々としよう。昔から、中途半端は大っ嫌いだ。


ぶりっ子、あざとい、などと言われても屈しない、見向きもしない。あの時の図太い樽本結衣に戻ろう。


冬に近い外気に触れた頰にゆっくりと両手を添えて、それをグッと押し込む。そして、パチッと軽く頰を叩いて、自分を奮い立たせた。



「も〜、遅い!」


メッセージを送ったのは3分ほど前だが、長く待たされたような気分だったからわがままに振る舞う。


彼も、陽気を装うような声で応じた。


「ごめん、本当に来てくれるとは、思わなかった」


『来てくれる』という言い回しは謙虚で彼らしいと思ったが、本当のところは迷惑していないだろうか不安になる。主張の弱い彼を振り回しているようで申し訳ない。


「私は、本気なんですからね! 今日は、ちゃんと思い出作るんですから!」


我ながらに痛々しく思う。明るく振舞おうとして空回りしているのが見え見えだ。


「分かったよ」


彼が観念したように応えた。

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