第96話 闇
時末さんが誘ったのは、私の家から一駅先にあるファミレスだった。
中は、家族連れもしばしばいたが、やはり私たちと同じ中高生の姿も確認できた。
「ごめん、メール返さなくて」
「いいですよ、全然。私も急に誘ったりしてごめんなさい」
彼が申し訳なさそうに言った。彼のことだから、なにか事情があってのことだと思うから、別に気にしていないし、急に誘った私にも非がある。
それに、1週間前の映画を観た日だって、罪悪感でいっぱいだ。恋愛話、それも彼と私を冗談だがくっ付けようとする話の流れで連絡先を交換しようなんて、思わせぶりにもほどがある。時末さんの心を弄んでるみたいだ。
メニューを頼んだ後は、お互いに沈黙になりそうだった。2人っきりで喋ることなんてバイト中も時々あるかないか。
最近寒いね、とか忙しいね、とかお互いに白々しい世間話を頑張って繋ごうとする。
そろそろ、いいんじゃないか。本題を切り出しても。私は、タイミングを見計らった。
「時末さん」
今だと確信して、気まずい空気を切り裂くように名前を呼んだ。彼も、私の雰囲気を察したのか、改まった面持ちで私の顔を見る。
「今日、呼んだのは、聞きたいことがあったからです」
「なに?」
「単刀直入に聞きます。亀井さんには、普通の人にはない特殊な力がありますよね?」
時末さんの目の色が明らかに変わった。
見当違いならしごく恥ずかしい質問に、彼は頷いた。とりあえず、頭がおかしい人認定されずに済んだ。
しかし、本当だったとしても、簡単に認めてもいいのだろうか。私が、周りにバラさないという保証もないのに。
「食べ終わったら、公園に寄っていいか?」
駅前の公園で、亀井さんの『チカラ』について、彼が教えてくれた。
条件が揃えば、1つの事象を『拒絶』できること。それを使って、学校の授業や人間関係を避け続けたこと。
「こんな話、信じられねえだろ?」
「いえ、そんなことは…」
実在する話でも、現実味のない話をするのは心苦しいものがあるのだろう。時末さんは、すっかり暗くなった空を仰ぐ。
でも、彼はどうして亀井さんに『チカラ』があることが分かったのか。思い当たることがあった。
バイト中に、何かに突かれたように身体をピンと張る姿。微細だが注視すればそれが露骨に見てとれる大きな反応。彼が、何に反応したのか、今なら分かる。
「それで、時末さんは亀井さんの『拒絶』を読み取る『チカラ』があった…」
時末さんが、正解と言わんばかりに、上に向けていた顔を急に戻して、私を見た。面食らっている。
「ははっ、さすがに鋭いな、結衣ちゃんは」
次は、目線を地面に下げて、ひとりごちるように呟いた。
「そうだよ、『チカラ』を持つ人間の声を聞いたら、そいつの『チカラ』の内容と発動条件、発動のタイミングも全て分かるようになる。それが、俺の『チカラ』」
私は、黙って彼の話の続きを待つ。
「『チカラ』の発動タイミングは、胸の奥が痛くなる」
それが、時折見せるあの反応の正体。
「まったく、サトシには困ったもんだぜ。中学の時、あいつに出会って、あいつが『チカラ』を使う度に胸の奥がズキって痛んで、大変だったぜ。慣れないうちはバカみたいに身体を仰け反らせてた」
やれやれと言わんばかりの口調で吐き捨てる。
便利な『チカラ』かと思えば、そうでもないらしい。あの反応は、大袈裟に仰け反るほどの痛みを伴っていたのか。そんな痛みがいつ来るか分からないのも、怖くてたまらなかっただろう。
「あいつもあいつで『チカラ』使い過ぎなんだよ。ちょっとは闘えっての」
「それは、そうですね。ちょっと臆病なところありますよねあの人」
笑っていいところなのか分からないけど、おかしくて笑ってしまった。
彼は、気にしてないように、だろ? と呆れ顔で笑う。
「でもさ、あいつは強くなったよ」
まるで弟を思いやる兄のような顔で嬉しさに浸る。
「現実と向き合いたくない自分のために使っていた『拒絶』を、あんな風に他人を守るために使えるようになったなんて…」
「それは、『サトちゃん』って人のことですか?」
「ああ、あの日電話してた相手だよ。サトシの新しい友達」
ギクッと、喉が固まって声が出ない私に、「いいんだよ」と許す。やっぱりこの人はどこか、私に気を遣っている。
「あいつは、すごく楽しいみたいだぜ、学校。俺と距離を置くようになってからは、あんなに『拒絶』ばっかりしてたのによぉ」
世話がやけるぜ、と吐き捨てた声はまるで抑揚がなかった。
彼が、何かを言おうとしているのが伝わってきた。
今回、彼が周りに人がいない場所をわざわざ選んでまで話すこと。話しておかなければならないこと。それは、亀井さんの『チカラ』でもなく、時末さんの『チカラ』でもない。
彼が話した、亀井サトシの過去と今の中間にある、塞いである蓋を取った瞬間に溢れて来るような何か。
それは、底知れぬ、闇。
我ながら勘のいい私は、気付いてしまった。無関係のように思えた、『チカラ』をもつ人間たちの物語の登場人物に、自分が含まれていたこと。亀井サトシの内に秘めた闇の中枢が、樽本結衣を『復讐』した『加害者』としての記憶で出来ていたことを。
『事故』ではなく『事件』。
「あの日、あいつは…」
時末隆太が、『今』と『過去』の『中間』を語る。
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