第97話 声

家に帰り着いたのは21時を過ぎていた。バイト以外でこんな時間まで外出するのは初めてだった。


自分の部屋のベッドに背中から倒れ込んで目を閉じる。


つい先ほどにされた彼の話を思い出す。


私が走れなくなったのは、新人戦の日、私が会場に間に合うことを『拒絶』し、それによって生まれた事象が交通事故だった、と時末さんは言った。


やはり、あの日の放課後のことでショックを受けていたらしい。彼は、その仕返しに私の新人戦を奪おうとしたが、走ることを奪ってしまった。


予測した事象を『拒絶』できるが、それから起こることは予測不能。だから私は、彼のせいではないと思いながらもそれを堂々と否定することが出来ない。その交通事故という『事象』が、彼による『チカラ』によって生み出されたとも言えるから。


真実を知ったとき、私は分からなかった。


一番悪いのは誰なのか、誰のせいにすべきなのか、仮に相手のせいにしたとして私はどうすればいいのか。


話を終えた直後の時末さんは、苦しそうだった。きっと、親友である亀井さんをかばうと思いきや、私に「ごめん」と謝った。「ごめんだけじゃ、済まされないよな」とも。


一方的に親友の敵として見られると思った私は面食らった。中立的な立場で、苦しむ必要のない苦しみを私たちのために受けている。


あいつのせいだ。


目を瞑ると、声が聞こえる。あいつのせいだ、あいつが悪い、あいつが奪った、私の足を。あのとき私を引いた運転手は土下座をしてまで謝ったのに、あなたはそんなことも知らん顔で友達と恋人と幸せに生き延びて、絶望の淵に立たされた私たちを置き去りにする。


たかが女にフラれたくらいで。お前みたいな冴えない男にどうしてここまでされなければならないんだ。


ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。


やめて!!!


目を開けると、自分の部屋の天井だった。夏の日差しに抗うように付いた電気。


壁にかかった、アナログ時計の短針は7時を指していた。

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