第66話 これで、良かったんだ

走り出して、気がついたら私は、部屋の中にいた。


「これで、良かったんだよね」と、誰にでもなく自分に言い聞かせる。


これで、良かったんだ。


『魅了』の効果が切れ、彼が態度に出す前に、私から縁を切ることで、友永のときみたいな、あんな目に遭わなくて済む。



『そのチカラが本当だったら、感謝しなきゃね。ありがと』


あの日、お礼を言ってから、とっくに3ヶ月が過ぎていた。


最初は、私の『チカラ』を『拒絶』したものかと思った。能力者特有の、特別な体質みたいなものがあると思っていたが、どうやら違っていたみたいだ。その証拠として、『藤田くん』という人物。サトシさんが楽しそうに話していた友達。その友達は、女の子だった。


男だと、嘘をついて、『くん』付けまでして誤魔化して。心底苛立ったが、『魅了』の『チカラ』で彼の心を、時間を奪ってしまったのだから、私に責める資格は一切ない。


よく我慢できたな、と思う。


私も、そして彼も。ここまで、よく我慢できた。


効果が切れてから2ヶ月が経っても、私は、彼をどうにか幻滅されないように、普段通りで居続けた。彼にいつ嫌われるか、そんな態度をいつ取られるか、神経をすり減らすような日々だった。今日の、この大切な日まで、耐えた私自身を褒め讃えたい。


効果が切れてから2ヶ月が経っても、彼は、私のことなんてとっくに飽きただろうに、頻繁に丘の公園に呼び出したり、デートに誘ってくれたり、好きでいようとし続けてくれた。新しく好きになった女の子がいるにも関わらず、今日の、この大切な日まで、耐えてくれた彼に感謝したい。


それでも。


もう、終わりにしよう。


彼のために。


彼の、自由のために。


今日の出来事は、私にとっても、彼にとっても、大きなターニングポイントだ。


変わらなくちゃ、私も。


『魅了』せずとも、誰かを魅了できるような、いい女になりたい。


そんな卑怯な『チカラ』を使わなくても、幸せを、この手で掴み取れるような強い女に、私はなりたい。


「これで、良かったんだ」


しんと、静まり返った部屋で、もう一度、ひとりごちる。



五千円。中学生にしては、かなりの大金だと思う。おかげで、財布が軽くなった。


ネクタイピン、使ってくれるといいな。

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