第67話 大丈夫

「大丈夫か?」


「ああ」


日曜日。リュウと合流して藤田くんの家に向かう。何が問題なのかを、こいつは分かっている。

余計な心配もしてくれた。彼女が自身の『チカラ』を懸念して、僕をあからさまに敬遠すること。関係を崩さないために、有終の美を飾らんとばかりに、誕生日のような大きな日に別れを告げるだろうということ。



『あれ、あの子が能力者ってこと、知らなかった?』


リュウは、能力者の声を聞いた瞬間に、その人物が持っている『チカラ』を『知る』ことができる。


6月。こいつは、片岡さんの『チカラ』を知った。


異性にお礼を言うだけで、その相手を『魅了』する。

条件は、3年以内の年齢差。

そして、3ヶ月の効果時間。


片岡さんは、4月に「ありがと」と、感謝の声を届けた。だから、能力を受けた僕は、彼女に恋をした。しかし、その3ヶ月後には『魅了』の効果が切れて、僕は彼女を遠ざける。その前に、最悪な事態にならないように、先に彼女の方から手を打った、そんなところだろう。



心配するリュウに、平然を装い「ああ」とは答えたものの、心は曇りきっていた。どうしようかと、ただただ悩んでいた。

思っていることが、顔に出ているから、リュウは、必要以上に口を開かないのだろう。「大丈夫か?」と聞いてきたきり、何も言わず、僕の方を見ずに、ただ前に視線を向けている。

なんで、こんなときだけ空気が読めるんだよ。これから藤田くんにも会うのに、泣きたくなるじゃないか。




藤田くんの家に入ると、彼女のお母さんが、僕たちをリビングに招いた。


リビングのテーブルには、大きな寿司桶と、チキンバスケット、ジュースが入った2リットルのペットボトル、そして、彼女のお母さんが作ったと思われるシーザーサラダが置かれていた。


「ごめんなさいね。手料理がサラダしかないんだけど、良かったら食べて見てね」


「「ありがとうございます!」」


僕たち男子2人は、目の前のご馳走を用意してくれた彼女の母親に感謝する。


シーザーサラダが、すごく美味しそうだ。生命力が溢れんばかりに色のいい野菜。その上に、手作りのドレッシング。

早く食べたい。


思いやりのあるところは、母親譲りなんだなと、藤田くんの方を向いて、そう思った。

僕の視線に気づいた藤田くんが、どうしたの、という顔で僕を見る。


その後、僕たち3人は、リビングの大画面で、テレビを観ながら、目の前のご馳走を食らいついた。




大丈夫、だよな。


どんなことがあっても、僕はもう、1人じゃないから。


片岡さんのことは、諦めない。


と言うより、片岡さんとだって、僕が信じ続ければ、きっとやり直せるはずだ。だから、涙は出てこなかった。自信があったから。



夕方になって、そろそろ帰ろうと思った。


すると、リュウと藤田くん、そして、藤田くんのお母さんがカーテンをさっと閉めた。


その後、パチッと、ライターか何かの、火を付けるような音がした。


そして…。


先端に線香花火のような火を灯した、10本のロウソクが立てられた、真っ白い、ホールケーキ。


聞こえてきた。


3人の声が混じった、バースデーソング。「ディア」の後に続くのは、僕の名前。


誰かにこの歌を歌ってもらうのは、何年ぶりだろうか。



たまらなく、嬉しかった。



僕はもう、1人じゃない。

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