第53話 突き刺さる

10月の夕方。


私は、人生で初めてのキスを、友永の部屋で、した。


共働きの彼の両親の留守をいいことに。


彼はきっと、こういうのには慣れてると思っていたが、下手くそだった。私も初めてだったけど、なんとなく分かる。


でも、その初々しさが私だけじゃないことがたまらなく嬉しかった。そして、13歳でキスを経験できたこと、しかもこんないい男とできたことに優越感を感じた。


そして、この経験をできなかった彩音に、教えてやりたい、見せつけてやりたい。


そして、服の上からも触られた。最初は、なんだかくすぐったくて気持ち悪かったけど、友永の手の感触に慣れてからは気持ちが良かったし、もっとしてほしいと思った。




友永の家に通うようになってから、家に帰り着く時間が遅くなっていた。


家の前に着く頃には、完全に日が落ちていて、八百屋のシャッターも閉まっていた。


二階の窓に見える、光。



リビングの食卓には、これからご飯を入れるだろう、いまは空っぽの茶碗と、おかずが乗りラップのかかった平皿が置かれていた。一人分。


茶碗にご飯を満たし席に座ったところで、リビングに入ってきたお母さんが私に気づいた。


「最近、帰りが遅いけど、どこに行ってたの?」


「別に」


彼女の顔を見ずに答える。しかし、質問は続く。


「別にじゃないでしょ。ちゃんと答えて。どこに行ってたの?」

ああ、うるさいな。お母さんはいつもこうだ。基本的に心配性で、悪い意味でキチンとしている。少しは放っておいてほしいのに、こうやってしつこく何でもかんでも聞いてくる。


「友達の家」


私はごまかした。とりあえずそう言えば納得してくれるだろう。


すると、お母さんは、予想だにもしなかったことを口にした。


「友永君の家?」


はっ?


一瞬、この人が何を言っているのか分からなかった。数秒後に、ようやく理解し始める。


次に思ったのは、何で?、だ。


何でこの人が知ってるんだろう?



友永が、言ったから?


2人っきりでいたんだ。絶対そうだ。彼が言ったに違いない。それを友達に自慢して、噂になって…。


とうとう、親同士の話題に出てくるようになったのだ。


私たちの関係を全く知らないお母さんの口から『友永君』という言葉が出てくるということが、噂の広がり具合を物語っている。


なんで、黙ってくれないんだろう。


この人はいつもこうだ。


なんでも明け透けに聞いてくる。こちらの事情など関係なしに。


後先考えないで、ものを言うところが大嫌いだった。


それから私は、ご飯をろくに口に運ばず、そそくさと食卓を立った。放るように箸を置いた私を「志保!」と咎める声に、若干竦みながらも黙って自分の部屋に入った。




暗い部屋で、ケータイの小さく、それでいて眩しいブルーライトを眺める。


もう、私の味方は友永だけ。


幸人に会いたいな。そう呟いて、キスの感触を思い出しながら唇を撫でる。



メールの通知音が鳴り、ケータイの画面に釘付けになった。


友永からだ。


嬉しい。



しかし。


その内容を見て、愕然とした。


『別れたい』



友達にハブられるよりも、母親に無神経に質問攻めされるよりも、ずっと深く心に突き刺さる一文だった。

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