第3章 丘の下の通学路

第46話 代わり映えのない生活

「ごめんなさい」


体育館裏。放課後と部活動の時間の境目で、バスケ部やバレー部の準備運動と思われる、ボールが壁や床を弾く音。


昨日の今日で、謝るわたし。


ていうか、なんで私が謝らなきゃいけないんだろう。とてつもなく理不尽さを感じるし、むしろ私が被害を被っているはずなのに。


相手の誠意をお断りするのは、精神的な負荷が強かったものの、慣れてしまえばどうってことない。今では、一種の作業のように、日常で当たり前に捌いている。


そのせいか、相手の気持ちに鈍感になってしまいそうで少し怖かった。


伝える人間にとっては、人生で、トップ10入りするほどのビックイベントであるかもしれないのに、気持ちをただ一方的に伝えられる私は、まるで神にでもなったかのようにそんな人間の熱意やら思いやらをあっさりと切り捨てる。


いつか相手にするだろう会社の面接官が、死にもの狂いで残りの半生を手に入れようとする何人もの就活生達を、日常の仕事として取捨選択するのと、少しだけ似ているかもしれない。まあ、稚拙で短絡的な片思いを相手にする私のそれとは、まるで比にならないんだろうけど。


同じクラスの彩音と一緒に帰る約束をしていたのに、目の前にいるこの男のせいで台無しだ。


呼び出すときから、ここで思いとやらを伝えるまでずっと、おどおど、もじもじ、ソワソワしてて気持ちが悪かった。


こういう態度の男は、だいたい詰まらないことしか言わないから、話の7割は聞き流す。3割聞いてやってることに、感謝してほしい。こっちとしては、ほぼ毎日、同じようなことしか言われないんだからさすがにキツい。


それでも、礼儀として、表向きは丁寧に相槌を打ってあげると、彼らはホッとする。本当に弱くて情け無いやつら。


「ごめんなさい」と、トドメをさしてあげると、「やっぱりそうだよね」みたいな顔をしたり、実際それを言葉にしたりする。


これが1番腹立つ。自信がないのに、成功する見込みがないのに、自分の気持ちを落ち着かせるために、無謀に突っ込んで来るやつ。時間の無駄だし、なにより私の気持ちをガン無視してるからこそ、自分の気持ちを落ち着かせようという発想にたどり着き暴走する。


そして、目の前の、もやしみたいな細い体躯と、漫画でしかみたことないような牛乳瓶の底みたいに分厚く大きなメガネをかけた男が、それを言葉にして言いやがった。


「じゃあ、用事があるから」


人前で猫を被っている私は、内側に秘めた溶岩のような憤りをなんとか抑えて、出来るだけやんわりと、そう言った。




「彩音〜!ごめーん!遅くなった!」


「志保!おっそ〜い!」


校門の前で待ってもらった彩音と、一緒に歩き出す。


「いつもの?」と彼女が聞いて来る。そう、こういうのをいつもやっているから、彩音ももちろん知っている。

「うん」と答える私。「いつもの」という言葉だけで分かってしまう私自身にも嫌気が差す。


「志保、小学校にいた時からモッテモテだもんね〜。うらやましいわっ」


「そんなに良いことでもないよ?今日だって、キモいやつにキモい口調でキモいこと言われたし。キモいのがうつりそうだわ!」


「志保、相変わらず毒吐くねえ…」



彩音にも味わってほしいわ。この気持ちを。


そしたら私が毒吐く気持ち、きっと分かるはずだから。




私は、今日も男子を『魅了』する。

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