第5話 単なる偶然

拒絶できなくて散々だったこの5日間を、丘の上に立つ八百屋で締めくくるのは不幸中の幸いだ。

いつものようにドアを開けて、いつも会計をしているカウンターの方を見るが、おばちゃんはいなかった。

その代わりに、おばちゃんが若返ったような、色白の童顔が見えた。

男子からの人気が高そうな。そう、片岡さんだ。

こんばんは、と僕は恐る恐る声をかけた。

彼女も僕に気づいたようだが、その辺を飛び回るカラスを見るかのように一瞥をくれるだけだった。仮にも今は店員とお客さんの関係なのだから、何か言ってよ、と言いたかったけど、この前みたいに殴られそうだから黙っておいた。

「おばちゃん、いや、お母さんは今日いないんだ」

「今日は飲み会らしいよ、高校の時のメンツで。私で悪かったね」

別にそんなこと言ってないじゃないか。ああ、やっぱり、女子は苦手だ。

僕はいつも通り、母に頼まれた大根を手に取る。この前食べたブリ大根はとても美味しかったな、特に大根が。

レジ前のカウンターに置いて財布から取り出すと、彼女はつまらなさそうな顔をしながら会計を始めた。

そのとき僕は、鈍いなりに気付いたことがあって、それは彼女が前に会ったよりも元気がないように見えたことだった。

「108円です」

会ったばかりだけど、何と無く分かる。根拠は無いけど、何と無く暗いような。

僕はボーッとしながらお金を渡す。

この曇ったような、何か考え事をしているような表情。もしかしたら、クラスの男の子にでも告白でもされたのかな。

「なんで?」

「え?」

お金が足りなかったのかな。トレーに乗せた100円玉と10円玉に咄嗟に目を落とすが、しっかりとそこに置いてある。ここの大根は確か、税込で108円のはずだ。さっき彼女もそう言ってたし。

「なんで分かったの?」

「何が?」

「だから、男にコクられたこと!なんで分かったのかって聞いてんの!」

どうやら、口に出していたらしい。

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