第3話 驚愕の連鎖
僕はどうにかして、正気に戻り、言い返す。
「い、いや、だって、殴ることないでしょ。イヤホン付けてるし…」
「イヤホン付けたって、チョットは聞こえるでしょ。」
知らない人間にいきなり殴っかかって罵倒して、なんなんだこの女は。
あまりの迫力に気圧されそうになったが、かろうじて彼女の要件を尋ねることができた。
「な、なんのようですか」
相手はタメ口なのに僕は敬語なのが情けなかった。彼女が、やっと落ち着いた口調で応える。
「これ」と手を差し出したのは何枚かの小銭だった。それがどうしたの、というような顔を向けると、彼女は呆れ顔で、大きなため息を吐きながら面倒くさそうに声を出した。
「だから、これ、さっき買ったでしょ、大根。その時のお釣り、忘れてるから、母さんに頼まれてわざわざ来てやっただけ」
そうだったのか。荒っぽくて暴力的な態度はどうかと思うけど、お釣りを忘れていることには気づかなかったので、わざわざ届けに来てくれた彼女に感謝し、それを受け取った。
「そうだったんだ、ありがとうございます!」
感謝されることに慣れていないのか、それとも僕の笑顔が気持ち悪いのか、そっぽを向いて聞こえるか聞こえないかの音量で「ん」とだけ呟く。
そういえば、引っかかることがあった。
最初に彼女を見たとき、可愛いけど周りより特別かわいいと言われれば答え難い、しかし、たいていの男子が好きそうな顔と雰囲気だと思った。そして、誰かに似ているとも。
胸に入った刺繍の名前、おそらく中学校の制服だろう。自分の通った中学の制服とは異なるが、中学校の制服には胸には苗字の刺繍が入る。彼女の胸には『片岡』の刺繍。
そして、今さっき、「母さん」って…。
僕の目線が胸に来ていることに気づいたようだ。決していやらしい気持ちではないこと、その未熟そうな胸ではなく刺繍を見ていることをどうかわかってほしい。
目線を感じて、「なに?」って聞く彼女は、僕の「もしかして…」の一言で察してくれたみたいだ。そして応える。
「そう、私、さっきの八百屋の娘」
そのまさかだったとは。
今日1番、いや、今年1番の驚き。
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