第2話 出会い

僕は、ある程度予期できるものを『拒絶』することができる。そう言う『チカラ』があるらしい。


この能力に気づいたのはいつだっただろうか。


何かを『したくない』と強く思うだけで、その何かを回避することが出来る、絶対に。


小学校には、献立表に大嫌いだったクリームシチューが書かれていた日があったけど、給食センターの手違いか何かでクリームシチューがなくなった。


中学校には、入学式の日に見た、他の小学校のガキ大将みたいなやつが怖くて、同じクラスになりたくないと思っていたら、僕は1組で、彼は8組になり、部活動も彼はサッカー部に、僕は陸上部に入ることになった。


ただ、勘違いして欲しくないけど、このチカラは全てが思い通りになるわけではない。


クリームシチューが無くなったあの日は主食がパンの日だったのに、代わりのおかずが鯖になったり、僕が中学のとき一目惚れした女子が8組で、部活はサッカー部のマネージャー、そしてあろうことか例のガキ大将と付き合っていたという事実を知ったり。


このチカラは僕の願いを叶えるのではなくて、拒絶したいことを回避するだけだ。


そして、ある程度予期できなければならない、というのはだいたい3時間以上前。


この時間以内に決まった出来事を予測できれば回避できる。


あとは条件として、100%心の底から拒絶したいと思わなければならないことだ。


だから、学校のテストが嫌だ、と思いつつも、生まれつき真面目(自分で言ってごめんなさい)な僕はテストをぶち壊すのはさすがに、とか微塵でも思ってしまうから、残念ながら、テストは今まで無事に行われてきた。


以上で能力の説明を終了とする。


ありえないと思うでしょ、読者の皆さん。僕も昔はそう思ってました。


体育が教室で保健になった日の夕方、僕は母に頼まれて帰りがけに八百屋で大根を買うように言われたのを思い出した。


家の20メートル先にスーパーがあるのに、大根だけは家から歩いて10分の八百屋のものでないと気が済まないのだ。


スーパーのも八百屋のも同じようなものにしか見えないけど母曰く、鮮度が違うらしい。


そんなの知らんわ。


通学路から外れて家に帰るのが遅くなるので、拒絶したい気持ちになるが、八百屋の立っている丘から見える夕焼けがとてつもなくキレイだから、100%拒絶できないしいつまでもいたくなる。


それに、八百屋のおばちゃんと話すのも楽しいからだ。


緩やかに見えて意外と勾配のある坂を自転車で登りきり、通行の邪魔にならないように八百屋の隣に自転車を止める。


『新鮮野菜の片岡』と書かれた看板の横のドアを開ける。


中に入ると、キレイに染められた茶髪、すらっとした体型、年不相応の容貌をしている女性がレジの前に立っていた。


営業スマイルとは程遠い純粋な笑顔を僕に向ける。


「あら、こんにちは」


「こんにちは」


彼女が八百屋のおばちゃん。


母とは中学の同級生だったみたいだけど、全然そんな風には見えない。


とても若く見えるし、まるでテレビに出てくるモデルさんみたいだ。物腰も柔らかく、人当たりがいいところも好感が持てる。


「今日も、大根?」


「まあ、そんなところです」


「さっちゃんも無理させるねえ、こんな坂道登らせて」


苦笑しているようにも、本当におかしくて笑っているようにも見える。大人の貫禄は年相応だ。


「今日は一本なんで、助かりましたよ。母さんの大根好きにはホトホト呆れんばかりです」


カゴに置かれたたくさんの大根の中から一本だけを持って、おばちゃんに渡す。レジを打った彼女にお金を渡し、大根を受け取る。


「いつもありがとね」


「いえいえ」


いつものようにたわいもない話を数分し、夕焼けを見るために八百屋を出る。


「では、そろそろ失礼します」


「うん、ありがとね〜」


ドアを開けて外に出ると、視界がオレンジ色で眩しかった。


春の暖かい風と匂い、そしてこの、神々しく輝く夕焼けが風流なって思った。


八百屋の近くにある公園のベンチに座って夕焼けの前でボーッとする。


八百屋に行くときはいつもここに寄って夕焼けを眺める。


夜の時間もあるんだろうけど、1日の終わりをキレイな景色で飾ることが、いかにも縁起がいいし、何よりいつまでも眺めたくなる。


目の前に、カップルや若い5人組の人たちが楽しそうに何か話している。


こういう景色を、学校のみんなは友達や恋人と見るんだろうな。そんな場所に1人でいることで、ちょっと複雑な気持ちになる。


でも、僕は1人でも構わないと思っている。


負け惜しみではない。1人で見るからこそ、感じるものだってあるはずだ。それに、誰かがいたら気が散って景色に集中できない。


イヤホンを耳に付けて音楽を再生する。これも習慣だ。僕の好きなロックバンドの曲を流しながら、景色を一望する。


いつか、こことは別の場所でこの曲を聴いても、すぐにこの景色が鮮明に頭に浮かぶんだろうな。逆に、この場所に来るとこの曲がきっと頭の中で再生するはずだ。この曲とこの場所は僕の思い出になる。


そうそう、サビの部分が1番好きだ。サビに入ると、テンション上がる。


サビは歌詞はもちろん、ギターやドラムの巧みな演奏に爽快感を覚える。


公園には何人か人がいるせいか、イヤホン越しでも声が聞こえる。女の人の声。およそ20メートル先に見える女性のものだろうか。


しかし、声がだんだんと大きくなるので、あの人のものじゃ無さそうだ。


それに、イヤホンを付けている僕にあの距離から声が届くはずがない。


声がどんどん大きくなっていく。左から聞こえることに気付いた。


声の方向に気付いたと同時に、僕の左肩に、キレイな白っぽい拳が激突した。


痛いという気持ちを感じるのに1秒とかからなかった。


「痛ったあ!」


その拳の持ち主の顔を見ると、端正な顔立ち、というよりは目がパッチリと開いた、ショートカットの可愛らしい女の子がこちらを睨んでいた。


「おーい、って何回も呼んでんじゃん。早く気付けよ、この馬鹿が!」


えっ、と喉が詰まったように声が出る。突然やって来た非日常の光景に驚きを隠せない。


天使のような童顔とは裏腹に、地獄から来た悪魔のような口の辛さ。一瞬、奇妙な夢を見ているような、そんな感じだった。

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