07、

 私は、野菜を刻む という作業が好きだ。料理の工程の中で一番好きだ。何かを煮詰めている時より、食材のお買い物をしているときよりも。

 玉ねぎならスライスしているとき、人参なら輪切りか銀杏切り、きゃべつなら芯を取り除いたあとざくざくと乱切りするとき。じゃがいもは、皮むきよりざくざくと食べやすい大きさに切っているときが好きだ。

 皮むきは、少し違っている。まだ準備段階。これが終われば、ざくざくと切れる、これが終われば本番だ。という気分で行っている。

 先日、父が私に新しい包丁を買ってくれた。その包丁は、前使っていたのより、刃の幅が大きくてよく切れる包丁だった。柄は木製で、可愛げない包丁だった。

 親指の傷は、そのよく切れる可愛げのない包丁につけられたものだ。傷は浅くてあっけなく開かれた。つんと包丁の刃があたっただけ。それだけなのに、ぷわっと血が広がってつんと鉄の匂いがする。


 人参ときゃべつを切っていた。

 人参ときゃべつを切ると私は小学校のウサギ小屋を思い出して少しだけ料理をする気分を害される。人参の甘ったるい匂いときゃべつのみずみずしくて青臭い独特の香りは、私をウサギ小屋の記憶へと引っ張っていく。

 キング、クイーン、ジャックと名付けられた大きなウサギが、一つの大きな小屋に一緒に飼われていた。その三匹は、仲良しで元気で、乱暴な小学生たちに遊ばれても、苦も無くいつもぴょんぴょんしていた。

 三匹と別に、灰色で小さなウサギがいた。いつも怯えて右足を踏み鳴らしている。そのウサギだけは、ほかのウサギたちに馴染めなくて、小さくて狭くて汚い小屋に入れられていた。名前は、ピョン吉だった。

 幼い私は、格差なんて知らなかったけれど、そのウサギに確かに同情していた。学校というあの狭い空間で、あのウサギも確かに苦しんでいた。抑え込まれて、あらがえない波の中にいて。あのウサギで先生は何を教えたかったのだろうか。これが、私たちの縮図よ。とでも言いたかったのだろうか。

 人参ときゃべつのウサギ小屋の匂いに、鉄の香りが混ざる。

 あのウサギは今、どうしているのだろう。自由だといいなと思う。

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