06、
薬の飲む分量を間違えた。
思い出したのは、近所の博物館に来ている時。耳鼻科から帰ったあと暇だったので赴いたのだ。途端に私は、気分が悪くなる。
一日三錠、毎食後に一錠ずつ飲むはずだった薬を、一回に三錠と勘違いをして飲んでしまった。つまり、一回に三倍もの薬を服用してしまったのである。どおりでさっきから胃のあたりがむずむずすると思った。
さーっと頭から血がなくなる気配がして立っているのがやっとになる。こんな気分になったときは、無理をせずに座り込むか、建物をでるかをしなくてはならない。建物の中は、ひどく私を追い込む。狭くて逃げ場がないような気分がして余計に、息が苦しくなる。
私は、足早に館内を通り過ぎ、出口を目指す。展示の半分も見ていないけれど、今の私にはどうでもいいことだ。薬の飲みすぎは、死に至ったりするのだろうか。はたまた病気になったり入院したりしなくては、ならないのだろうか。
「何の薬を、そんなに飲んだの」
外に出ると、母に電話をかけた。
「抗生物質」
心配事があると、母にすがりたくなる。何故か、母に言えばすべて解決してくれると思ってしまう。母なら何でも知っているという気分になる。戦争で人が死ぬとき、死ぬ間際で「お母さん」と言って死ぬという話を聞くけれど、母にすがりたい、母は全能だと思っているのは、私だけではないということなのだろうか。
「抗生物質か。ならたぶん大丈夫よ。少しお腹が痛くなったり、蕁麻疹が出たりするかもしれないけど」
その言い方は、あの不安になる時の言い方に似ていた。注射の有無を聞いた私を一番不安にさせるあの曖昧な言い方。それでも、母に言われると冷や汗も引き、呼吸も荒くなくなっている。博物館に、入りなおそうかなとも思ったけれど、なんだか面倒になって少し早いが大学に行くことにした。
今日、最初の授業は、書道。今は、ひらがなを書いている。
先生のお手本は、ぴしっと揃って教科書の文字みたいな整頓された字が好きな私の趣味に合わない。くるんと曲がるところは大げさに曲げて見せるし、線と線の間は等間隔ではない。ひょろんとした字を書く。そして、書かされる。
今日は、調子が悪い。なんだか手がぶるぶると震える。書くのに支障をきたすほど大きな揺れではないけれど、小さく小刻みに震えるので、ゆっくり筆をふるうと変に曲がってしまう。まっすぐな縦棒は、なかなか難しい。
これは、薬を飲みすぎたのが原因だろうか。それとも、薬を飲みすぎたということに恐怖しているのだろうか。耳も聞こえづらくて息苦しい。何故か、昨日切った親指の傷もずきずきしてくる。
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